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荒鷲、西の空を舞う  作者: ひえん
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第30話 試行錯誤の航空戦

 北欧各国は西欧で噴き上がった戦火の飛び火を今のところ避けてはいた。その理由は開戦後すぐに起きた英海軍の奇襲による独海軍の損害によるものである。これによって、独海軍は上陸作戦に投入可能な戦力の余力を全て失い、結果として戦前に計画していた北欧侵攻プランは全て頓挫した。そこで独軍は別の手で北欧各国に対して影響力を高める事とした。

 その方法は各国へ兵器を売りつけて、運用ノウハウの指導の為として小規模な部隊を送り込むというものであった。北欧各国の軍事力はどこも規模は大きくないと言えるレベルであり、配備する兵器もだいたいが大国に対抗できるようなものではない。よって、実績あるドイツ製の兵器は喉から手が出る程に魅力的であった。そういう背景もあって、北欧各国へお役御免となったBf109初期型やⅡ号戦車といった兵器類が次々出荷されていく。そして、目論見通りに指導役の独軍士官達が各国首都へと入っていった。


第三十話 試行錯誤の航空戦


 九七戦二個飛行隊は遊撃戦力として活動を始めていた。戦闘機軍団の直轄部隊として、負担の大きい地区へ都度救援に行く事が主な役割である。そして、今日もロンドン上空の高度5000mで第700中隊は空中待機していた。何かあれば地上からすぐに指示が飛んでくる手筈であり、そうなればその方面へと急いで移動して味方の手助けをするだけだ。

 最早、この九七戦はBf109の最新型に対して性能的にかなり不利であった。しかし、その高い格闘戦性能は未だ健在であり、敵味方入り乱れて格闘戦を行うような状況ではまだまだ活躍できた。特にその運動性は乱戦下で速度と高度を失った独戦闘機のパイロットを焦らせるには十二分と言える。そうこうしていると無線が鳴った。


「救援要請だ!!サウザンプトンへ行くぞ!」


 下からの急報を聞いた中隊長がそう無線に叫ぶと、中隊全機は一斉に機首を南西へと向ける。そして、その先の大空には幾筋もの黒い雲が漂っている。あの空はもう激闘の只中なのだろう。その間にも敵の情報は逐一無線から報告が飛んでくる。味方は既に敵機へと喰らいついている状況で地上の対空火器も全力射撃中、目的地は修羅の巷と化している。しかし、そんな状況こそ九七戦は活躍できる。敵味方が互いの背中を追い回す、そんな隙だらけの最中に斬り込むのである。


「タリホー!2時下方で空中戦!!」


 眼下では想定通りに敵味方が入り乱れてグルグルと回っている状況だ。味方機はスピットファイア、敵機はお馴染みのBf109。そして、敵爆撃機はDo17の編隊で高射砲の砲火やハリケーン等の迎撃機による襲撃に揺さぶられている様子である。そんな中、第700中隊は下方で戦っているスピットファイアを助けるべく、一斉に機首を下げた。


「こちらアラワシ!下にいるスピットへ、今から支援する!誤射するなよ!!」

「了解、機を見てこちらは一度離脱する。後は頼んだ!」

「よし、かかれ!」


 そして、九七戦各機は目の前で獲物を追って水平旋回するBf109に機銃弾を浴びせる。すると、相手が増えた事に気付いたのかBf109は次々とこの場から逃げ出そうとする。


「逃がすか。アンソニー、メッサーがそっちに行ったぞ」


 しかし、Bf109はこの格闘戦で速度を大きく失っている上に、高度も低いので降下もできない。つまり、逃げようにもそう簡単にいかない状況である。それぞれ相手を振り切ろうと死に物狂いで旋回するが、小回りの効く固定脚の戦闘機にたちまち鼻先を押さえつけられる。もうこうなっては祈るだけ…Bf109のパイロットは左右のラダーを次々蹴っ飛ばして機動を細かく変える、重要部への被弾を避ける為だ。だがその刹那、カンカンと甲高い音と衝撃がBf109のパイロットへと飛び込む。被弾した、と直感的に判断するが、最早遅い。眼前のエンジンがどす黒い煙とオイルを吐き出した。そして、そのエンジンは不気味に軋むような音を立て、異様な振動を起こす。更にがくんと速度が落ちる、舵の効きも怪しい。こうなってはもう長くは飛べないだろう。目の前には畑、パイロットは意を決してそこへと滑り込む。落ちるよりはマシだ。しかし、あまりに猛烈な衝撃にそのパイロットの意識は暗転した。


「奴さん、不時着したぞ!アンソニー、よくやった!!」

「了解!敵機は…爆撃機がまだいますが。中隊長、どうしましょう?」

「もう味方が喰いついている。後は向こうに任せて一度体制を立て直すぞ」


 Bf109はあらかた逃げたか地面に落ちたかで、もう周囲にその姿はない。そして、第700中隊機は一度高度を上げると集合する。被弾機が少数出てはいるが、全機健在である。想定通りの優位な位置からの奇襲であり、それが功を奏したのだ。中隊長はホッとしながら無線で指示を飛ばす。


「残弾が心許ない、一度帰還する」


 地上に敵が不時着や落下傘降下した件は地上の連中に任せ、九七戦は機首を一斉に北へと向ける。こんな情勢である事から静かなうちに帰らないと後が怖い、まるでフランスにいた時のような気分だ。勝利の余韻に浸る間も無く、彼らは基地へと飛び去った。


