第28話 防空戦始まる
欧州から地中海を挟んだ向こう側、北アフリカではフランス本国から脱出した軍人の一派が祖国奪還を目標に大規模な抵抗運動を行っていた。この運動によって、フランス海外領土の大半がドイツ影響下の臨時政府に反する動きを見せていた。また影響はそれだけではなく、フランス本土でもこの動きに賛同する者が多数いた。これによって、各地でサボタージュ等が多発し、工業製品の生産量が伸び悩む状況となっていた。これに頭を悩ませたドイツ政府は対策を練った。
まずはドイツ軍の管理下にしたフランス南部のマルセイユと地中海のコルシカ島南部に空軍基地を設置、爆撃機部隊を派遣した。こうして航空戦力で北アフリカに直接圧力をかける。そして、フランス本国内の問題についてもある策を実施する。
世界中で先の世界恐慌による影響は未だに続いている。その為、職を求める失業者は欧州どころか世界中で溢れていた。つまり、仕事や賃金を求める人間がとにかく大量にいたのである。よって、ドイツはそれらの人材をフランス国内で働く労働者としてかき集める事とした。現在、ドイツ軍管理地域以外を治めるフランス暫定政府は中立国となっている。その為、他の中立国から人材を引き込むハードルは低かった。そして、これらの人員にてインフラ復旧や日用品等の生産を安定させる。物資供給と流通の回復によって、まずフランス国内の混乱を抑えるのである。地域が混乱したままでは動くにも動けない。よって、敵対国の諜報員捜索やレジスタンス活動の鎮圧はその後から本格的なものとなるだろう。
第二八話 防空戦始まる
近頃、ドイツ空軍のトップは事あるごとに空軍戦力だけでイギリスを屈服させると公言していた。それは先に出された英本土への上陸計画にて、陸海軍が悲観的な計画案を出した事がきっかけであった。それにより、彼は英国に効果的な打撃を与える事ができるのは空軍の持つ航空戦力だけだと考えたのである。そして、空軍はその発言を実行するかの如く、爆撃機部隊のフランス北部沿岸への展開を既に終えていた。これらの部隊にはフランス攻略戦の最中で消耗し、後方に下げられて補充と再編成を行って復帰した部隊も含まれていた。海峡を挟んで睨み合いをしていた時間は決して無駄ではなく、こうして戦力を整える事にも成功していたのだ。そして、陸海軍が戦果を挙げるまでには長い時間と手間がかかる為、空軍にはたっぷりと時間があるし、その間の戦果もほぼ独り占めできる。既に準備は整った。そして、今か今かと前線の部隊が待つ中、ベルリンからついに攻撃命令が飛び込んだ。
英国の海空戦力と工業力を粉砕し、連中の心を叩き折れ。
パリに展開していた司令部は攻撃決行を決定、攻撃は決定から三日後に開始となった。フランス北部、ベルギー沿岸の基地に展開する各爆撃機部隊は事前に用意された攻撃プランに沿って爆撃目標を定める。序盤の主目標はイギリス南部の港湾施設と停泊中の艦船。そして、初日は合計で100機近い各双発爆撃機をそれぞれの目標へと出撃させる事となった。こうして、前線の基地は用意を整える為に忙しくなる。
しかし、イギリス側もこの活発な動きに気づく。フランスやベルギー国内に網を張った諜報網はその動きを的確に捉えていたのだ。そして、その情報を得たイギリス空軍も慌ただしく動く。主要な戦闘機隊はいつでも飛び立てるように待機状態となり、輸送機等の航空機は被害を避ける為にイギリス北部へと疎開させた。基地にある機材は片っ端から敷地の外に移動し、偽装網を被せる等の対処を行う。各基地ではフランス戦を経験した人々が率先してその作業を実施していた。そういった対策をせねばどれ程危険なのか、あの戦いで身をもって味わっていたからだ。そんな作業が連日続き、ついにドイツ軍がやってくる。
その日は朝から沿岸の対空レーダー網が敵機を捉えていた。大陸沿岸で多数の航空機が同じ場所を何度も周回している。それは後から離陸した機体と合流し、編隊を組む為の動きだった。直ちにイギリス南部を管轄するスピットファイアとハリケーン等を装備した飛行隊に出撃命令が下る。その数はおおよそ50機程度。
