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第十一話 これが、本当の前日譚のストーリーです

 ソフィアはミケーレと手をつないで、魔法学校の校内にある講堂へ向かっていた。今からふたりで、卒業・進級パーティーに参加するのだ。つい一か月前に恋人同士になったふたりは、手をつなぐのでさえ、うれしくてはずかしい。

 講堂にはすでに、大勢の生徒と教師たちがいた。広間の中央で踊っている人たち、はじの方で談笑している人たち、テーブルの上に用意されたピッツァをほおばる人たち。

「踊ろう、ソフィア」

 ミケーレはほおを染めて、ソフィアを誘う。ソフィアは、彼の手を取ろうとした。去年までリカルドと踊っていた。最後の最後に、彼以外の男性と踊るとは思わなかった。しかも、みっつも年下の少年と。

 ソフィアはミケーレに向かって出した手を止めて、リカルドの姿を探した。彼は、一年生の女子と踊っている。リカルドの顔を見たとたん、ソフィアはこらえきれなくなった。

「ごめん、ミケーレ君。私は、やっぱりリカルドが好きなの」

 ソフィアの瞳から、涙がこぼれる。ミケーレの顔が青くなっていく。彼はむなしく、口を開けた。恋人の突然の裏切りに、何も言葉にならない。リカルドがやってきて、ソフィアの肩を抱いた。

「ごめんな、ミケーレ。でも俺はこの学校に入学してからずっと、ソフィアを守ってきた。これからも、彼女のそばにいたいんだ」

 ミケーレが初めてソフィアに会ったとき、彼女の隣にはリカルドがいた。誰よりも頼もしく、強い男が。彼らは生徒会の会長と副会長で、お似合いの恋人同士だった。

 最初から、ソフィアはリカルドのものだった。ミケーレはちょっとの間、ふたりに割りこんだだけ。くやしいのか悲しいのか、ミケーレの体は震えた。

「俺こそ、ごめんなさい。ソフィア先輩、リカルド先輩」

 ミケーレは講堂から出ていく。涙が出てきた。自分が情けなくてたまらない。翌日、ミケーレは国王に事情を話し、王位継承権の放棄を取りやめた。

「『女はわざわいだ』と昔から言う。君の目が覚めてよかった」

 国王は喜び、まだ誰の署名も入っていない継承権放棄の書類をやぶいた。ミケーレは今までどおり城で暮らした。だが、国王の騎士として働くリカルドの姿を見るのがつらい。

 彼は希少な魔法剣の使い手で、誰からも期待された新人騎士だった。国王からもかわいがられている。ミケーレは城から、実家の男爵家に戻った。

 新年度が始まる九月、ジュリアがコルティーナ魔法学校に入学してくる。傷心のミケーレは、学校でひとりでいることが多かった。さびしげな雰囲気の、孤高の王子。ジュリアは、暗い影を背負ったミケーレにひかれた。

「私は、あなたを支えたいのです」

 ジュリアの希望により、ジュリアとミケーレは婚約する。侯爵家のジュリアと縁づいたことにより、ミケーレの王位継承順位は上がる。けれどミケーレは、それを特に喜ばなかった。

 季節は冬になり、ミケーレは十六才になる。彼は国王に呼ばれて、城に上がった。ひさびさに父である国王と会う。ミケーレは国王と、ほとんど話したことがなかった。城にいたときも、城から出ていってからも。

「お前は私の子だ。王子として、はずかしくない行動をしなさい」

 王がミケーレに贈ったのは、魔力のこもった赤いサンゴの宝玉。王位をつぐ可能性の高い王子に、ふさわしい魔石だった。ミケーレはサンゴを、無感動に見つめる。

 彼は宝玉を魔法の杖に取りつけ、一層魔法の鍛錬に励んだ。王子であること、自分の価値はそれだけの気がした。何か成果を出さねば、周囲から認めてもらえない。

 また九月になる。ミケーレは三年生になり、その顔に笑みが戻ることはない。親友のエドアルドといるときでさえ、彼は陰うつな表情をしていた。恋人のソフィアに裏切られたときから、ミケーレの心には雪が降り積もり、その雪はけっして消えない。


 嫌な夢を見た私は、ゆううつな気持ちで朝、目覚めた。

「今のが、本来のゲーム前日譚のストーリー……」

 確かにゲームの中で、ミケーレはあんな風だった。笑顔などなかった。それがストーリーが進むにつれて、主人公のサラと愛情を育み、優しくほほ笑むようになる。ルートによってはサラと友だちになって、やはり表情が柔らかくなる。

 しかしなぜ、私はあのような夢を見たのか? 私はぞっとした。おそらくジュリアが私に、あの夢を見せたのだ。本来のゲームどおりに振るまえ、と。

 私はチート能力はないが、一応、魔法学校の卒業生だ。他者より強い魔力を持ち、難しい魔法も扱える。誰かから魔法をかけられても、その魔法を跳ね返せる。さらに常に自分自身に、なんらかの守護魔法もかけている。

(その私に、ジュリアは魔法で夢を見せることができた。まだ二年生にもかかわらず)

 ジュリアのチートっぷりに、私はりつ然とする。彼女に私は勝てるのか? 私は不安になった。こちらには前世の知識はあれど、特別な力も主人公補正もない。私は平凡な脇役だ。

 けれど今さら、この現実は夢のようにはならない。私は卒業・進級パーティーでミケーレと踊っている。ダンスの最中でミケーレに強引にキスされてしまい、周囲からひどく冷やかされた。

 私とミケーレも目立っていたが、リカルドも目立っていた。彼は、各学年の女生徒ひとりずつと踊ったのだ。過去最高にもてた男性として、いまだに語り草だという。

 加えてミケーレは、王位継承権を放棄している。これはただの口約束ではなく、正式な書類が王城に残っている。しかも、国王と王太子の署名が入った書類だ。

「俺は王子に戻りたいです」

 ミケーレ自身がそう主張したとしても、今さら遅いのだ。だからジュリアには何もできない。せいぜい私に、嫌がらせの夢を見せるぐらいだ。だが嫌な予感がする。

 私は研究所へ仕事に行く前に、魔法学校に寄ることにした。校門で、ミケーレが登校してくるのを待つ。彼は、門のそばに立つ私に驚いて、声をかけるだろう。

「ソフィア、どうしたんだ?」

 私が、あなたの顔を見たかっただけと笑うと、彼も笑顔を見せる。俺も会いたかったと言ってくれる。どきどきしながらミケーレを待っていると、彼が学校にやってきた。

 一年生のときとはちがい、ミケーレは城の馬車ではなく徒歩で通学している。私は彼に声をかけようとする。ミケーレは私に気づいて、とまどった顔をした。それから、冷たく私を見つめ返す。君には興味がないというように、ふいと視線をそらした。

 私は、冷水を浴びせられた気分だった。ミケーレに、待ってと声をかけることもできない。ミケーレは私を無視して、校門を通り学校の中へ入った。私は立ちつくす。何もできない。多分、ミケーレは夢のとおりになったのだ。

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