第21話 海中の敵
日本海軍では新型艦上戦闘機の試作が進んでいた。正式採用前で未解決の問題がいくつかあるものの、現時点で性能的には十分期待できる。テストに参加したパイロットからも評判は上々である。その為、増加試作機の数を大幅に増やして試験実施のペースを上げていく。
そうせざるをえなかったのは、前線で戦っている部隊の九六式艦上戦闘機では最早限界だという報告が相次いでおり、この新型機の完成を一刻も早く急ぐ必要があったからである。Bf109やBf110の性能はそれ程までに脅威であったのだ。
試作機は今日もエンジンを唸らせて飛んで行く。
第二一話 海中の敵
イギリス本土の航空機工場に九七式戦闘機が次々と運び込まれる。これらはイギリス空軍第700中隊と第701中隊に配備されている機体であり、先に日本から届いた九七戦丙型に準ずる改造を行う為であった。まず第一陣として10機に改造が行われる。工場では日本のメーカーから送られた資料と部品が既に届いており、準備はできていた。また、それに加えて空軍から送り付けられた改善案を基に装備の追加と変更を行う事となっていた。
ただ、工場側が頭を抱える最大の問題はこの独自改善案であった。実機と図面で実施可能な改善案であることは確認したが、なによりメーカーからの保証はない。その為、うまくいかなければ無駄な作業になる恐れがあった。そして、その問題の独自改善の内容は次のような物である。まず、無線機とバッテリーを新型のものに交換、主翼前縁に夜間着陸用のライトを増設。更に補強材を追加して強度を上げ、主翼下の主脚横付近に爆弾搭載架を左右両翼それぞれ一か所追加するのである。ここには爆弾だけでなく、火力増強を目的とした7.7mm機関銃のガンポッドを搭載することも可能となっている。これらの改良も加えられて九七戦の改修が遂に始まった。
一方、第700中隊の残った九七戦は今日も任務の為に空を飛ぶ。機数は2機、機体は先日届いたばかりの九七戦丙型である。パイロットのアンソニーは中隊長機と共に訓練を兼ねた警戒飛行の為にテムズ川河口付近を飛行していた。地上のレーダー網は敵影を捉えておらず、上空は安全であった。他の部隊の機体も訓練の為に飛び回っているのが見える。目の前に迫る独軍に対して少しでも準備を整えておく必要があり、どの隊も必死であった。
「中隊長、スピットファイアが最近よく飛んでいますね」
「ああ、今急いで生産数増やしているようでな。受領した隊も慣らしで忙しいのだろう」
「本来だとうちの隊も新しいやつに慣らさないといけないのですけどねえ」
「肝心の機体がまだみんな出来てないから仕方ない」
九七戦の大多数は現在改修中であり、中隊では機数が不足していた。技量維持の為、少ない機数を代わる代わる飛ばしているのである。
「さて、そろそろ帰るか。基地で昨日開けたボトルが待っている」
「酒はともかく、そうですね…ん?」
アンソニーがふとテムズ川河口の方向を見ていると、海面に何かが見えた。白い線が2本、海面をかなりの速さで走るのが見えた。
「中隊長、あれは魚雷でしょうか?」
「何?…くそ、確かに雷跡だ!」
「つまり、Uボートがこの付近にいると?」
「ああ、そういうことになる」
中隊長が地上に敵魚雷発見の無線報告を送る。魚雷の進行方向には貨物船が一隻、どうやら魚雷に気づいていないらしく真っ直ぐ進んでいる。その刹那である、貨物船の側面に巨大な水柱が1本立ち昇った。被雷したのだ。貨物船はぐらつき、その直後に煙と炎を上げながら傾き始めた。そして中隊長が無線に叫ぶ。
「いたぞ、潜望鏡だ!」
「こちらも見つけました。どうします?」
「哨戒機がこっちに向かっているそうだ。奴さんが完全に潜る前に一撃ぶちかましてやれ!」
「了解!」
2機の九七戦は高度を下げる。あの潜望鏡に機銃掃射を行うのである。爆弾も積んでいない為、今できる事はこれぐらいしかない。付近のスピットファイアもこの騒ぎと敵に気が付いたらしく、同じように高度を下げて攻撃に移ろうとしていた。しかし、先に射点にたどり着いたのは九七戦だった。他の船を狙っているのか、戦果確認をしているのか、まだ潜望鏡は海面上に出たままだ。2機の九七戦が機銃弾を撃ち込む。たちまち潜望鏡の周囲に小さな水柱が大量に立ち昇る。当たったかどうかは分からない。そして、間髪入れずにスピットファイアが機銃掃射を行う、主翼には長銃身の機関砲が見える。この機は20mm機関砲を搭載し、火力を大幅に強化した新型のスピットファイアである。機関砲弾が撃ち込まれた海面には先ほどよりもずっと大きい水柱が立ち昇った。そして、潜望鏡は消えていたが海面には黒い油が薄っすらと見える。
「当たった!」
上空の友軍機が一斉に叫んだ。潜水艦の装甲は無いに等しく、うまくいけば機関砲でもダメージを与える事が出来るのだ。よって、先ほどのスピットファイアの一撃が海面近くにいた敵潜のどこかに損傷を与えたのだろう。敵潜が逃げているせいか位置が変わりながらも油膜は一定間隔で浮いてくる、これで分かりやすい目印が出来た。味方の哨戒機や駆逐艦も追いやすくなっただろう。逃すまいと戦闘機隊が海面を見張り続けている内に沿岸哨戒任務のブレニム軽爆が数機集まってきた。
「敵潜から油膜が漏れ出ている、そいつを追いかけろ」
「了解、よくやった。後は任せろ!」
戦闘機隊からの無線でブレニムは目印の油膜付近に次々と爆雷を投下、海中をかき回していく。敵潜にとっては恐怖の時間だろう。爆雷の炸裂によって林立した水柱の中、海面に大量の気泡とどす黒い油膜が海中から噴き上げてきた。上空のパイロット達が目を凝らしながら様子を見ていると、Uボートの艦首だったと思しき残骸が海面まで浮かび上がってきた。先ほどの爆雷攻撃によって艦が破壊され、浮力の残った部品だけが浮かび上がってきたのである。
「撃沈確認!」
ブレニムの乗員が興奮した声で地上へと報告を入れる。
海上にはUボートの残骸がプカプカと浮き、先ほど被雷した貨物船は傾いたまま煙を上げて停止している。更に後片づけの為のタグボートや各種小型艦艇が集まってくるのが見えた。そして、上空のスピットファイアは任務を終えたブレニムを護衛しながら基地へと次々に帰還していく。
「帰ろう、もう燃料が危うい」
「ええ、そうしましょう。そろそろ夕方だ」
夕日を浴びた九七戦は基地であるホーンチャーチへと機首を向けて帰還していった。
空は不気味な静けさだが、海では静かな戦いが続く…
という事で続きです。
日本では新しい機体が遂に飛び始めました。
忙しいのもあったけど更新ペース遅れたのが反省点…




