第24話 闇夜を飛べ
日本では陸軍関係者たちが頭を悩ませていた。海軍では新型戦闘機完成の目処が立っており、間もなく実戦テストに投入する見通しなのだ。
だが、陸軍では九七戦後継機の開発は先が見えていない状況であった。本格的な重戦闘機として開発中のキ44は完成までまだまだかかる。一方、九七戦の後継機として開発されているキ43は機体がすでに完成し、飛行試験まで至っているものの、性能的に実用化すべきか判断に迷っていた。航続距離は九七戦のそれをはるかに上回る、主脚も引き込み式で先進的だ。火力も12.7mm機関砲搭載の見込みが立っているので将来的には上になるであろう。しかし、試作当初から最高速度が九七戦より30km/hほど速い程度、旋回性能では九七戦が圧倒的に上という結果が出ていた。
これが問題となったのである。この程度の性能で将来戦い続ける事が可能なのか?という疑問が各所から噴き出したのだ。その為、性能アップを目指して改良してはいるものの、試作はダラダラと長引いていた。また、そのような状況に陥り、開発メーカーも既に正式採用される事を諦め気味の様子であった。
その為、この状況を打破すべく陸軍は一つの案を出した。英国へ既に九七戦を輸出し、まずまずの活躍をしている事から、キ43もテスト名目で同じく英国に送ってはどうか。というものである。これでいい結果を出せば正式採用としようと考えたのである。
早速、英空軍に打診。すると、九七戦にそれなりの評価を与えていた英空軍がすぐさま飛びついた。その為、とりあえず12機と予備機を数か月後に輸出する事となったのである。高評価ならばライセンス生産も検討したいとの提案も受けながら。
その話を正式に受けた開発メーカーは色めき立って生産ラインを構築。開発陣は少しでも性能アップに繋げるべく改良点を模索した。
第二四話 闇夜を飛べ
7月初旬のイギリス海峡上空、散発的な空戦がちらほら発生するものの、未だ大規模な衝突は起こっていない。しかし、静かな戦いが夜間、ひっそりと毎晩のように行われていた。それは航空機による機雷敷設任務である。これは英独双方によって実施されていた。しかし、双方でその目的は異なった。イギリス側の目的は上陸が予想される海岸周辺に機雷を設置するもので、防御的な面が主である。一方、ドイツ側はイギリスが使用する航路に機雷を設置、敵船舶の航行を妨害するという攻撃的なものであった。その為、イギリス軍としてはその機雷敷設の航空機を阻止したいと思い立つのは必然である。
だが、機雷敷設が行われるのは夜間である為、迎撃任務が可能な航空機は限られる。よって、それらの任務には双発の攻撃機を改造した夜間戦闘機が対応している。しかし、それらは総じて足が遅く、運動性も鈍かった。その為、レーダー情報から敵機を攻撃しようと飛ぶが、そのまま捕捉に失敗して取り逃がすこともあった。その為、足が速く、運動性に長けた単座戦闘機を夜間なんとか飛ばして戦闘させる事が出来ないかと英空軍内部で検討が行われた。その結果、どの機種が夜間作戦を実施できるのか、それを検証する為にいくつかの中隊でそれぞれ実験を行う事となった。
そして、その実験任務の命令が九七戦を装備する第701中隊にやってきた。その話を聞いて頭を抱えているのは第701中隊の中隊長である。フランス戦で早朝の攻撃任務に飛んだ際等、暗闇の中を飛んだ実戦経験はあるものの、空中戦を伴う本格的な夜間戦闘は経験がほぼない。夜間飛行はそれだけで高リスクだ。それなのに空中戦までやれというのである。ただ、相手は機雷を抱えた鈍足の飛行艇や旧式の爆撃機であり、地上のレーダーと管制による支援もある。新しく受領した九七戦の改良型には夜間の着陸に備えてライトも増設していた。以上の事から決して不可能ではないと考える事も出来る。しかし、生半可な技量のパイロットを飛ばすのは極めて危険だ。どうしたものかと考えた彼は隣の第700中隊の中隊長に相談する事とした。ちょっとした土産を抱えて。
「なあ…どう思う?」
「うーん、飛ばせるとは思うがなあ。敵機をうまく捕捉できるとは限らんからな」
「そうだよなあ。満月みたいに明るい月が出ているならともかく」
