第22話 海峡上空の支配権
中国に配備されたBf109Eは大きな問題をいくつか抱えていた。まず、離着陸が難しいこと。これは主脚の取付位置に起因する為、小手先の改修ではどうにもならない問題であった。特に整地の不十分な野戦飛行場では事故が頻発、稼働率が大きく落ち込む要因となっていた。この機の離着陸時には滑走路の隣で救助隊が常に飛び出せるようにスタンバイしている程であった。それほどまでにこの機の離着陸性能には難があったのである。
また、航続距離の短さも問題となっていた。これまで欧州圏内で使う分には問題となることはほぼ無かったのだが、あの広大な中国大陸では侵攻作戦に使用するにはとても航続距離が足りない。飛行場の数を増やすという手もあるが、前線との距離が近づくと敵から爆撃されやすくなる欠点がある。また、前述された離着陸性能の問題もあり、仮設滑走路での運用は高リスクの一言であった。航続距離の長い双発戦闘機Bf110を使う手もあったが、Bf110は運動性に長けた日本機と相性が悪く、速度と高度を束縛される爆撃機護衛任務で特に苦しむ面もあった。その為、現地からはBf109改良の要望が相次いでいたのだった。
そして、この問題を解決すべく、ドイツ国内では改善策の計画が始まっていた。何しろ、中国は資源、物資を得る為に必要なパートナーだ。その為にも無碍にはできない。だが、各社の主要な設計チームは新型機や現行機の改良型といった機の設計でとても手が回らない。その為、若手の技術者や設計者たちに経験を積ませるという目的も込めて改善案作成を一任したのであるが・・・修正するとなると機体の構造どころかコンセプトにまで関わる状況であった為、開始早々泥沼の様相であった。
この開発難航によって現在試作中の新戦闘機に白羽の矢が立ったのである。
第二二話 海峡上空の支配権
1940年6月後半、フランス陥落から一か月程が経過した頃、イギリス本土のイギリス軍と大陸側のドイツ軍は海峡を挟んで睨み合いを未だ続けていた。
イギリス空軍の偵察機は日々フランス北部各地の状況を撮影し、情報をひたすら集めていた。その結果、各地の港には小型艦艇の数が少しずつ増えている事が確認され、更に各航空基地に配備された航空戦力の数も続々と増えていた。以上の事から敵が英本土攻略前提で動いている事は明確であったが、問題はドイツ軍がいつ事を起こすかであった。そして、イギリス軍上層部は確認されている揚陸艦艇の数からまだ本格的な作戦は先と予測する。明らかに大兵力を運ぶには艦艇の数が不足していたからである。だが、集結している航空戦力は既に脅威と言わざるを得ない数であり、防空体制の拡充を更に急がねばならなかった。特にレーダー網の整備は最優先となり、迎撃部隊との連携は急務であった。
そんなある日の事、ホーンチャーチに展開する第700、701中隊に明るい話題と大きなプレゼントが届いた。待望の改造を終えた九七戦が工場から送り込まれたのだ。まずは8機、戦局がひっ迫した状況であることから大急ぎで改造が行われたのである。その為、2つの中隊は早速訓練飛行の数を増やす事とした。この改良型に慣れる必要もあるし、地上の防空網や他の部隊との連携訓練を実施する必要もあったのである。こうして訓練飛行に向かうパイロット達は意気揚々と新しい愛機へと飛び乗って機上の人となっていった。
そして、第700中隊の九七戦6機はポーツマス沖まで飛んだ。地上の防空網との連携訓練を行う為である。ただし、いつ敵機に遭遇するか分からない状況下である事から実弾を搭載しての訓練であった。そして、訓練予定の空域にたどり着くと地上からの誘導を受ける。
「アラワシへ。エンジェル12、ベクトル135にて飛行されたし。そのまま飛べば正面にスピットファイアの中隊が見えるはずだ」
「アラワシ。エンジェル12、ベクトル135、了解」
地上から高度と方位の指示を受けて九七戦が飛ぶ。
