第31話 新型機
イギリス空軍の戦闘機軍団は輸入機で構成した新しい飛行隊をいくつか開設していた。そして、空軍としては一目で分かりやすくする為に諸事情で空いていた700番代や800番代の番号をその新しい飛行隊に一先ず割り振った。だが、これが徐々に問題を起こしていった。
それは、海軍の航空隊が既に700、800番代の数字を使用していた為、空軍と海軍で数字が被る飛行隊が現れたのである。結果、書類上の勘違いや物資や手紙が間違って届く等、ややこしい事態が度々発生するようになっていた。それに万が一、迎撃戦時に管制が聞き間違えるような事があれば問題である。そうして海軍側の抗議も出てくるようになり、空軍内では該当する部隊番号の見直しについての検討が始まるのであった。
第三十一話 新型機
第700中隊のパイロットであるアンソニーの姿はイギリス北部のとある飛行場にあった。原隊を離れ、ロンドンから長い時間汽車に揺られてやっとここまでやってきた。そしてその理由、それは新型機を受領せよという命令によるものであった。その新型機は愛機九七戦と同様に日本で作られた新型機であるらしい。
こんな辺鄙な所に新型機が置かれている理由、それはドイツ軍による空襲を避ける為であった。そんな事情によって、この飛行場にはそれ以外にも様々な機体が置かれている。そんな多種多様な航空機を眺めながらアンソニーは飛行場の中を歩く。だいたいはアメリカ製だが、どれも聞いた事もないような軍用機ばかりだ。そんな機体すら買い漁る程、情勢は切迫しているのだろう。そして、攻撃機らしき機体を整備中の整備員に件の機体がどこにあるのか尋ねる。
「日本の戦闘機…?ああ、あの格納庫の中にありますよ」
整備員が指を差す。
そして、そこには一機の戦闘機があった。単発低翼、後部は絞り込まれて細く、九七戦の印象もどこか残ったようなデザインであった。
アンソニーはそのまま機体に駆け寄ると、更に観察を始めた。九七戦と異なり主脚は引込脚、機首の武装は口径が今までより大きい…明らかな進歩が見て取れた。すると、近くにいた整備員がこちらに声をかけてきた。どうやら、機体の説明を行う人物を連れてくるとの事であった。そうして、周囲の機体を眺めながら時間を潰していると整備員と日本人パイロットが歩いてやってきた。
互いに軽く挨拶を済ませると、早速新型機の説明が始まった。
機体の名前は一式戦闘機、どうも愛称は日本で選定中らしい。そして、そのパイロット曰く、機体の最高速度は500km/h程度と九七戦より少しばかり速い。水平旋回では九七戦に劣るものの縦方向の機動性ではそれを圧倒的に凌駕。武装が12.7mm機関砲になった事によって火力が大幅に向上したとの事である。機体に癖はあまり無く、操縦性は良好。更に空戦にも使えるフラップが装備されているらしい。
特にアンソニーが驚いたのはその長大な航続距離であり、増槽を装備すると双発戦闘機並みの距離を飛ぶ事が出来るという点である。最早、フランス沿岸どころかもっと広範囲まで飛んで作戦実施可能であり、九七戦どころかハリケーンやスピットファイアにも真似できない能力と言えた。
次にパイロットと共に機体に登る。そして、アンソニーはコクピットに座った。説明役のパイロットがコクピット内に頭を突っ込んで説明を始める。計器は全て英語表記に変更済、無線も英軍の物を使用しているとの事だった。そして、主脚が引込脚である事からその出し入れは絶対に気を付けるようにと殊更注意を受けた。おそらく、九七戦のつもりで乗ったパイロットが脚の出し入れを忘れる事故がちらほらあったのだろうとアンソニーは考えた。もっとも、彼自身はハリケーンに乗った経験があるからそこまで深刻には考えていない。そして、機体のマニュアルと模型を用いた座学をその後受けると、いよいよ搭乗である。まずは飛ばずに滑走路を走るのだ。
すると、エンジン始動用の支援車両がやって来てプロペラを回す…これによってエナーシャハンドルを回すような人力での操作が不要となった点も大きな進歩と言えるだろう。そして、手順通りにエンジン始動、950馬力のエンジンが唸る。各動翼の動作を点検。外にいる整備員は異常無しだと合図してくる。マニュアルの手順通りに一通り点検し、計器も異常は無い。整備員に向けて車輪止めを外す指示を出す。そして、車輪止めが外されて整備員が退避。そして、ブレーキを放すと機体は動き出す。そのまま誘導路を走って滑走路端まで移動、そこから機体を加速させると離陸はせずに途中でスロットルを絞る。揚力で飛び上がろうとする機体を宥めながら緩やかに減速…そうして感覚を掴むのである。そんな動作をその後三回程繰り返して今日は終わりとした、実際に飛ぶのは明日にするのである。
そうして、若干の疲労感を覚えながらアンソニーは飛行場の宿舎に移動。そして、そこで出てきた夕飯はどうにも質素なものだった。どうやら、このような後方と言えるような基地では食料を大幅に節制しているらしい。贅沢は言っていられないが、どこか物足りない…そう思いつつもアンソニーは翌日に備えて早々と就寝した。
そして、翌日。いよいよ実際に新型機で飛行する。前日と同様の手順でエンジン始動、機体に異常は無い。そうして、前日同様に地上滑走して滑走路に進入。無線で離陸準備を終えた旨を管制塔に伝える。すると、すぐに離陸を許可する無線が飛んでくる。
安心してブレーキを放し、スロットルを全開に。機体はグッと加速、あっという間に離陸速度に達すると機体はフワリと浮き上がる。そして、忘れない内に主脚を格納。計器のランプを見て異常が無い事を確認、脚が引っかかったといった事は起こっていないようだ。
そして、慣らしの為に飛行場上空を軽く左旋回。九七戦程では無いが旋回性能は良好と思える。次に全速を試してみようと、スロットルを押し込んだ。すると、かなりの勢いで加速していく。旋回明けの低速からあっという間に400km/hまで達し、九七戦との馬力の差を体感する。そうして、勢いを付けると次に宙返り。Gに我慢しつつ様子を見るが、危な気無くするりと機は回る。
「これはいい機体だ」
思わずアンソニーはそう呟く。まるで九七戦を近代化したような機体であり、操縦も実にやりやすい。低速でも急にふらつく様子も無い。九七戦の様な勢いで水平旋回する事は出来ないが、それでもハリケーンやBf109よりも圧倒的に回る。それに縦方向の運動性は説明通りに九七戦よりも良好と思える。そして、火力も今までよりもずっとある、これならドイツ戦闘機相手に対抗する事は可能だろう。
ここ最近の九七戦では相手の隙を狙うような戦いしか出来なかったが、この新型機ならもう少し強気に戦う事も可能だろう。後はこの機体が一刻も早く数が揃う事を願うのみである。たった一機では有効に使う事は出来ない、このまま部隊に持って帰っても暫くは実戦投入出来ないだろう。アンソニーはそう考えると、機首を滑走路へ向けた。
そして、主脚を降ろす。確認用のランプは問題無し。そのまま機体を減速して高度を下げていく。気流も視界も問題なし、滑走路に他機はいない。安心して着陸。そのまま機体を自走させ、エプロンまで移動。エンジンを停止させると機を降りる。
そして、機から降りたアンソニーの表情は実に満足げなものであった。後はこの機体を連れて原隊に帰るだけである。
話がなかなか纏まらずに大迷走…




