第19話 フランス降伏
英国から取り寄せたマーリンエンジン、その最新鋭の液冷エンジンを国産機に搭載すべく、日本の航空技術者達が日夜試行錯誤を繰り広げていた。欧州で主流となっている液冷エンジンの技術を国内に吸収し、更なる技術の発展を目指しての事である。液冷エンジンは空冷エンジンと比較すると断面積が小さく、機首の形を絞ることが出来る。それによって機体の空気抵抗を大きく減らす利点があった。もしも、その利点を生かすことが出来れば、優れた高速機を生み出す事が可能になるかもしれない。それを実現すべく、マーリンエンジンを搭載する高速研究機の開発を陸海軍双方で進めていた。
第十九話 フランス降伏
パリが包囲されて10日がたった。包囲を続けるドイツ軍の目的はパリの無血占領である。それを逆手にフランス政府は日々やって来るドイツ政府や軍の高官との交渉をあの手この手で引き延ばし、ひたすら友軍が後方へ退却する為の時間を稼いでいた。だが、それも限界が見えてきた。包囲が続いたことにより、パリ市内の物資や食料不足が深刻な状況となっていたのだ。このまま引き延ばせば飢餓状態となり、市民に大きな被害が出かねない。更に市内全域の水道や電気などのインフラは途絶、ドイツ軍が空からビラを連日まき散らし、市民の不安や恐怖感は増す一方。もはや限界であった。そして、この状況にフランス政府首脳陣は大きな決断を下す。
この日、パリの各所に白旗が翻った。フランスは遂にドイツからの降伏勧告を受け入れたのである。
「フランス降伏す」
この一報は瞬く間に世界を駆け巡った。フランス軍はすぐに戦闘を停止し、武装解除を始めた。それと共にフランス国内では大規模な混乱が発生。各地の民衆が次々と隣国へ逃げ込もうと避難を始めたのだ。そして、イタリアやスペイン国境へと人々は雪崩れ込んだ。また、まだドイツの手が及んでいない安全な地中海方面では客船や貨物船にタンカー、遂には漁船も人々を乗せて船団を組み、北アフリカや中東を目指した。この避難民の中には再起を図る一部のフランス軍兵士もいた。彼らも北アフリカへと脱出していく。
また、この混乱はドイツ軍の移動や輸送にも大きな影響を与え、未だ占領できていない地域への侵攻に遅れが生じていた。降伏による混乱が大西洋沿岸や地中海沿岸で撤退作戦中のイギリス軍にとってはある意味で時間稼ぎとなったのだ。この機会を生かすべく、イギリス海軍は撤退作戦に投入する艦艇を更に増やした。ブレスト等の大きな港に入港可能な艦艇を片っ端から送り込んだのである。大きいものは戦艦や巡洋艦、小さなものでは本来輸送には向かない潜水艦や小型艇までもが人員輸送に使用される程であった。これらを支援すべく、イギリス軍の各航空戦力も次々と送り込まれていく。本土防空の要として温存されていた最新鋭機も投入されたのである。
第700中隊の九七式戦闘機は今日もイギリス海峡上空の警戒任務に就いていた。眼下には見えるのは勇ましい新鋭の巡洋艦と駆逐艦からなる艦隊である。それら艦艇の甲板には将兵や各種装備類が満載されている。フランスから撤退してきた陸軍部隊である。本土の港まで彼らを守り抜かねばならない、上空の戦闘機隊の責任は重大だ。
「各機、敵機を見逃すな」
中隊長の無線が飛ぶ。フランスが敗北した今、どこから敵機が飛んで来るか分からない。油断のならない状況であった。敵は海峡近くの飛行場に戦闘機を配備したらしく、イギリスの目と鼻の先にまで敵戦闘機が現れだしたのである。その為、海峡上空における哨戒機の活動も限定的なものとなっていた。
中隊は高度を上げて四方を警戒していた。その中の一機が洋上に視線を向けた時であった、白波を立てた小型艇が複数見える。こちらの艦隊目がけて真っ直ぐ進んできているらしい。見つけたパイロットは無線で報告を飛ばした。
