外伝 上陸作戦に向けた事前準備と大迷走
今のところ、直接戦火には巻き込まれていない北欧各国。なんとかこの時局を無事に乗り切ろうとそれぞれがドイツやイギリスからの外交圧力を回避する事に苦心する中、各地でちょっとした異変が起こっていた。それは近頃急に中古船舶の需要が急増した事である。動く船なら大型小型問わず、売りに出されるものがあるとすぐに売れていくのだ。
なお、この異変を引き起こしたのはドイツがオランダ国内に設置したダミー企業である。イギリス本土上陸に備え、表向きには中立国となったオランダ経由で国外からも船をかき集める気なのだ。しかし、この状況にイギリス側も気が付いた。そして、すぐに同じように船を買い漁る。これはドイツ側の思惑を阻止する為の行動であるが、イギリスとしても海運維持の為に今はとにかく船が欲しい状況という事情もあった。よって、この船舶争奪戦はただひたすら過熱していく。
北欧以外の地域にもこの騒動が飛び火するのは時間の問題かもしれない。
外伝 上陸作戦に向けた事前準備と大迷走
現在、ドイツ軍最大の目標はイギリス本土であった。ここさえ落とせば西欧をほぼ制圧したのも同然である。しかし、そこに攻め込む為には大きな壁があった。それは海峡である。よって、それを突破する為に客船や貨物船の徴発、各種揚陸艇の建造、更には空挺用グライダーや輸送機の量産と配備を急いでいた。
だが、揚陸前に立ちはだかる巨大な問題点はまだいくつもあった。その中でも最も深刻な問題…それはイギリス海軍の水上艦艇である。これらをどうにかできなければ、例え大量の揚陸艦艇を浮かべて突入させても悉く壊滅するであろう。だが、そんな巨大な脅威を阻止する手段が無い。対抗する為のドイツ海軍は先の大戦で失った戦力を再建している途中であり、戦闘艦艇の数がとても足りない。その上、イギリス海軍の奇襲攻撃で各種艦艇の運用に未だ支障が出ている状況である。北欧方面の作戦すら実施を諦めた程だ。
そして、揚陸作戦を検討する専門チームはイギリス海軍阻止の為のアイデア募集を陸海空軍問わず幅広い方面に出した。結果、威勢よく次々とアイデアが飛び出し、フランス沿岸に布陣した現地部隊に至っては意気揚々と自作の改造兵器まで作って提出してきた。しかし、出てきた数の割に内容はとても怪しいものが大多数と言わざるを得なかった。
例えば、大量生産が始まった揚陸艇を改造した特設戦闘艇、提出されたものではこのパターンが一番多い。実用的で採用に至った例は機雷を載せた敷設艇、おとりとして自走させ敵艦隊を引き付ける目的の無人艇等であった。だが、揚陸艇を運用する現地の陸軍部隊はこれに鹵獲したフランス製の対戦車砲や戦車砲を括り付けた近接戦闘艇なるものを作って出してきたのだ。これで駆逐艦へと肉薄し、戦車のように勇猛果敢に戦闘するというものである。駆逐艦の装甲は薄いから戦車を撃破できる砲なら戦えるだろうという理屈であった。しかし、まともな駆逐艦を相手にした場合、射程外から一方的に撃ち抜かれる展開が目に見えていたので即座に却下。挙句の果てには、速力を強化しようと揚陸艇の発動機を鹵獲した航空機用エンジンに載せ替え、魚雷を載せた高速簡易魚雷艇というペーパープランまで現れた。無論、艇に対して搭載する魚雷は巨大であり、まともに搭載できるはずもなく却下。このような素人が思い付きで出したようなアイデアが多く、内容を精査する担当者の負担ばかり増えていく有様であった。
何故こうなったのか、それは地上戦闘の大部分が落ち着いた状況下であり、時間を持て余す部隊が多かった事が最大の要因であった。戦況に動きが無い間に何かしらの実績を作ろうと、とにかく何でもいいから案を送ろうという動きが各所で起きたのである。
