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第八話 ミケーレ君の誕生日です

 ミケーレの誕生日は、十二月にある。雪は降らないが、寒い季節だ。日も短くて、雨も多い。うつうつとした天気だが、今日のミケーレの家の中は、暖かな光に包まれていた。

「お誕生日、おめでとう。今日から十六才だね」

「パーティーに招待してくれてありがとう」

 私の両親はミケーレに、祝いの言葉を述べる。ミケーレは照れたように、少しほおを染めた。彼は今、魔法学校の二年生だ。

「来てくださって、ありがとうございます」

 今日は、ミケーレの誕生日パーティーだ。パーティーとは言っても、参加者は私と私の父母、ミケーレと彼の母親と母方の祖父母だけだ。ミケーレの祖父母は、普段は王都から離れた場所に住んでいる。今日は孫のために、家まで来てくれたのだ。

 家族だけのこじんまりとした集まりだ。しかし夕食のテーブルには、豪華な食事が並ぶ。羊肉のかたまりがオリーブとともにオーブンで焼かれたもの。イワシの酢漬け。ズッキーニやパプリカのエスカベッシュ。とてもおいしそうだ。

 食事に加えて、親たちは酒も楽しむ。赤ワインに、オレンジやレモンなどを加えたサングリアだ。私は、酒は苦手で飲まない。ミケーレは学生なので、まだ飲んではいけない。私たちは、楽しく談笑する親たちから離れて、ふたりで話した。

「今日は学校でも、たくさんお祝いの言葉をもらったのじゃない?」

 私は問いかける。ミケーレは明るい性格で、友人も多い。

「いっぱいもらった。それにソフィアと君のご両親もお祝いに来てくれて、本当にうれしい。幸せな気分だ」

 彼はほほ笑む。

「それから……」

 言いかけて、ちょっとだけ黙った。迷った後で、ゆっくりと話し出す。

「実は、朝に王城から使者が来た。俺は国王陛下から、お祝いの品をいただいた」

 私は驚く。ミケーレはズボンのポケットから、赤い玉を大事そうに取りだした。美しいサンゴの宝玉だ。強い魔力が感じられる。魔石として一級品と言っていい。これを魔法の杖につけたら、強力な魔法が使えるだろう。

 私は、はっと思いだした。この真っ赤なサンゴは、ゲームの中でミケーレ王子が自分の杖の先端に取り付けていたものだ。魔石は、国王である父親からのプレゼントだったのだ。意外な、――いや、納得できる話だった。

「魔法の杖につけるの?」

 私が聞くと、ミケーレは遠慮がちにうなずく。

「そのつもりだけど、……俺はもう王子ではないのに、なぜ陛下はこんな立派なサンゴをくださったのかな、……これ大きいし、傷もついていないし」

 自信なさげに、ぼそぼそとしゃべる。サンゴは、相当に希少なものと思われた。父親が、大切なわが子に贈るのにふさわしいもの。

「それは、ミケーレ君が国王陛下の息子だからだよ。王子という身分でも、そうではなくても、国王陛下にとってミケーレ君は自分の子どもなんだよ」

 私はほほ笑んだ。ミケーレは両目を見開いて、ほおを赤く染める。うれしそうに、唇が弧を描く。彼は照れたように、さっとうつむいた。

「俺、陛下から関心を抱かれていないと思っていたから、そもそもあまり話したこともなかったし、……サンゴが来て、びっくりした」

 素直な気持ちを口に出す。ミケーレがそう感じるのは仕方がない。現王は名君だが、女ぐせが悪い。妻はひとりしかいないが、愛妾は公になっているだけで四人。子どもは、十五人以上いると言われている。

 しかしわが子は、ちゃんと愛しているらしい。そしてミケーレにとっては、たったひとりだけの自分の父親だ。彼は私の父のこともお義父さんと呼んでくれるが、やはり特別なのだろう。

