第29話 将来の不安
中国戦線は一進一退の終わりが見えない戦いが続いていた。それは戦線の広さに対して双方の展開する兵力の少なさが原因であった。戦線全てに兵力を張り付ける事が出来ない以上、必ず穴ができる。よって、お互いにその穴に浸透し、その迎撃の為に移動。包囲を避ける為、そのまま元の位置に戻るという事が続いていた。
そして、そればかりが原因ではなく、ここまで膠着すると互いに前線にいる相手の様子がおおよそ分かるようになり、双方どの程度で相手が引っ込むかの判断が付くようになっていた。結果、散発的な戦闘も無理を避けてなあなあで済ましてしまう事態も多々あった。
第二九話 将来の不安
イギリス南部上空、その青空を戦闘機の編隊が飛ぶ。飛ぶ機体はスピットファイアの新型、20mm機関砲を積んだ機体である…そして、彼らは眼下に獲物を見つけると降下を開始。
「いたっ!タリホー!!真下にいるぞ、各機かかれ!」
中隊長機の無線と共にスピットファイアの中隊が獲物であるBf110の編隊に飛び掛かる。そして、不利な位置からの攻撃を浴びたBf110は急いで編隊を組み直す。例の円形陣形を組むべく手近な機が集まって動くのである。運動性で劣るBf110が効果的に対抗するには現状これしか手が無い。しかし、その手を使う事で彼らの任務は半ば失敗と化していた。その理由は爆撃機の護衛に直接手が回らなくなるというものである。爆撃機は離れていく直掩の護衛機目掛けて怒鳴り声混じりの無線を飛ばす。だが、身を守る事で手一杯なBf110からは返事すらまともに戻って来ない。
こうして、迎撃側の戦闘機隊は易々と護衛戦闘機と爆撃機の分断に成功。護衛が薄くなった爆撃機の編隊には内陸上空で待ち構えていたハリケーンの編隊が次々と襲い掛かる。そして、その打撃を受けた爆撃機は逃げるように爆弾を投下。その慌てて落とした爆弾は目標を大きく逸れ、何もない土地の地表にただ大きな穴を空けるのみであった。
本格的な防空戦開始から2週間、連日のようにこのような戦闘があちこちで発生している。しかし、前述の状況はあくまでもかなりうまくいった場合の事例である。実際は迎撃に上がったスピットファイアやハリケーンがBf110やBf109からの逆襲を受けて防戦に追い込まれる事態もあった。更に敵爆撃機の防御火器によって損害を受ける機も連日多く出ている。そうなった機体は再起不能になるものも出てくる。こうして、英南部に展開する空軍はじりじりと損耗を増やしていた。損害は迎撃に上がった航空機だけではない、南部の主要な基地も攻撃を受けて設備に甚大な被害を受けていた。
そして、この状況に英空軍上層部は頭を抱えていた。機体も足りないが、パイロットはもっと足りない。そんな状況でも損害は出てしまう。よって、このままでは貴重な戦力をがりがりと削り取られてしまうだろう。また、戦力だけでなく機体や燃料、弾薬等の生産設備も狙われるだろう。悲観的な予想が彼らの中に渦巻いていた。
しかし、そんな悲観的な予想をしているのは相手も同じであった。
ドイツ空軍上層部もまた頭を抱えていた。イギリス本土攻撃は今まで以上に厳しい戦いになるだろうと事前におおよその予想はしていた。だが、実際にはポーランド侵攻やフランス侵攻時を軽く超える想定以上の損害が連日続いている。最早、急降下爆撃機のJu87は英本土南部へ出撃する度に許容できない規模の損害を出す程であり、主力双発爆撃機のHe111も苦戦している有様であった。そして、極めつけはそのHe111の護衛戦闘機であるBf110である。
護衛を受ける側の爆撃隊からはBf110が護衛戦闘機としての任務を果たしていないとの抗議が次々と各司令部へと送り付けられていた。しかし、戦闘機隊は決して護衛任務をさぼっている訳ではない、その証拠にBf110の損害はかなり大きいものであった。よって、それらの事態が意味する結果は深刻だ。飛ばしたBf110が敵迎撃機にほぼ通用していないという事を示すのである。その事実に激しい危機感を抱いた空軍上層部は早速調査を開始する。パイロット達に何があったのかを聞き取るのだ。
そして、聞き取りの結果はすぐに出た。結論から言えば、Bf110は現状の護衛任務にかなり不向きであるというものだった。その理由は単純で、機体が大柄で重い点だ。爆撃機の傍に寄り添って戦う直掩任務ではその点が大きく響いた。もしも敵機に喰いつかれた場合、その大柄な機体では瞬間的な回避もままならない…そうなると他機の援護を受けるか後部銃座で抵抗する程度の手段しか無い状態となってしまうのである。結果、そんな状況に陥ったパイロット達は咄嗟に身の危険を感じ、我慢の限界を超える。そして、爆撃機から離れて最も安全と思われるいつもの円陣戦法に切り替える機体が相次いだのだ。そうなると、爆撃隊は当然のように護衛を欠いた状態で敵機の出迎えを受ける事になるのである。