「おい、なんか小さな船がいくつもこっちに来る。かなり速い」
「中隊長、接近して確認しますか?」
「ああ、そうしよう。アンソニー、あいつらが味方かどうか確認しろ」
「了解、後ろは頼みます」
アンソニー機が高度を下げて近づいて行く。距離が縮まると、その船はまるでモータボートのように見える。更によく見ると、船尾にはドイツ海軍の旗が翻っている…こいつはドイツの魚雷艇だ!その瞬間、無線に叫んだ。
「敵の魚雷艇!味方じゃない!!」
「敵だと?よし、中隊各機へ。あいつらを艦隊に近づけるな!」
「了解!」
アンソニー機はそのまま降下を続け、一番先頭を進む艇に機銃弾を浴びせた。その瞬間、敵魚雷艇は一斉に針路をバラバラに変更、散開し始めた。魚雷艇の甲板に設置された1門の対空機関砲も射撃を始めたのが見える。その騒ぎに味方の艦隊も敵魚雷艇に気が付き、一斉に速度を上げた。そして、上空から他の九七戦も攻撃に加わり、魚雷艇に機銃掃射を浴びせる。だが、九七戦の7.7mm機関銃ではやはり威力不足であった。魚雷艇に機銃弾が当たっても目立った損害をなかなか与える事が出来ない。だが、敵から見れば立派な脅威であるらしく、魚雷艇は機銃掃射を回避すべく必死にジグザグ航行を繰り返す。その為、味方艦隊との距離を詰める事ができない様子であった。更に魚雷艇が狙っていた巡洋艦や駆逐艦も射撃を始めた。砲身から発射炎と煙を噴きだしながら砲弾が飛んで行く。海面に大きな水柱がいくつもそびえ立った。これを見た魚雷艇は不利と判断したのか遠距離から雷撃を開始、諦めてそのまま反転していく。発射された魚雷は味方艦に当たることなく消えていった。それを見届け、九七戦が上昇しようとした時であった。
「3時方向上空、Bf109の編隊!こっちに来る!」
「くそ、よりにもよってこのタイミングでくるか!地上のレーダーは何をしてやがった」
無線から敵機発見の叫びが鳴った。万事休す、こちらは魚雷艇を攻撃していた為、高度も速度も不利な状況であった。九七戦の編隊は低空に降下、速度を上げて逃げようとしたその時であった。
「敵機が味方を狙っているぞ、各機突っ込め!」
突如、敵編隊の中の1機が機銃弾を浴びて火を噴いた。それと共に敵編隊は一斉に左右に急旋回、回避機動に入った。そこに味方の戦闘機が飛び込んで敵機を追う。その特徴的な楕円形の主翼を持ち、マーリンエンジンの轟音を響かせて飛ぶその機体は、イギリス空軍の新鋭戦闘機であるスピットファイアであった。
「味方だ!スピットファイアが来たぞ!!」
「よし、敵はパニックだ。追いかけろ!」
不意打ちを受けた後、新鋭戦闘機を含む2個中隊に追い回される事となった敵のBf109編隊は即座に戦闘を諦めて戦場から離脱した。一息ついて編隊を整えると、洋上に先ほど撃墜されたBf109のパイロットが漂流しているのが見える。だが、戦闘機で回収するわけにもいかない為、無線で地上に報告を飛ばした。運が良ければ水上機か艦艇がそのパイロットを拾って捕虜にできるかもしれない。そして、しばらく飛んだ後、護衛対象である艦隊はイギリス本土南部プリマスの港に素早く入港し、無事に護衛任務を終えた。
「スピットファイアの中隊、さっきは助かった。感謝する」
「ああ、そちらが無事でなによりだ。じゃあ、気を付けてな」
任務を終えた2つの中隊は翼を振って別れ、それぞれの基地を目指す。
大量の艦艇と民間船舶を投入したフランス撤退戦はほぼ終盤であった。その先に待ち受ける戦いはおそらく本土防空戦になるだろう。イギリス空軍は空襲に備え、防空体制の構築を急いでいた。これがあのドイツ軍に通用するか、今は誰にも分からない。
フランスが遂に陥落、次の戦いはいよいよ…
やっと続きが書けました。色々あったり今回はどうにもうまく書けずに苦戦気味