しかし、ドイツ軍側は第一波だけでそれを遥かに上回る120機程の航空機を出撃させていた。内訳はHe111を主力とする爆撃機とBf110からなる護衛戦闘機が半々である。この爆撃機はイギリス南東部沿岸各地を攻撃目標と定めている。今回出撃するのはポーランド侵攻に参加した部隊がほとんどを占めている。フランス攻略戦の間に訓練と休養の時間をたっぷり得た彼らの士気は高い。
イギリス空軍の迎撃機はレーダーと地上の管制から誘導を受けてドーバー海峡へと進出。そして、そこでフランス沿岸から進攻してきたBf110の編隊と接敵するとそのまま激しい空中戦へと突入した。重い双発戦闘機であるBf110は格闘戦に呑まれると圧倒的に不利である。だが、彼らは4機編隊を組み、輪を描くように飛び始めた。この円の中にBf110を狙う敵機が飛び込めば、4機の内の1機が必然的に敵機の背後を狙う事が出来るという戦法だ。しかし、これには今回の任務では不利な点があった。その場にとどまって円を描くという機動である為、爆撃機の護衛戦闘には向かない戦法だったのだ。よって、制空隊はその戦法を駆使する事で敵機に対抗できたが、爆撃機の直掩機についてはそうはいかなかった。彼らは爆撃機の傍に寄り添い、寄ってくる敵機を追い払う事が任務である。よって、爆撃機の編隊から離れて円を描く事は不可能に近く、敵戦闘機に喰い付かれて被害を出す機もあった。
一方、迎撃側も苦戦を強いられていた。先行してきたBf110に釣られてそちらを追い回す隊が複数発生し、それによって本命の爆撃機を狙う機数が減ってしまった。そもそも、レーダー上ではどれが本命なのかの見分けがつかない。よって、地上もどこに戦闘機を誘導するかで混乱を起こす。その結果、大量に飛び回る爆撃機への効果的な迎撃を行う事が困難になってしまったのである。そうして、攻守の双方が苦戦し、次々と海峡の空に機体が散っていく。純白の落下傘が空をゆらゆらと舞い、怒鳴り声のような無線が飛び交う。そして、爆撃機の飛ぶ先の空には地上からの高射砲弾が次々と炸裂…そこはまさに地獄のような惨状であった。
そんな激戦の最中、九七戦を運用する第700中隊、第701中隊の二隊はイギリス北部上空を飛行していた。しかし、その目的は迎撃ではない。
「なんで俺達だけ空中退避した機の護衛なんだ?」
「知らん。変な任務続きだったから休暇代わりのつもりかもな」
「なるほどな、そう考えると悪くはないか」
「まあ、いつどこから何が飛んでくるか分からん。集中して飛べよ」
イギリス南部の基地から退避してきた各種航空機の護衛をするという任務が与えられたのだ。そんな任務である為、この日は何の戦果も損害もなく終わる。そして、任務を終えた隊員達は基地に着陸すると翌日に備えて早めに休養を取る。爆撃は明日も続く筈だろう、そう考えたのである。しかし、翌日も似たような任務が下り、九七戦はまたもや戦場から離れた静かな空へと向かう。隊員達はまたかと思いつつも任務に当たる。当然、戦果も損害も出ない。そして、そのまた次の日も同じような任務を任される。いよいよ隊員達は首を傾げる。
「流石にこれはおかしい」
「ああ、他の隊はもうへとへとだろう。俺達にお呼びがかかってもおかしくないだろうに」
「まさか、上は九七戦だと役に立たないと考えているのか?」
「まあ、こいつで爆撃機を相手にするのはな…」
しかし、そう愚痴を飛ばしたところで変化は無い。眼下の長閑な風景を見て飛ぶだけだ。遠くには上空待機中の大型機が編隊を組んで飛んでいる。これだけを見れば実に壮大な光景だ。しかし、いちいちこのような空中退避するのも一苦労である為、そのうち彼らも分散配備や疎開等の対応がされるだろう。そうなれば、九七戦がこんな長閑な任務に飛び上がる必要も無くなるのだ。搭乗員達はとにかく戦場から遠ざけられている現状に不満であった。しかし、そのままその日も何事も無く終わって九七戦は基地へと戻る。
