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第十三話 VS悪役令嬢戦、バトルです

「分からん。ごめんなさいと謝って許される話ではないことだけは確実だが」

 リカルドは、ため息をつく。もう「子どものいたずらだから大目に見てくれ」と言えることではないのだ。

「それに書類の件は関係なく、ジュリアはお前に記憶改ざんの魔法をかけた。侯爵家の令嬢が、王位継承権を失ったとはいえ国王の息子に害を与えたんだ。国王陛下に報告し、陛下の判断を仰がなくてはならない」

 ジュリアの両親も何らかの処分を受けるのかもしれない、とリカルドは言う。ミケーレはつらそうだった。彼はためらった後で、しっかりと答えた。

「分かりました。魔法学校へ行った後は、城へも向かいます」

 面倒をみていた後輩に裏切られて、その後輩が厳しい罰を受ける。優しいミケーレにとっては、心苦しいことだろう。私はなぐさめるように、彼の腕にそっと手をやる。ミケーレは甘えるように、私に抱きついてきた。

「ソフィアがいる。これが俺の現実で、俺の真実だ」

 安心したように、長く息を吐いた。私は彼を抱きしめ返す。

「そうだよ。私はミケーレ君が好き。あなたのそばにいて、あなたの笑顔を守り続ける」

 リカルドは穏やかな目をして、私たちを見た。しかし、すぐに表情を厳しくする。

「急ごう。今は九月で日の入りは遅い目だが、魔法学校のほかに城にも行かなくてはならない」

 彼の言葉に、私とミケーレはうなずいた。私たちは速足で、公園から出ていこうとする。公園の出口に、ひとりの少女が立っていた。彼女を見たとたん、ミケーレは足を止めた。

「ジュリア」

 悲しそうに呼びかける。

「なぜ、こんなことをしたんだ。とにかく俺と一緒に魔法学校に行き、その後、城へも行こう。誠心誠意、謝れば、罪は軽くなるのかもしれない」

 ミケーレはジュリアを説得しようとする。おそらく彼は、魔法学校の先生にも国王にも、ジュリアの罪の軽減を頼むのだろう。彼は、そういう情の深い人だ。ところがジュリアはむっとした。

「そんな甘いことを言うなんて、やっぱりあなたはミケーレ王子ではないです。ご両親からも恋人からも友人たちからも、みんなから愛されている私の知らない人です」

 ジュリアはミケーレを憎んでいるように思えた。ミケーレはまゆをひそめる。そして、ひどく大人びた冷静な顔つきになった。ジュリアをじっと見る。

「ソフィア先輩。なぜミケーレ先輩の魔法を解いたのですか? せっかく私が穏健な方法で、ゲームの設定をもとに戻したのに」

 ジュリアは私を責めた。

「これのどこが穏健なやり方だ。君がジュリアだな。一緒に魔法学校へ行くぞ。まずは学校で、先生方からちゃんとしかられた方がいい」

 リカルドはジュリアに向かって、大きく一歩を踏み出す。私は何があっても対応できるように、魔法の杖をぎゅっと握った。

「私はあなたを殺して、もっと強力な記憶改ざん魔法を国中の人間にかけることもできるのですよ」

 ジュリアはリカルドを無視して、私に話し続ける。内容に反して、彼女の声はふわふわと頼りない。ミケーレが私を守るために、前に立った。

「ジュリア、言っていいことと悪いことがある」

 低い声で言う。彼も魔法の杖を構えている。ジュリアはミケーレのことも、見て見ぬふりをした。

「たとえば、あなたが不慮の事故で死んで、それ以来、ミケーレ先輩は暗い影を背負っているとか」

 次の瞬間、私は白い炎に包まれる!