検討の結果、北海洋上での要撃よりも揚陸前にイギリス海軍艦艇をどうやって阻止するかという方向に絞る事とした。その為、陸軍や空軍に沿岸からの艦艇攻撃についてどのような手段が取れるかという質問を送り、回答を待つ事とした。また、海軍についてはいかに敵艦隊の戦力を削ぐか、その手段を研究するという方針となる。
まず、海軍から回答が届く。海軍の実施可能な方法としては、第一に水上艦隊による正攻法の戦闘である。だが、海軍の艦艇事情では正面から主力の水上艦艇をイギリス海軍主力にぶつけても、その大きな戦力差によってイギリス艦隊を完全に阻止する事は不可能であるという予想が出ていた。それに、イギリス海軍側が東西に戦力を分けてイギリス海峡へと進出させてきた場合、こちら側には戦力を分散させる余力があまり無い。よって、片一方の敵戦力は無傷で取り逃がす可能性すらある。
次に上がった案は、イギリス海軍艦艇を港で行動不能に陥れる手である。しかし、これも難しい方法であった。イギリス海軍主力の拠点であるスカパ・フロー泊地には開戦後から既に潜水艦や航空機で数度攻撃を実施し、時には戦艦を沈めるほどの戦果も挙げていた。だが、それ以降は哨戒も防備も厳しくなり、泊地へ近づく事も難しい状況になりつつあった。よって、積極的に実施した場合にはこちらが損害を受けるリスクがかなり高いと言わざるを得ない。
また、外洋で哨戒中の艦艇を積極的に狙う案も出たが、これは確実性に欠ける。その上、船団攻撃の為に潜水艦隊はフル稼働中であり、船団攻撃時の駄賃として護衛艦艇を狙う程度の期待しかできないだろうとされた。
次に陸軍から回答が出た。その内容としては、イギリス海軍への対抗策は沿岸砲台による砲撃が確実かつ、ほぼ唯一の手段であると回答であった。一般的に水上艦艇に対して陸上の砲台の方が砲戦になると優位と言われている。だが、これにも問題が付き纏う。それは、砲座に据え付けられた沿岸砲台は簡単に移動できないという問題である。つまり、決まった範囲でしか戦う事が出来ないのだ。その為、拠点周辺の沿岸防衛ならまだしも、海峡上を縦横無尽に航行する艦隊への攻撃に使う事は困難と思えた。
だが、イギリス海峡は最も狭まる所で幅が約34km程度である。それならば、敵艦隊が航行しやすい水深の深い海峡中央部を通過する場合だと沿岸砲での迎撃や妨害が可能ではないかという意見も飛び出した。そして、その意見が取り入れられ、フランス北部のカレー周辺に各種砲台の設営と陸軍砲兵部隊や列車砲等といった戦力を展開する方針が定まった。また、更なる攻撃手段として陸上に魚雷発射管を据えるアイデアが出た。これも前述の沿岸砲台と共に海峡の最も狭い場所で敵艦隊を迎え撃つ装備として運用する事とする。
最後に空軍から回答がやってきた。やはり航空攻撃による艦艇攻撃がメインとなる。だが、戦闘航行する主力艦相手への航空攻撃は世界的にも実例が乏しく、未知の部分がまだまだ多い。よって、効果的な攻撃ができるかどうかが不安視されている。だが、航空機による爆撃や雷撃によって敵艦隊の行動を妨害する事ができるのは確実である。そして、この他にもイギリス各地の港湾への航空攻撃で打撃を与えるという方法もある。これにより、事前に稼働する艦艇の数を削って敵の戦力を減らすのである。また、予想される航路上に機雷を敷設する等の手段もあった。それは敵艦隊の行動を阻害するという面では有効な手段とも言えた。よって、これらを実施する戦力として、フランス北部の各航空基地に沿岸や艦艇攻撃用の爆撃機や攻撃機を更に多く配置する方針となった。
こうして陸海空軍から出た回答から、上陸作戦時のイギリス艦隊を阻止する作戦案が固まった。