「私は、国王陛下はミケーレ君のことを愛していると思うよ。魔法学校の生徒は、二、三年生のときに自分専用の杖を作る。杖には、強い魔力を持った宝石があった方がいい。そういったことを分かって、このサンゴを贈ってくださった」

 国王がミケーレに関心を持っていないわけがない。ミケーレは顔を上げた。茶色の瞳が、愛で満たされて輝いている。

「俺はこれまで以上に、魔法をがんばるよ」

「うん。がんばって」

 彼の笑顔に、私も幸せな気持ちになる。ゲームの中でも、ミケーレは父親から関心を抱かれていない、愛されていないと話していた。

 でも、それは彼の思いちがいだったのだろう。国王はミケーレを愛している。おそらくゲームの中でも、国王はサンゴを贈った。ところがミケーレは、

「自分が王子だから、国王は義務として宝玉を与えただけだ」

 と考えた。実際は、父親として誕生日プレゼントを渡しただけなのに。けれど今、ミケーレは王子ではない。よって父親の愛情は分かりやすい形になって、彼のもとへ贈られた。

 国王は愛情を示すのが下手なのかもしれない。今回は運よく不器用な愛情表現が、分かりやすくなったのだ。

「国王陛下に、お礼の手紙を送りたいな」

 ミケーレはサンゴを大切そうに見つめて、ぼつりと言った。

「送りなよ。遠慮は必要ないと思う」

 私は笑った。きっと国王は、息子からの手紙を喜ぶだろう。

「どう送ればいいのか。相手は国王様だし、俺は下位貴族の子どもだし」

 ミケーレは浮ついて、動揺しているようだ。父親からの贈りものが、よほどうれしかったのだろう。私は彼に言った。

「リカルドに頼めばいいよ。彼は今、国王陛下の親衛隊に所属している」

「あ!」

 ミケーレは声を上げて、理解した。彼の手紙はリカルドを通じて、簡単に国王のもとへ届くのだ。ミケーレは苦笑する。

「リカルド先輩の存在を忘れるなんて、俺、ちょっとあわてすぎだ」

 私はくすくすと笑った。

「私は、そういう少しだけ抜けているミケーレ君が好きだよ」

 ミケーレは、むっとした顔を作った。それから私を抱き寄せて、ほおにキスをする。

「俺はいろいろと抜けているけど、ソフィアに出会えてよかったと思っている」

 茶色の瞳が、真摯に私を見つめる。

「私もあなたと出会えて恋人同士になれて、すごくよかったと思っている」

 私は彼の首に腕を回して、ほおにキスを返す。唇から愛が伝わるように。ミケーレは私を、ぎゅっと強く抱きしめ返した。誕生日パーティーは和やかな雰囲気のまま終わり、私と両親は家路についた。

 その後、ミケーレは赤いサンゴを、魔法の杖の一番上につけた。彼のためだけの、唯一無二の杖だ。季節はめぐり、ミケーレは三年生に進級した。ネクタイの色は、ついに赤茶色だ。背もずいぶんと高くなった。

 魔法も上達して、失敗することは少ない。四年生になれば、私と同じように生徒会長になりたいそうだ。主席卒業もねらっている。ゲームの中のミケーレ王子と、現実のミケーレが近付いていく。そのことは、少しだけ私を不安にさせた。

 だがゲームとはちがい、今のミケーレは明朗快活な少年だ。二年生に上がるときに編入してきた、親友のエドアルドと冗談を言い、げらげらと笑いあっているらしい。

「俺が学校を卒業したら結婚しよう」

「まだ二年くらいさきだよ、ミケーレ君」

 情熱的でせっかちな彼に、私は苦笑した。しかし、そろそろ結婚について考えてもいいのかもしれない。私とミケーレはすでに、一年以上婚約していた。何のトラブルもなかった。

 九月末のある日、私の勤める魔法薬研究所に、コルティーナ魔法学校の生徒がひとりやってきた。二年生のジュリア、――ゲームにおける悪役令嬢だ。

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