容疑者
「それで、私は何をすればいいんでしょうか」
中沢良之助は大きな身体を正して二人に尋ねた。
「首魁と目されるのは、師範代の海保帆平。彼は安中藩士の次男だが、親は江戸詰めの年寄役で、生まれも育ちも神田一ツ橋ってぇ生粋の江戸っ子だ。この玄武館でもいわゆる生え抜きってやつさ」
清河八郎が言ったのは、良之助の試験を受け持った師範代のことだった。
「現在は歴とした水戸藩士で、最近、江戸馬廻組に取り立てられたばかりだ」
と、ここで清河は気不味そうに言葉を区切った。
他ならぬ千葉も、水戸藩の馬廻格として召し出された過去があり、現在、息子の栄次郎も同藩の小十人として仕官している。
その辺りの事情を彼なりに配慮したものらしい。
「かまわんよ」
千葉周作が促した。
師のお墨付きを得ると、彼は、小さく咳払いを入れて、先を続けた。
「水戸では抗戦論者の巣窟、弘道館にも出入りしているというし、伝え聞くところでは、浦賀の会談の際、藩主斉昭公に随行したとも」
「ほとんど決まりじゃないですか。彼を締め上げればいいんですか?」
「おいおい、穏便に頼むぜ。君にこの話をしたのは、彼に悟られないように動いてほしいからだ。君にお願いしたいのは、山南敬介だ」
「山南さん、ですか」
良之助は少し驚いた。
「もう会ったかい?」
「先ほどまで、立ち合っていました」
「ほう。で、どうだった?」
清河は意地悪な笑みを浮かべる。
「…手も足も出ませんでしたよ」
良之助は苦々しげに答えた。
「彼の思想についてはわからんが、熱心に他流派の道場を廻っている」
「しかし、そんな人は、他にも沢山いるでしょう?」
清河は、ペリーの書簡をパタパタと振って見せた。
「この仕事は、武辺一辺倒の男ができるもんじゃない。彼は切れ者で、相応の学もある」
山南敬介と立ち合った良之助には、清河の言う意味がなんとなく分かる気がした。
「具体的に私は、どう動けばよいのですか?」
「しばらくは彼に張り付いててくれ。山南君には、君が道場に慣れるまで面倒を看るよう言っておく。他流試合や出稽古に同行すれば、自ずと彼の目的ははっきりするだろう」
「わかりました」
怪文書云々は置いても、山南を身近に観察出来るのは、良之助にとって願ってもない話だった。
話を切り上げて道場に戻ろうとした良之助に、千葉がもう一度声をかけた。
「分かっているとは思うが、これを誰がやったにせよ、言わば国を憂いての仕儀だ。同じ日本人同士、節度をもって事にあたってくれたまえ」




