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新選組余話-比翼の鳥-  作者: 子父澤 緊
黒船と白旗 前編
42/76

国書

鈴木大蔵すずきおおくらは、洲崎遊郭すざきゆうかくにある茶屋の出窓でまどに腰掛けて、ぼんやりと道行く人々をながめていた。


散茶女郎さんちゃじょろうの小亀は、大蔵おおくらさかずきを空けると頃合いを見てしゃくをしながら、黙ってかたわらに控えていた。

小亀にとって大蔵おおくら馴染なじみ客で、こうして昼間からやってきて酒を飲む時は、何かしら考え事がある時だとよく知っていた。


大蔵おおくら様、お寒くないですか」

小亀は大蔵おおくら邪魔じゃまをしたくなかったので声をかけるのを躊躇ためらっていたが、開け放ったままの窓から入る冷気が身体にさわるのではないかと心配になって、ついきんを破ってしまった。


「ああ、すまない。寒かったかい」

「私は平気ですけど、お酒を召し上がって、ずっとそんなところにいらしたら、お風邪かぜをひいてしまいますよ」

大蔵おおくらはにっこり微笑ほほえむと、窓をしめてたたみの上に胡坐あぐらをかいた。

「退屈な客で申し訳ない」

「いえ、私こそ、何か気のいたお話でもできれば大蔵おおくら様の気もまぎれるんでしょうけど…」

「あなたの沈黙は、思いやりがあって、いっそ心地ここちいいよ」

可憐かれん芸妓げいぎ大蔵おおくらの顔を見て小首をかしげた。

それは、恋をする女の目だった。


しかし、大蔵おおくらは、懐中かいちゅうから何やら書簡しょかんを取り出すと、今度はそれを熱心に読み始めて、また黙り込んでしまった。

小亀は一つ溜息ためいきをつくと、燈明皿とうみょうざらに火をともして、窓を閉めて薄暗くなった大蔵おおくらの手元を照らした。


大蔵おおくらは難しい顔で、その短い手紙を何度も何度も読み返しては、眉根まゆねを寄せている。

小亀は最前さいぜんと同じようにさかずきに酒をいで、その美しい横顔に見入った。


「あなたはたまにそうやって、じっとわたしの顔を見つめることがあるけど、なぜだろう」

大蔵おおくら書簡しょかんから目を上げずにたずねた。

「す、すみません。気が散りますか」

「そうでもないが」

大蔵おおくらの目は、まだ文字を追っている。

「あの、実は昔…」

小亀は何か言いかけたが、大蔵おおくらの言葉がそれをかき消してしまった。

「ここに何が書いてあると思う」


二人の間にしばらく沈黙があって、

「なに」

と、大蔵おおくらうながした。

「いえ、大したことでは。それより、そのお手紙の話…」

「ああ。これはあのペリーが書いた手紙だそうだ」

「まぁ!」

「厳密には、それを我々の言葉に訳したもんだが。興味あるかい?」

「ええ。もう、紅梅姐こうばいねえさんなんかは、毎日黒船の話ばかりしています」


大蔵おおくらは小亀の目を見据えたまま、さかずきをあおった。


「…書簡しょかんにはこうある。昨年来、各国からの通商貿易の申し出について、幕府が国内法をたてに、これを退けていることは誠に遺憾いかんである。『開国』は、諸国からの強要ではなく、言わば国家が本来あるべき姿であって、この天理てんりそむくならば、我々は武力をもって幕府の間違いをただすまでである」


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