それはまず、上陸作戦前にイギリス海軍の各拠点を爆撃、敵の戦力を減らす。そして、上陸作戦決行時には北海各地に潜水艦や爆撃機、哨戒機を配置。これらは敵艦隊を発見次第、迎撃を実施する。そして、ドーバー海峡のもっとも狭い箇所に防衛線を設定。その防衛線はフランス北部の沿岸砲台群と列車砲、更に射程が長い各種砲と水雷兵器群が迎撃を担当する。また、海峡には機雷を多数敷設して、敵艦隊の行動を可能な限り阻害する。そして、おとりの無人艇を走らせて敵艦の気を逸らす事も案に上がっていた。このような手段を重ねた防衛線にて、動きの鈍った敵艦隊に可能な限りの打撃を与えるのである。そして、最後に防衛線を突破した手負いの敵艦隊に対して、空軍の主力攻撃隊と海軍の主力艦率いる艦隊にて決戦を挑む…このような筋書であった。なお、防衛線とは逆側の海峡西側からイギリス艦隊が突入してきた場合は空軍戦力とブレスト等の各港から魚雷艇等の各種艦艇で複数回襲撃、可能であれば沿岸砲でも攻撃する。これらの手段で防衛線周辺に展開する主力艦隊や航空隊が攻撃を行うまで敵にひたすら出血を強いるという方針が立った。多少、強引ではあるものの、これが現状実施できるとされた作戦内容であった。
しかし、基本的には揚陸作戦前に空軍の戦力で敵の戦力を削る事が最も有効であるとし、陸海軍の準備が整うまで暫くは空軍の爆撃機でひたすらイギリス国内へ戦略的な爆撃を行う方針となった。そして、空軍のトップも自信満々といった様子でこの方針を了承したのであった。
一方、上陸作戦に備えて準備を進めるのは防衛側のイギリスも同様であった。そして、イギリス陸軍はイギリス海峡に面した沿岸各地の防御を固めるべく、ひたすら奔走していた。しかし、陸軍にはいくつもの大きな問題があった。それは先のフランスからの撤退騒動で主だった重装備の大半を運ぶ事ができずに喪失してしまった事である。まず、戦車等の戦闘車両、火砲は定数にとても達しない状況であり、更には機関銃や対戦車砲、迫撃砲といった歩兵部隊用の火器も不足気味であった。そして、兵員の大部分が撤退に成功したとはいえ、その兵力の大半は消耗が激しく、長い療養や休養が必要な状況であった。また、部隊復帰不能な者も少なくない。更にフランスが陥落したことにより、地中海・北アフリカ方面にも兵力を張り付ける必要性が高まっており、そちらにも兵力の増員が必要であった。つまり、深刻な戦力不足である。この不足を補う為、英連邦各地から兵力と装備をかき集めていたものの、とても追いつきそうにない見通しであった。また、同盟関係の日本も戦時下であり、こちらに送ってくる装備にも限界があった。
しかし、海上戦力についてだけは余裕があった。日本やアメリカから船舶や艦艇を買い取った事で生じた余裕を活かし、極東方面の余剰戦力を大西洋や地中海に配置した事によって本土防衛に回す戦力が増えたのである。これによって、ドイツ海軍に対する優位はこれまで以上に高まった。これなら正面からドイツ海軍の主力とやりあってもまず勝てるだろう。ただ、水上戦力が優位でも心配な面があった。それは航空戦力の差である。ドイツ軍はフランス北部やベルギー方面の飛行場に次々と各種軍用機を配備していた。その中には無論、爆撃機や攻撃機が含まれており、水上艦艇や港湾設備にとって大きな脅威となっていた。これによって、英本土中部より南にある主要な港湾は大部分が独軍爆撃機の活動圏内にあり、危険域と化していた。その為、迂闊に艦艇を置いておくことが難しい状況になりつつあった。また、それは陸上の施設にとっても同様であり、英本土にある航空基地等の軍事施設や各種工場、都市やインフラ等のあらゆる物が爆撃という脅威に晒される事となるのである。