その結果を纏めた空軍上層部内はまるで通夜のように静まり返っていた。どうしたものか、そんな空気に包まれていたのである。実のところ、こういった問題はとうの昔に散々指摘されていた。それは中国戦線から送られてきた数々のレポートである。しかし、アジアから送られてきたその指摘は空軍内で軽視されていた面もあった。
あまりにも欧州と環境が違うからこんな意見を一々取り入れるのは現実的でない、それが理由だ。何か問題が指摘されても、参考になる面はこちらでも取り入れて、どうしようもないものは現地向けの解決案をまた別に作ればいいだろう。そんな認識に至っていたのである。しかし、こうなってしまっては目を背ける訳にはいかない。他の指摘も現状の問題と重なる恐れが高い。そうして、彼らは再びその放置されたレポートの山へと挑むのであった。
そして、引っ張り出された過去の指摘の数々に調査を担当した者達は頭を抱える。そこには現状と重なる、もしくはこれから起こり得る問題が悉く書かれていたからである。まず、Bf110が単発戦闘機との格闘戦で不利である事。爆撃機の周囲を囲うような護衛には不利である事。爆撃機のみでは敵の妨害に対して撃たれ弱い事。これらは今現在、実際に味わっている事態である。しかし、その先は未だにまだ経験していない内容の指摘である。だが、考え得る事態が記載されている事からピックアップされたのだ。
・Bf109は侵攻作戦時の航続力が不足している。
・設備の整った基地以外での航空機運用には不安が残る。
・DBエンジンの整備には熟練した整備員が必ず必要である事。
・大規模航空戦ではただそれだけでパイロットの消耗が激しい。よって経験の浅いパイロットをいかに効率的に戦力化するかを検討すべきである。
深刻なのはBf109の航続力が足りないという指摘だ。Bf110が能力不足なら現状で頼れるのは主力であるBf109しかない。だが、指摘の通りに検討するとやはり肝心な後続距離が足りない。大して整備されていないフランス北岸の飛行場を使ってもロンドンまでギリギリといったところだ。そうなると、英南部はともかく中部より以北の制空権はどうしようもないという結果が残る。その先は不利と分かりつつもBf110の護衛を付けるか、爆撃隊だけを飛ばすという選択肢しかなくなるのだ。このままでは兵器の生産拠点や重要施設が英北部に移転された場合に攻撃が困難となる。つまり、そうなってしまえば強烈な敵防空網によって空軍の損耗は許容困難なレベルに至ると考えられた。
この指摘と重い検討事項を突き付けられた空軍上層部は方針転換が必要であるという事を痛感した。現状、このまま大規模な爆撃を続けるのは不可能である、いずれ爆撃機を損耗し尽す。そこで、有効な対策を立てるまで空襲の規模縮小を実施したいと、水面下で複数の政府高官にコンタクトを取った。しかし、皆一様に渋い顔を浮かべるのみである。曰く、もう既に始まってしまった事から各所への説明や説得は困難を極める。そんな話をしたところで誰も納得しない。等の散々な返事が返ってくる。
そして、その相談内容がどこからか空軍トップに漏れ伝わると、たちまち各所へと叱責が飛んだ。戦闘意欲に欠けているからそうなるのだ。戦闘機を有効活用できていないだけだ。と、根性論じみたお叱りの言葉が次々と降り注ぐ。だが、それだけではない。
「今、攻撃を緩めると敵が防備を固める隙を作り出す事になる。そうなってしまえば今度こそわが軍は攻め込めなくなり、この戦いの行く末は見えなくなるはずだ」
と、最後に出されたやたら説得力のある一言に皆は納得するしかなくなった。そして、最前線の部隊へは作戦続行という連絡が飛ぶ。それを聞いた各Bf110の部隊は頭を抱えて天を仰ぐ。だが、前線の部隊は独自に対策を考えていた。それは中国戦線で戦ってきたパイロットを指南役として呼び寄せる事であった。
「戦闘というのは一方的に撃つ事が確実な勝ち方だ。そして、かの撃墜王も先に撃って落とせばいいと言っていた。お前達に必要なのはそういう戦い方だ」
日本軍との数多の戦闘を潜り抜けたパイロットは開口一番にそう言った。そして、そういう戦い方を一から叩き込む為の猛訓練が始まった。
今日もBf110が大空へと飛び上がる。そのたどり着く末は基地の滑走路か、はたまた三途の川か。
遅くなりましたが、続きが出来ました。
いつの間にか現実が物騒に…




