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新選組余話-比翼の鳥-  作者: 子父澤 緊
黒船と白旗 前編
40/76

敗北

中沢良之助は困惑こんわくしていた。


その朝、彼は「名門玄武館(げんぶかん)に入門がかなったからには、なんとしても免許をさずかる」と、姉の琴に大見得おおみえを切って家を出た。

そして、北辰一刀流ほくしんいっとうりゅうという巨大な敵にふところを借りるつもりで、この道場に足を踏み入れたのだ。


しかし、師範代しはんだいから「技量をはかるために」申し付けられたはずの立合いで、良之助の並々ならぬ決意は、いささか肩透かたすかしをくらった。


入れ替わり立ち代わり出てくる相手は、ものの数合すうごうで底が知れるような連中ばかりで、いずれも、一度として触れられることなく、打ちえてしまった。

中目録ちゅうもくろくという肩書きの男からろうせず面をとった頃には、果たしてここに学ぶべきものがあるのかという疑念ぎねんすら頸をもたげてきた。


そして、そろそろ見切りをつける頃合いかというときに、その男は現れた。


山南敬介は、飄然ひょうぜんとしたたたずまいの浪士で、なんともつかみどころのない男だった。


その構えは退屈なほど型に忠実で、立ち姿は美しかったが、とりたてて威圧感もない。

しかし、竹刀しないを合せると、良之助はどうも勝手が違うことに気がついた。

何処どこをどう攻めても陥落かんらくすることが出来ない。

山南はまるで良之助の頭の中が読めるかのように、全ての攻撃を先んじて封じてくる。

生来短気な良之助は、膠着こうちゃく状態にれて、我知らず動作が荒くなっていた。


大きく踏み込んで、振りかぶったとき、山南の胴払どうばらいが綺麗に入った。

良之助は呆然自失ぼうぜんじしつていで、振りかぶったまま立ち尽くした。


「中沢君」

山南の冷静な声が、良之助を我に返した。

「あ、はい」

「呼んでるよ」

山南が目配めくばせする方を見ると、師範代しはんだい手招てまねきをしている。


「中沢君。先生がお呼びだ」

「私をですか?」

「ああ。君の腕前うでまえのほどは、もう十分わかった。行きたまえ」


師範代しはんだい海保帆平かいほはんぺいの言葉は、彼の技量を認めてのものだったが、良之助は「お前では、山南に歯が立たん」と決め付けられたように感じたらしく、面白くない顔をした。

しかし、「技能試験ぎのうしけん」の目的が果たされた以上、師範代しはんだいの言葉に従うしかない。

ましてや、総師範そうしはん千葉周作とは、まだ挨拶あいさつも済ませていなかった。


良之助が道場に通されたとき、道場主は不在で、代わって彼を応対したのは、数年後に「千葉の小天狗こてんぐ」として名をせる息子の千葉栄次郎だった。

入門者が引きも切らぬこの道場で、一介の浪人が天下に名の知れた剣聖けんせい謁見えっけんする機会などそうあるものではなかった。

良之助は、山南との対戦に後ろがみを引かれる思いで道場を後にした。


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