すると、基地へと戻ってきた搭乗員達に、ある衝撃的な知らせが飛び込んだ。今まで所属していた飛行群から所属を外されたのである。この飛行群というものは本土防空の為に4つ編成され、それぞれが担当地区の防空を担当する。そして、その飛行群に実動部隊である戦闘機の中隊がそれぞれ所属しているのである。よって、この所属を外されるという事は他の地域への移動を意味するのだ。
隊員達はどこに飛ばされるかと戦々恐々の状態で続報を待つ。だが、中隊長達まで頭を抱えて知らせを待っている以上、部下達にはどうしようもない。
「もしや、このまま南西部に回されるのか?」
「中部かも…」
「いや、後詰として北部かもしれない」
「寒いところは苦手だから勘弁してほしいな」
「我が儘言うなよ、アンソニー。俺達は軍人なんだぞ」
しかし、やってきた続報はなんとも曖昧なものであった。それは九七戦二個中隊を戦闘機軍団の預かりにするという明確な所属先が分からない内容であった。それを聞いた隊員達はただただ困惑する。
「まさか、このまま海外に飛ばされるのではないか?」
「さてさて…北アフリカか、アジアか、絶海の孤島か」
「冗談はやめてくれ」
そんな心配まで飛び交う始末である。だが、一向に移動の命令が出る気配は無く、ただただ不気味に時が流れるのみだった。
九七戦のパイロット達がこのように戦々恐々としていた裏で、戦闘機軍団はある考えを持っていくつかの中隊を直接の指揮下に入れる為に動いていた。その理由は傘下の各飛行群において、それぞれが持つ迎撃に対する方針の違いがはっきりと浮き彫りになったからである。
例えば、ある飛行群は敵接近が報じられると出撃可能な隊から順次飛ばし、例えそれが五月雨式になろうともとにかく迎撃を行うという方針を立てていた。しかし、その隣の区域を担当する別の飛行群はそれとは全くの正反対であった。それは上空で迎撃戦闘機の大編隊を組み、態勢が整ったところで敵編隊を迎撃。そのまま一網打尽にするという方針を主張していたのだ。この方針の差は飛行群指揮官ごとに思い描く理想の戦術が異なる事から生じている。だが、悪いことにそれぞれの指揮官達がこれらの迎撃方針を巡って激しく対立する状況まで起こっていたのだ。このままだと効果的な迎撃戦闘に支障をきたす恐れがある。
そんな状況に頭を抱えた戦闘機軍団司令部はある策を立てた。それは日本陸軍の独立飛行中隊を参考に直轄の中隊を配置するというものだ。そして、これらの中隊は各飛行群の間に生ずるギャップを埋める為に投入する戦力となるのである。だが、その集められた戦力が持つ装備品は九七戦に旧式化した初期型ハリケーン、更には複葉機であるグラディエーターといった一線級の機体とは言えない物ばかりあった。しかし、これにも理由がある。それは各飛行群からスピットファイア等の一線級の機体を持つ隊を引き抜くとなると、それだけで凄まじい反発が予想される為だ。よって、説得しやすいような当たり障りのない機体ばかりを装備した隊が引き抜きの対象となったのだ。
戦闘機軍団司令部の思惑はそれだけではない。飛行群という括りから外れた中隊は比較的自由に動かす事が可能だ。よって、消耗の激しい地域へと派遣する予備戦力としての面もある。また、その柔軟な運用方針により、新型機への機種変更も気兼ねなくスムーズに出来るだろうと考えたのだ。実際、集められた戦力は二線級な機体ばかりであり、そういった面でも都合がよかった。既に様々な機体が実戦配備を目指して試験中であり、それに加えて海外から入手した新鋭機もある。こういった機体の配備先を用意する事も必要なのだ。
また、試験中の機体の中には九七戦の後継機と目される機体の姿もあった。
その機体の名称はキ43。日英双方で正式採用がまだされていない為、この名称は試作名称である。そして、実戦配備を目指して生まれ故郷から遠く離れた西の空を今日も飛ぶ。
ついにドイツ軍による本格的な爆撃が始まった。だが、九七戦の部隊には奇妙な命令が下る。
困惑する隊員達はただひたすら命令を待つのであった。
遅くなりましたが、なんとか続きが書けました。