二人の中隊長が話し合う。ウイスキーという心強い援軍をお供にしながら。しかし、ウイスキーという潤滑剤のおかげか会話はなめらかに進むが、今まで夜間飛行を伴う任務や訓練は積極的には行っていない為、どう考えてもリスキーであるという結論に早々と至る。なおも話しながらオイルサーディンの缶を開ける。
「む、もうちょっといい肴は無かったのか?」
「残念ながら最近はどこも品不足気味でな」
「まあ、無理もない。しかし、ウイスキーだけでは寂しかろうと思ってひっそり仕入れたアメリカ製の缶詰がここに」
「おいおい、そういうのは先に出してくれよ」
最近はUボートの活動が活発化した事や本土決戦に備えて物資供給が抑制される等によって、イギリス本土も生活に大きな影響が出始めていた。生活に必要な分の物資は安定的に供給されてはいるが、商店の棚から消える商品は徐々に増えてきた。
「まあ、夜に飛べというのはそういう事情も絡んでいるのだろうな」
「航路の防衛か。まあ、こんな島国で海運がやられると辛いからな」
「そうなるとやるしかないか。うちの第700中隊からも腕のいいやつを出して飛ばすか?」
「いいのか?」
「ああ、せっかくだ。経験は積ませておいて損はない。それに…前に九七戦運んできた日本人パイロットに聞いたが、向こうでは必要があれば九七戦で夜も戦うつもりらしい」
「ほう。無茶するなあ」
「向こうでは夜に一人で飛べてやっと一人前のパイロットになれるんだとさ」
「なるほど」
「とりあえずは夜間の着陸からだな」
「ああ、早速訓練計画を練らないと」
そして、ウイスキーのボトルをもう一本開けながら計画を練った。まずは夜間の航法飛行と離着陸訓練からである。明日から実行だ、二人はそう決めてこの飲み会を終わらせた。
そして、翌日。二つの中隊のパイロットが集められ、夜間作戦の実験を実施する旨が伝えられた。なお、この実験に参加するのは技量が高いパイロットに限られた。指名された隊員はすぐさま準備に取り掛かる。夜間飛行を行う為、目を暗闇に鳴らす必要がある。それに眠気があってはならない。よって、彼らは自室に戻って寝る事とした。ただ寝るだけではない。カーテンを閉め、可能な限り部屋を暗くするのである。そうして、夜間飛行組のパイロット達は夕暮れを待った。
「時間だ、起きろ!」
部屋で寝ている搭乗員を基地の隊員達が叩き起こす。目が暗闇に慣れた状態を維持する為に灯りは最小限にとどめている。
訓練に出る搭乗員はサンドイッチとスープを受け取りそそくさと食べ始める。その間、ブリーフィングを進め、薄暗い中で出撃準備を整える。整備員達は必要な準備をすでに終え、機体のエンジンを始動。暖機運転と電装系のチェックを実施している。夜間飛行である為、機内の各電灯や編隊灯、航空灯に今回使用する着陸用のランプ。こういった物を特に念入りに確認していく。夜間飛行には必要不可欠な装備品であるからだ。更に無線機も念入りに確認していた。夜間では目視に頼るコミュニケーション手段でやり取りするのは不可能に近い。できる事はライトを使ったモールス信号程度であり、不自由極まりないのである。その為、無線機も必要不可欠だ。
準備を終えた搭乗員達は愛機へと走る。空は夕日も完全に沈み、闇夜に近い。星が瞬いているのがよく見える。風も大人しく、気象条件は良好。しかし、夜間である。地上との距離感は掴みづらく、危険も多い。頼れるのは計器と己の腕の身だ。
整備員達の助けも借りて、搭乗員はコクピットに入っていく。今回は簡単な航法飛行と離着陸だけだ。しかし、その離着陸は特に危険である。それもあって緊張感あふれる表情をした者が多い。指揮所からは第700中隊の中隊長が離陸準備の様子を見守る。どの機も準備が終わった事を確認すると出撃許可を出す。そして、第701中隊の中隊長機から無線が飛び込む。
「さあ、夜の散歩に出発だ!」
2つの中隊から選ばれた6機の九七戦が闇夜の中、滑走路へと向かう。そして、エンジンの轟音を轟かせ、次々と夜の空へと飛んで行った。
迫る危機感から戦闘機隊に求められる任務は増えていく。
彼らは無事に地上に降り立つことができるだろうか。
という事で続きです。
夜間飛行の描写がうまく書ければいいなあ、と思いつつ