第700中隊のコールサインはアラワシ、九七戦を運んできた日本人パイロットに「日本語で猛禽類のカッコいい呼び名は無いか?」と聞いた結果、このコールサインに決まったのだ。ちなみに第701中隊はサムライ、どちらも日本語をコールサインとしたのである。
地上の管制官は各地のレーダーから集められた情報を基に指示を飛ばす。そんな彼らはレーダー情報から何かに気付く。
「アラワシ、そちらの空域に不明機複数が向かっている。ベクトル180、エンジェル8。既に他の中隊を向かわせたが、そちらも確認に向かってほしい」
「アラワシ、了解。不明機確認に向かう。中隊各機、聞いての通りだ。行くぞ」
「了解!」
中隊長が返信し、機首を不明機のいる方向へと向けた。針路上の海面には白波を蹴って進む輸送船が数隻見える。その上空には雲が点々と広がっており、視界は若干悪い。そんな中、先を進んでいた他の中隊から無線が飛び込んできた。
「タリホー!Ju87が10機、Bf109も12機ほどいるぞ…各機、攻撃開始!」
「中隊長、スピットファイアが攻撃開始した模様。2時方向下方、メッサーと格闘戦を始めています」
「あれか。第1小隊各機、加勢するぞ。第2小隊、あのスツーカ(Ju87)を引っ掻き回せ。やつらの狙いはあの輸送船だ!」
「了解!各機かかれ!!」
6機の九七戦が二手に分かれて空戦に殴り込む。数は敵機の方が多い。なお、第1小隊は日本から運ばれたばかりの九七戦丙型(Mk.2)、第2小隊は工場で改造を終えたばかりの機体(正式名未定の為、Mk.1bと仮称している)である。
そして、第1小隊は空戦の真上に達すると、機体を180度逆さに向け、そのまま一気に反転急降下に移る。まずは上空の有利な位置から攻撃を浴びせるのである。真下ではBf109とスピットファイアが目の前の相手を一心不乱に追い回している光景が見える。その中から狙いやすい機を見定めて狙いを定める。そして、中隊長が引き金を引いた。曳光弾がBf109のエンジン回りに突き刺さった。そして、被弾したBf109は驚いたのか反射的に急反転して逃げる。それに続いて第1小隊の僚機も攻撃を始める。
「アンソニー、ジャック!相手に夢中になって離れるなよ!」
「了解、後ろは任せてください」
第1小隊の3機は敵機に一撃を浴びせるとそのまま降下し、乱戦の中を潜り抜ける。そして、互いに僚機の様子を一度確認すると機首を上げて上昇し、そのまま再度乱戦に殴り込んだ。今度は下から突き上げる形である。相手がスピットファイアに夢中になっている間に死角を襲うのだ。
「スピットファイアの中隊へ、九七戦で交戦中。誤射に注意されたし」
「了解、助かる!こっちも間違って撃たんでくれよ!」
「なるべく善処はするが・・・残念ながらこの騒ぎだから保障はできん!」
「そいつは困る。間違われないように敵の数を減らさなきゃいかんな」
中隊長が無線でジョークを飛ばす中、アンソニー機が正面に飛び込んだBf109に機銃弾を浴びせる。ここで相手も新手に気が付いたらしく、他のBf109が九七戦に格闘戦を挑んできた。向こうからこちらの得意分野に転がり込んできたのである。3時方向から突っ込んできたBf109を降下してかわすと、直ちに左旋回。襲ってきた相手もこちらの後ろに回り込もうと水平旋回を開始、互いに3度4度と旋回を繰り返す。たちまち九七戦がBf109の後ろに回り込む形となった。純粋な旋回性能の力比べならば小回りに長けた九七戦の方が有利なのだ。そして、照準器にBf109の尾部が入り込む。更に一歩踏み込むようにもう一度旋回を続け、照準器が敵機の鼻先を捉える。そして引き金を引いた。7.7mm機関銃の曳光弾が敵機のエンジン付近に刺さる。そして、部品らしき物が飛び散ったのが見えた。被弾した敵機は排気管から黒煙を吐き出すと、そのまま急降下に入って逃げ出した。しかし、当たり所が悪かったのかスピードが伸びない。アンソニーは追い付けると判断し、そのまま追撃する。距離が縮まり再び機銃弾を叩き込む。敵機の水平尾翼の一部と補助翼がもげ落ち、バランスを崩したのが見えた。そして、次の瞬間、敵機のパイロットは機体から脱出した。高度は低かったものの、落下傘が無事開くのを見届ける。これで一機撃墜だ。
