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新選組余話-比翼の鳥-  作者: 子父澤 緊
黒船と白旗 前編
58/76

手紙

待合茶屋まちあいぢゃやの一室。


「ありがとう。本当に助かったよ」

散茶女郎さんちゃじょろうの小亀は、鈴木大蔵すずきおおくらから金を渡され、目を丸くした。

「遠いところわざわざ脚を運んで頂かなくても、使いの者をりましたのに」

「どこか静かなところで手紙を書きたかったから、ちょうど良かったのさ。それにこんな大金を借りておいて、人を遣るなんて、いくらなんでも貴方あなたに失礼だろ」

大蔵おおくらはそう言うと、調度品ちょうどひん床机しょうぎを引っ張り出して、書き物を始めた。


「本当にお金はもう大丈夫なのですか」

「私が都合した訳じゃない。あの男が返しに来たんだ」

「そうですか…」

小亀は、ささやくような声でそう言うと、大蔵おおくらそばはべった。


「お酒は?」

「後でいい。いや、今日はこれを書き上げたら引き上げるから、君は好きにしててくれ」

大蔵おおくらは、墨をりながら、すずりから顔を上げずに答えた。

「そんな。そういう訳にはまいりません」

「なぜ?」

「…なぜって…」

小亀は寂しげな眼で大蔵おおくらの横顔をながめながら、言葉を詰まらせた。


手紙は、水戸遊学時代の師、金子健四郎かねこけんしろうに宛てたものだった。

その金子かねこも今、水戸藩江戸馬廻組(うままわりぐみ)としてこの江戸にいる。


大蔵は、慎重しんちょうに言葉を選び、卯之助から聞かされた水戸徳川藩の不穏ふおんな動きについて、事の次第しだいを述べ、真偽しんぎを問うた。

静寂せいじゃくの中、大蔵が筆を走らせる衣擦きぬずれの音だけが室内に響く。


小亀はひとり置き去りにされたように、小さなため息をついた。

出窓の外からは、遠く、花街はなまち喧騒けんそうが聴こえる。



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