第20話 戦支度
日本陸軍航空隊は中国大陸で激闘を繰り広げていた。だが、近頃大陸上空に現れたBf109の改良型が猛威を振るい、性能面で優位とは言えなくなってきた九七戦では苦戦する事が多々あった。更に重爆隊や軽爆隊も重武装のBf110に悩まされていた。そして、前線ではこれらの戦闘機に勝てる九七戦の後継機が一刻も早く望まれたが、新型機は開発の真っ只中で正式採用までまだまだ時間がかかる。そこで、現在使用している九七戦に改良を加えて後継機までの繋ぎとする事となった。
とにかく開発期間を短縮する為、現在開発中の各試作機に使用されている装備類を流用して能力向上を目指したのである。まず、戦訓を反映して燃料タンクを防漏式に変更し、照準器を望遠式から光学式に載せ替えた。そして、照準器が無くなった風防前面に防弾ガラス、座席背面に若干薄いながらも防弾板を装備、これら改良によって増えた重量増加による性能低下への対策としてプロペラを新型の試作機に使用している可変ピッチ式のものに交換、更に空力的特性を改善する目的で小型のスピナーを取り付けた。そして、その他変更を加えて完成した機体が九七式戦闘機丙型である。この丙型は陸軍航空本部の飛行実験部にて各種試験を行い、問題が無い事が確認されると直ちに生産が開始された。
そして、完成機は次々と前線へと送られる。その中の一部は貨物船に載せられてイギリスへも送られた。
第二十話 戦支度
フランス撤退戦の最中、イギリス本土沿岸のレーダー網は着々と整備が進んでいた。この間、イギリス海峡各地で行われた空中戦の結果を反映し、レーダー警戒網に穴が生じないように調整と改良を進めていたのである。だが、レーダーだけあってもいち早く敵機来襲を知らせる事が出来ねば意味がない。その為、イギリス空軍では各管区の防空司令部とレーダー施設の通信能力を強化、更に連絡任務に対応する人員の数を増やすことで対応した。これにより、防空司令部は迅速に情報を受け取ることで配下の航空隊にいち早く出撃を命じる事が可能となったのである。そして、レーダー施設から刻一刻と報じられる敵編隊の位置を有効活用し、迎撃機の適切な誘導と針路上の防空陣地に警戒態勢を知らせる事ができた。
そして、警戒網だけでなく対空火器も続々と増強されていく。高射砲やサーチライト、爆撃機の侵入を妨害する阻塞気球、更にイギリス海峡沿岸には監視哨と低空から侵入してくる敵機に備えて旧式の機関砲が据え付けられた。各地の基地も同じく対空火器の配備が進められた。また、空襲に備えて建物の擬装、防空壕や塹壕の設置や空襲時の避難訓練が大々的に行われ、イギリス国内の危機感は高まっていく一方であった。今の所、フランス沿岸のドイツ軍に動きは見られないが、かつてない規模の戦渦がイギリス本土にやってくるのは誰の目にも明らかだった。
一方、本土防空の主力となるイギリス空軍戦闘機軍団の状況はとにかく厳しかった。先のフランス防衛戦と撤退戦で多数の人員と機材を失った為、その立て直しに追われている。まず、不足したパイロットを補う為、各国からの義勇兵、英連邦各国の航空隊、更には亡命してきたパイロット達等、それらを受け入れたものの、航空作戦を行う為の訓練や規則等を教える為の教練が必要であることから戦力化するには時間がかかる。目下の課題は彼らの迅速な戦力化であった。だが、彼らを全て足してもイギリス本土防衛にはまだ足りない。なにより、本土以外にも航空機を配備せねばならず、そこに損耗分も考えるととても足りないという見通しであった。また、開戦前にパイロットを増やすために人員を増強したが、彼らは未だに訓練中であり、とても実戦に投入できる状態ではない。訓練期間の短縮も検討されているが、それは最後の手段であった。
だが、足りないのはパイロットだけではない。肝心の戦闘機も不足気味であった。必死にハリケーンとスピットファイアの生産数を増やすことで数を補おうとしていたが、拡張した生産ラインが軌道に乗るまで先は長い。開戦前にカナダやオーストラリアに航空機生産工場を立ち上げたが、そちらも同じ状況である。また、同盟国である日本からの戦闘機輸入もこれ以上の輸入数増加は厳しい見通しだった。向こうも戦時下であり、あまり余裕は無いのである。そこで、イギリス空軍は既に配備された機体の改良を行う事で戦力増強を図った。今までの戦訓を反映し、各地の工場や基地ではスピットファイア初期型とハリケーンに対して装備品の更新、防弾装備の増強が施されていく。