 そして、着陸後にアンソニーは中隊長から呼び出される。


「なんでしょう、中隊長?」

「ああ、それがな…この忙しい時にすまんが、新型機の受領に行ってほしい」

「新型機…ですか?」


 中隊長の話を聞いたアンソニーの脳裏にスピットファイアの姿が浮かぶ。ついに九七戦ともおさらばか。


「機種は?スピットですか?」

「いや違う」

「では、何です?」

「日本の新型機だ」


 想定外の答えを聞いたアンソニーは口を開けて驚いた。






 英南部の空からBf110は姿を消していた。しかし、今度は英中部より北の空に現れ始める。そして、そのBf110は今までとは異なるフォーメーションを組んで飛んできた。今までは爆撃機の周囲を囲むように飛んでいたが、今度はどうも様子が異なる。

 四機一組の小隊が上から見ると『へ』の字をしたような隊形を組んでいる。そして、その小隊は一つではなく必ず複数の集団を組むが、一塊ではない。低い高度を飛ぶ隊と高い高度を飛ぶ隊の二手に分かれるのである。そして、低い高度の後ろには高い高度、その後ろには低い高度を飛ぶ小隊…と順々に続く。横から見れば段のようだ。

 そんな奇妙な編隊を見つけた英空軍戦闘機隊は攻撃を仕掛ける。相手は散々叩き落してきたBf110、軽く引っ掻き回せばあっという間にいつもの円陣を組んで守勢に入るだろう…そうなれば後は爆撃機を狙うだけ。戦闘機隊のパイロット達は皆そう考える。だが、今度は様子が違った。数機のハリケーンが先頭を飛ぶBf110へと上から覆いかぶさるように喰いついた。だが、その背後から機銃弾が飛び込む。後ろを飛ぶBf110の編隊が降下しながらハリケーン目掛けて突っ込んできたのだ。目の前の獲物に夢中になったハリケーンはたちまち被弾、攻撃どころではなくなって逃げの一手となる。それを見た後続のハリケーンは続いて上側を飛ぶBf110を狙った。すると、狙われたBf110は下方へと一斉にダイブ、ハリケーンはそれを追う。もう少し、もう少し…パイロット達が引き金を引こうとしたその瞬間、背後から機銃弾が飛んでくる。襲い掛かってきたのは低空側にいたBf110の後続編隊だ。上から逃げたBf110は後続隊の射線の先へと相手を誘導した形となったのである。

 こうして、迎撃側の英戦闘機隊は混乱し、経験の浅いパイロットを中心に複数の被撃墜機を出す損害を受けた。一方、独軍側は空軍トップのお気に入りであるBf110による戦果を大いに宣伝、上下二段による連携を鰐の口に例えて、これを鰐の大顎戦法と呼んだ。


 しかし、英空軍側も対策を練った。上下両方の編隊を同時に叩く事で連携を崩壊させようと考えたのだ。しかし、実際に実行したところ、Bf110の連携を崩す事には成功したが、その間に本命の爆撃隊を取り逃がす結果となって失敗。更に対策を考え抜いた結果、一つの結論に至った。


「優先すべきは戦闘機よりも爆弾抱えた爆撃機ではないのか?」


 丁寧な編隊を組んだBf110を一先ず無視して爆撃隊に集中すればいいという考えである。わざわざ敵戦闘機の相手をする必要もない、それに爆撃機を守る為に敵が編隊を崩せば一石二鳥である。こうして、仇討ちと言わんばかりに頭に血が上った戦闘機パイロット達を宥めるのに苦労しつつも、英戦闘機隊は新たな対抗策を実行に移す。

 そして、これに焦ったのは独空軍側だ。大顎戦法を組んだBf110がいたのに爆撃隊に大きな損害を出してしまったからである。こうなった以上、独空軍も新たに対策を考える。今度は大顎の中に爆撃隊を組み込んで飛ばしてしまおうという考えだ。これなら爆撃機を狙って敵機が突っ込んでも上下から挟み込めるはずだ。そして、英空軍は新たな固い編隊に仰天し、また新しい対策を考える。


「わざわざ上下方向だけの二次元的機動に付き合う必要も無かろう」


 Bf110が上下方向のシンプルな動きだけで対処している点に注目、そこで編隊を組んだままの相手が対応できない方向から攻める事とした。敵の横っ面を殴りつける…つまり、敵編隊に対して横方向から攻撃を浴びせ、そのまま退避。それを複数機で次々繰り返すのだ。相手がこれに対応するには編隊を崩して動くしかない。そうして、英戦闘機隊は新たな編隊に襲い掛かった。


 そんないたちごっこが次々繰り返されるが、ついに終わりが来た。Bf110を装備する各飛行隊の損害数が限界に達し、一部を除いてついに後方へと下げられたのだ。こうして、護衛戦闘機としてのBf110は英本土爆撃任務から姿を消した。

 また、それと共に独空軍は方針転換を余儀なくされる。その理由は護衛戦闘機の選択肢がBf109だけとなってしまったからである。Bf109の短い航続距離では頑張っても英南部までしか侵攻できない。よって、そこから先の爆撃をどうするか…独空軍上層部は更なる問題に頭を抱えるのである。


お待たせしました。やっとこさ続きです。

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