「撃墜!一機撃墜!」
「よくやった!」
一方、第2小隊の状況は芳しくなかった。味方のスピットファイアは皆Bf109に拘束されてJu87攻撃に来ず、こちらはたったの3機。読みを間違えた結果である。相手は急降下爆撃機だけとはいえ10機。しかも、敵機はしっかりと編隊を組んでいる為、後方銃座も大きな脅威と化していた。第2小隊は銃座の死角となる角度から攻撃を浴びせるものの、相手は肝が据わっているようで、編隊を崩す素振りも見せなかった。このままではきりがない、小隊長は地上の管制に叫ぶ。
「こちらアラワシ4、現在3機で攻撃中!援軍は来ないのか!Ju87が多すぎる」
「アラワシ4へ、デファイアントの中隊が今向かっている!なんとか時間を稼げ!」
一応、味方が来ているとの知らせにホッとする。だが、敵編隊は輸送船に向けて急降下を開始、なんとか爆撃を妨害せねばならない。背後から機銃弾を撃ちまくって相手が攻撃を外すのを祈る。Ju87は威圧用に取り付けたサイレンを鳴らしながら翼下の小型爆弾を投下。そして、海面に次々と水柱が立ち昇る。だが、妨害のせいか、はたまた運がよかったのか命中弾は出なかったようで、輸送船は全て無傷のまま航行を続けていた。一方、Ju87は急上昇すると再び編隊を組み直す。このまま再攻撃するつもりらしい。そうはさせまいと九七戦が再攻撃に移るが、相手の後部銃座は複数機で連携して反撃してくる。護衛任務をほっぽり出して空中戦に夢中になる敵戦闘機と違ってこの敵爆撃隊の練度は高い、それだけに厄介だ。反撃を避ける為、九七戦は銃座の死角に回り込まざるをえない。その為、下方から突き上げるように機銃弾を浴びせる。そして、液冷エンジンのアキレス腱たるラジエーター周辺に機銃弾が当たったのが見えた。すると被弾したJu87から白煙が噴き出した。そして、その機は慌てて爆弾を捨てると反転し、フランス方向へと機首を向けて逃げ出した。
「撃墜にこだわらなくてもいい。とりあえず攻撃を当てる事に専念しよう」
「了解」
再び攻撃位置に向かう為、機首を少し下に向けながら左旋回を始めた所で僚機が何かに気付いた。
「おっと、味方だ!味方が来たぞ!!」
イギリス本土の方向からデファイアントの編隊が飛んで来るのが見えた。やっと増援が来たのである。デファイアントはJu87に向けて旋回を始める、敵編隊の真横に並ぼうとしている。
このデファイアントという戦闘機は他の単発戦闘機と大きく違う点があった。二人乗りであり、コクピット後方に大きな旋回銃座が付いているのだ。だが、武装はそれしか付いておらず、正面に向かって射撃することが不可能であるという特徴を持った機体であった。その為、デファイアントは敵編隊の隣にぴったり並んで攻撃するつもりなのである。しかし、Ju87もこれに気付いたらしく、すぐに降下してデファイアントを引き離しにかかった。仕方なく、デファイアントは機体を傾けて銃座による攻撃を始めた。しかし、高度と速度差が大きくなかなか当たらない。絶好の攻撃位置を目指してデファイアントも降下する。するとJu87は距離を取る為、一斉に右旋回を始める。
海峡の空でなんとも奇妙な追いかけっこが始まったのであった。
睨み合う両軍の間で始まる小競り合い
という事で、やっとこさ更新できました。遅れて申し訳ありませんでした
みんな大好きデファイアントの活躍にご期待ください(棒読み)
注:作中の無線内で使われた「エンジェル」は高度(エンジェル1=1000フィート)、「ベクトル」は方位を表す単語となります。




