手紙
待合茶屋の一室。
「ありがとう。本当に助かったよ」
散茶女郎の小亀は、鈴木大蔵から金を渡され、目を丸くした。
「遠いところわざわざ脚を運んで頂かなくても、使いの者を遣りましたのに」
「どこか静かなところで手紙を書きたかったから、ちょうど良かったのさ。それにこんな大金を借りておいて、人を遣るなんて、いくらなんでも貴方に失礼だろ」
大蔵はそう言うと、調度品の床机を引っ張り出して、書き物を始めた。
「本当にお金はもう大丈夫なのですか」
「私が都合した訳じゃない。あの男が返しに来たんだ」
「そうですか…」
小亀は、囁くような声でそう言うと、大蔵の側に侍った。
「お酒は?」
「後でいい。いや、今日はこれを書き上げたら引き上げるから、君は好きにしててくれ」
大蔵は、墨を磨りながら、硯から顔を上げずに答えた。
「そんな。そういう訳にはまいりません」
「なぜ?」
「…なぜって…」
小亀は寂しげな眼で大蔵の横顔を眺めながら、言葉を詰まらせた。
手紙は、水戸遊学時代の師、金子健四郎に宛てたものだった。
その金子も今、水戸藩江戸馬廻組としてこの江戸にいる。
大蔵は、慎重に言葉を選び、卯之助から聞かされた水戸徳川藩の不穏な動きについて、事の次第を述べ、真偽を問うた。
静寂の中、大蔵が筆を走らせる衣擦れの音だけが室内に響く。
小亀はひとり置き去りにされたように、小さなため息をついた。
出窓の外からは、遠く、花街の喧騒が聴こえる。




