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新選組余話-比翼の鳥-  作者: 子父澤 緊
黒船と白旗 前編
35/76

定石

-嘉永かえい7年、あるいは安政あんせい元年頃、晩秋ばんしゅうの話-


江戸麹町こうじまち神道無念流しんとうむねんりゅう杉山東七郎道場にて。


鈴木大蔵すずきおおくらは、木刀を平正眼ひらせいがんに構えて、真田範之介と名乗る武士と相対あいたいしていた。


時おり訪れる、こうした他流派の修行者しゅぎょうしゃ達を相手にするのは、もっぱらこの大蔵おおくらの仕事だった。

彼は、杉山門下(もんか)でもかなり若年じゃくねんであったが、屈指くっしの使い手で、来訪者らいほうしゃおくれをとることはまず無かったからだ。


もっとも、今回ばかりは少し勝手が違っていた。


二人は防具もつけず、向き合っている。

対する真田範之介は、大蔵おおくらと同じ年頃の若者で、今や江戸剣術界の最大派閥である北辰一刀流ほくしんいっとうりゅう玄武館げんぶかんせきを置くという。

ギョロリとした印象的な眼が、浮世絵の戦国武将を思わせた。


いかにも武芸者然ぶげいしゃぜんとしたこの若者は、稽古場けいこばに通されるなり、

「これで勝負願いたい」

と、大蔵おおくら木太刀きだちを手渡した。

大蔵おおくらは少しおどろいた顔をしてから、てのひら木太刀きだちに視線を落として、そのごつごつとした手触てざわりを確かめるようにしばらくじっとしていたが、やがてうつむいたまま、

「では防具を」

と、近くにいた門徒もんとに声をかけた。

「いや。私には無用むよう

真田はそれを手で制して拒んだ。

大蔵おおくらが少しむっとしたように、相手の顔をにらむ。

が、その表情におごりはみられない。

曰く、通り一遍いっぺん稽古けいこき足らず、実戦の勝負勘しょうぶかんやしなうために、こうした無謀むぼう他流試合たりゅうじあいを積み重ねているらしい。

鈴木大蔵おおくらは、真田とは対照的に、眉目秀麗びもくしゅうれいを絵に描いたような男だったが、こちらも姿に似ず勝気かちき性分しょうぶんで、いわれのない有利をゆずられる事をいさぎよしとしなかった。

仕方がないといった風に小さく溜息ためいきをつき、

「そうですか」

と自らも稽古着けいこぎのまま道場の中ほどに進み出て、静かに構えた。


そんな相手の態度に好意を覚えたものか、真田は少し微笑ほほえんだきり、えて防具をすすめることはせず、一礼して対峙たいじした。


二人は円を描きながら、互いの間合まあいを探り合った。

同じく平正眼ひらせいがんの真田はやや変則へんそくの構えで、木刀の先はななめを向いている。

大蔵おおくらは、美しい女と見紛みまごうようなおもてを、一瞬(くも)らせた。

相手が北辰一刀流ほくしんいっとうりゅう定石じょうせきとも言える「鶺鴒せきれいの構え」を取らなかったことに、やや戸惑とまどったようだ。


しかし、敵がすきに乗じる間もなく平静を取り戻すと、仔細しさいかまわず打ち込んだ。

真田は大蔵おおくらさきむねに滑らせ、ギリギリまでふところに引き込むと、大きくね上げた。

しかし、大蔵おおくらの木刀は刹那せつなに引き戻され、すでにそこには無かった。

真田が返す刀で袈裟懸けさがけに振り下ろす間もなく、大蔵おおくらの突きがみぞおちに入った。

「参りました」

しかしそれは声にならず、れたうめきがれただけだった。


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