「ソフィア!?」

 ミケーレが悲鳴を上げる。私は魔法の杖を握りしめて、わが身を守った。けれど防御にせいいっぱいで、炎を消しさることができない。なんて強い魔法だ。私は歯をくいしばって耐える。ちょっとでも油断すると、私は消しずみになる。

「われは王の子。英雄王グラディアトーレの血をひく者」

 ミケーレは、魔法の杖を私に向ける。杖の先端にある赤いサンゴが輝く。海の至宝は、水の魔力をたたえている。潮騒が聞こえる。ゲームと同じ魔法発動シーンだ。ミケーレのみが使える、魔石を使った特殊魔法。

「ミケーレ・コスタの名において命じる。海の魔石よ、力を示せ!」

 一層、強く石が輝き、私の周囲の炎は消えた。私はがくりと倒れて、両手と両ひざをつく。息が荒い。心臓が早鐘のように打っている。ミケーレがいなかったら、私の魔力はもたなかった。魔法の炎で焼け死んでいただろう。

「ソフィア!」

 ミケーレが私の体を抱いて支える。私は顔を上げて、ほほ笑んだ。

「私は無事。ありがとう、ミケーレ君」

 ミケーレはほっとして、私のほおをなでる。

「サンゴの魔力のおかげだ。俺は一生、父に感謝する」

 彼は私を抱いたまま、魔法の呪文を唱える。強力なバリアが、私たちを包んだ。ミケーレは鋭い視線を、ジュリアとリカルドの方にやる。私もそちらの方を見る。

 リカルドが剣を振るうたびに、雷撃が走った。ジュリアはバリアをはって耐えているが、一歩一歩と後ろへ下がっていく。ばーん、ばーんと腹の底まで響く重低音が続く。リカルドは雷の光をまとって、剣を何度もジュリアに打ちこんでいく。

 魔法剣士の本気の戦いに、私は圧倒された。けれど戦いの熱は、こちらには来ない。ミケーレの結界が、私を守っているのだ。

(いつの間に、こんなに頼りがいのある少年になったのだろう)

 力強い手が私の肩を抱いていた。でも今は、感慨にふけっている場合ではない。リカルドはジュリアを、無傷のまま捕らえたいのだろう。だがジュリアの魔力が強いせいで、それが難しいのだ。

 リカルドの手助けをしたいが、私程度だと足手まといになるだけだ。私とミケーレは息をつめて、ふたりの戦闘を見守った。

「ブーヨ!」

 ジュリアが、余裕のない声を上げる。あせだくの体から、強い魔力を放出する。やみの魔法だ。ゲームの中でジュリアは、立場としては悪役だからなのか、やみの魔法が得意だった。多分、この現実でもそうなのだろう。

 リカルドは後ろに吹き飛ばされた。しかし彼は危うげなく、地面に着地する。彼はジュリアとは反対で、光の魔法が得意だ。

「トォオーノ!」

 リカルドは剣を、空に突き上げた。何本もの雷が、天から容赦なく振ってくる。

「アルベロ!」

 私はまぶしさに目を細めながら、ミケーレの張ったバリアを補強した。案の定、雷は私たちのところにも落ちてくる。小さなものが数本だけだが、危険なものだ。リカルドは、私が自分とミケーレの身を雷から守れると信じている。だから全力で戦えるのだ。

(彼の信頼に、私はこたえる。リカルドの足を引っ張らない)

 雷はジュリアに、次から次へと落ちてくる。彼女は必死に耐えているが、巨大で危険な光のかたまりだ。

 公園の木にも雷は落ちて、木は燃え上がる。火の粉をまき散らして、倒れてくる木もある。ミケーレが水の魔法で消火を行うが、間に合わない。チートな魔法剣の使い手のバトルは、派手で熱い。

 リカルドは雷炎をまとった剣を持って、ジュリアに肉薄する。さすがにジュリアは逃げ出した。顔をゆがめて、泣きそうになっている。逃げる彼女に、リカルドは追いすがる。

 ジュリアの目が、私を捉えた。彼女の瞳の中、憎悪が膨れ上がる。私とミケーレの結界をあっけなく壊して、ジュリアの魔法が私の身にせまった。

「ソフィア!」

 ミケーレが私をかばって、前に立つ。衝撃に、彼の体が地面から浮きあがる。私とミケーレは、強風に吹き飛ばされる木の葉のように宙を舞った。

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