頼みの綱はそれを迎え撃つ航空戦力やそれらを支える対空火器や地上設備、そして警戒網であった。以前話題に出たように、沿岸各地に設置されたレーダーを中心とする警戒網は整備されつつあり、併せて通信網や指揮系統の整備もほぼ完了していた。対空火器についても、重要施設や都市の周辺に対空陣地を配置、その構築が進んでいた。しかし、増強されていてもまだ十分とは言い難い状態であった。とにかく対空砲の数が求められた為、どれだけ生産しても供給が追い付かない状態である。なにしろ、倉庫で埃を被って眠っていた旧式の火器まで引っ張り出されているような状況なのだ。
一方、イギリス空軍の航空戦力はフランス戦で大きく損耗した分を補うべく、戦力の再編成が進んでいた。これに併せて各航空基地では対空火器や防空壕の整備も進む。更には空襲で主要な基地が破壊される事を想定し、民間飛行場や農地、ゴルフ場等の広い平地を利用した臨時飛行場も次々設営されていた。
そして、実際に飛び上がる迎撃機の主力はハリケーンとスピットファイアである。だが、その数は足りない。よって、不足する分は旧型機や大量に入手した訳ありのP-36派生型(フランスやベルギー向け)で穴を埋める事となった。もっとも、これらはイギリス北部や各植民地、国外等の脅威度が比較的低い方面の飛行隊に配備する分となる。スピットファイアやハリケーンを可能な限りイギリス本土に集中配備する為だ。この他に最新のレーダーを載せた夜間戦闘機等の配備や海外から輸入した補助的な機体の増強も着々と進んでいた。こうして、内容はともかく機体数については辛うじて足りるものと空軍内では予想された。しかし、大きな問題が残っていた。パイロットの数が未だに足りていないのだ。だが、こればかりはどうしようもない。結局、世界各国から集まった義勇パイロットやフランス・ポーランド等のドイツ占領地から脱出してきた亡命パイロット達の訓練が終わるのを待つしかなかった。こうして、イギリス空軍は大きな不安を抱えつつも本土決戦に備えて準備を進めているのであった。
こうして、不足する戦力に大きな不安を抱えたイギリス政府はある決断を下す。まず一つは早急に生産可能な兵器の開発である。これは生産性の高い兵器を開発し、量産・配備する事で不足気味である装備を補う事が目的である。よって、性能よりもとにかく数を揃える事が重視され、官民問わず各所で多種多様な簡易兵器の開発が始まったのであった。
そして、二つ目の決断は特に重大であった。それは緊急的に国民から志願兵を募集する事である。その採用の条件は極めて軽く、兵役の対象外である人材が対象となっていた。これによって、陸軍の戦力不足を補う為に人員をとにかく集めるのである。そして、この集まった志願兵は正規軍の補助として使う方針となっている。当面は沿岸での警戒・監視任務や対空警戒任務、陣地構築の支援や輸送等が主な任務となる。そして、いざドイツ軍が上陸してきた際にはその地区の志願兵部隊が遅滞戦闘を実施し、正規軍の到着まで戦い続けるという過酷で絶望的な任務に就く事になる。
本土防衛の為、悲壮な覚悟でイギリス政府はこのような防衛計画を作成していた。しかし、そんな状況でも救いはあった。それはイギリス国民の戦意が未だ健在だという事だ。これによって、国内外からの協力が集まり防衛計画は着々と進む。
季節は既に夏。この先何が起こるのか、それは誰にも分からない。ただ、その変化に備えてイギリス海峡を挟んだ睨み合いは今日も続く。
あれこれやってたらすっかり遅くなってしまいました。読者の皆様、お待たせして申し訳ありません。
色々考えてる間にちょいちょい浮かんだネタを叩き込みながら、どんな具合に戦力を動かすだろうと妄想したらこんな具合に…しかし、あんまり知らない分野のスペック見るのはやっぱり難しい