また、イギリス国内の港で行き場をなくしていたフランス・ベルギー向けアメリカ製戦闘機も戦力化すべく整備と配備を始めた。その慌ただしい状況の中、一つの知らせが日本から届いた。
ロンドン近くの空軍基地ホーンチャーチでは、第700中隊と701中隊の九七戦が展開していた。整備部品の補給と整備事情によって九七戦は集中運用されているのである。そこに一つの知らせが舞い込んだ。「九七戦の改良型が日本から来る」といった内容であった。両中隊のパイロット達は色めき立った。だが、その後の内容を聞いて場が静まった。今回送られてくる数はたったの7機、配備された全機を置き換える事は不可能である。つまり大部分の機体は暫く今のままという事であった。そんな中、もう一つの知らせが転がり込んでパイロット達は再び騒ぎ始めた。それはイギリス国内にて現在保有している九七戦に新型に準ずる改良を行うというものであった。
そこで、ここぞとばかりに中隊のパイロットや整備員達が改善個所を纏めた要望書を作成することに決めたのである。自分達の機体を使いやすくする為のまたとないチャンスである。
「やはり足りないのは火力だ。機銃を変えよう」
「いや、防弾性能を上げてもらおう。燃料タンクに鉄板付けろ!」
「おいおい、あの機体に積めると思うか?」
「どっかにもう少し大きい爆弾搭載できねえかなあ…」
「それより整備マニュアルを見直して改善すべきだ、整備しにくい」
「それは今回でなくともできるのではないか?」
「座席のクッションをもうちょい座り心地のいいやつに変えてだな」
「エンジンをマーリンに変更…」
「それは無理だろ」
無理難題が飛び交う為、意見をまとめるだけで大変な作業となったが、それでも要望書の作成が終わり、空軍上層部へと送られた。
そして、その数日後に日本から新しい九七式戦闘機が基地へと届いた。この新型は丙型という型式であるが、イギリス空軍では呼びやすいようにMK.2と呼ぶ事になった。ちなみに現行の乙型はMK.1である。他の部隊も含めて基地中のパイロットと整備員がぞろぞろと新しい機体に集まり見物を始めた。まず、今までの機体と目に見えて分かる違いはプロペラ、それに風防前面にあった照準器が無くなったことだ。翼下の増槽も今までの密着型と異なり爆弾と同じような形状となっている。機体の輸送と説明に来た日本人パイロットから詳しい話を聞くと、まず防弾装備が増えた事で生存性が大幅に改善されたという事である。また、照準器が変更になった為、今までと射撃時の感覚が異なる為に注意を要するとの事であった。
とりあえず、この新型は中隊長が使用し、残りは中隊内で交代しながら使う事となった。早速、2つの中隊の中隊長が注意事項や各種確認を終えて試乗する。2機の新型九七戦が滑走路を駆けて慎重に飛び上がる。そして、基地上空で旋回や上昇、降下、宙返り等一通りの基本動作を確認する。そして、着陸。機体から降りた二人の中隊長に次々と部下から質問が飛ぶ。
「中隊長、新型はどうでした?」
「ああ、プロペラが変わったせいか加速は良くなった。ただ、動作は今までよりわずかに重いかもしれないな」
「確かめてみたいので次は自分に操縦させてください」
「まてまて、慌てるな。順番だ」
その後、中隊のパイロット全員が交代しながら試乗を行い、新型の操縦性を確認しながら飛ぶ。そして、事故なく体験飛行を終えたパイロット達は機体の癖や特徴について話しあった。実戦で飛ぶ日の為に備えてである。
一方、海の向こうのフランス国内では正式な降伏文書の調印が終わり、ドイツ軍の西部方面司令部が設置されていた。それにより、英本土攻撃に向けた準備が着々と進む。だが、まずは航空機の数と揚陸艦艇の確保が終わらなければ侵攻作戦を実施するのは困難だ。それに海を越えるにはイギリス海軍という最大の障害もある。その為にも今はただイギリス軍と睨み合いを続けるのみであった。
イギリスでは準備が続く。ただドイツ軍に備えて…
遅くなりましたが、やっと続きです。
いまいち勢いが出なくてかなり苦戦しました…もうそろそろBoBに入れればいいなあ
今回の九七戦改良についてはとりあえずできそうだなと考えた内容を盛り込みました。その為、これが有効的なのか現実的なのかはちょっと…




