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荒鷲、西の空を舞う  作者: ひえん
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第18話 海峡の空

 イギリス本土の港に客船が入港する。この船はアメリカから大西洋を越えてやってきたのである。船内の貨物室から食料品と衣料品が次々と降ろされる。だが、積み荷はそれだけではない。乗客も次々と降りてくる。彼らは北米や中南米各地から集まった義勇兵であった。しかし、ただの義勇兵ではない。皆、航空機のパイロットなのだ。彼らはこれからイギリス本土防衛の貴重な戦力として戦うのである。イギリス空軍の迎えのバスに乗り、一路ロンドンへと向かうのであった。


第十八話 海峡の空


 フランス本土の港とイギリス本土の港を数多くの船舶が行き来する。フランスから撤退する戦力を収容する為だ。だが、イギリス海峡及びドーバー海峡は安全と言える状況ではなかった。フランス北部やベルギー沿岸にUボートが現れ始めたのだ。だが、脅威はそれだけでない。爆弾を抱えた敵航空機も飛んで来るのだ。それらは武装も乏しい徴用した船舶には大きな脅威であり、戦闘艦艇であっても大きな損害を受けかねない相手であった。その為、それらの脅威から地上・海上戦力を守るべく、イギリス軍の航空戦力は海峡と北海に広く展開、上空を固める事で敵戦力の接近を阻止しようとしていた。今日も海峡上空を守るべく、イギリス南部の航空基地から幾多の戦闘機が出撃していく。第700中隊、第701中隊の九七式戦闘機もイギリス海峡を目指して大空へと飛び上がった。


「天気が悪い。アンソニー、護衛目標は見えたか?」

「いいえ、まだ見えませんね」

「お、見えた。1時下方、艦船複数」


 第700中隊の九七戦は増槽を積んでフランス本土に近い海上を無線で会話しながら飛ぶ。眼下には貨物船が小型艦艇を従えてイギリスへと走っている。上空は曇り空、雲は低い。敵機が来るとすれば雲の下からであろう。編隊は高度を雲の下ギリギリまで上げる。太陽は雲に遮られ、空は暗い。気温も低く、とても快適な空とは言い難かった。離れた場所ではフェアリー・バトル軽爆撃機数機が爆弾を抱えて警戒に当たっていた。性能的には旧式化しているが、Uボートを攻撃するには十分な戦力だ。更に本土からの無線によるサポートもある。他所で敵が見つかればすぐに知らせが飛んで来るだろう。

 海上の貨物船は徐々に速力を上げていくが、船足は遅い。この様子ではイギリス本土の港にたどり着くまで時間がかかりそうである。中隊は下方を見て敵を探す。セーヌ川河口が遠くに見える、更に先のフランスの空には黒い煙がいくつも見えた。最前線が徐々にイギリスへと近づいてくるのがよく分かる光景だ。何時こちらに敵機が飛んできても何らおかしくない。すると無線から声が響く。


「タリホー!2時方向下方、敵双発機が2機!」


 海面近くの低空を双発機が2機飛んできた。機種はHe111、これまで何度も戦ってきた爆撃機だ。狙いは下の貨物船だろう。周囲の旧型駆逐艦等の戦闘艦艇が慌ただしく対空火器を空に向ける。しかし、その数は少なく、とても頼れる物では無かった。更にその戦闘艦艇にもフランスから撤退してきた兵員と装備品が甲板に乗っている。こうなると船団に敵機を近づけるわけにはいけない。このような状況では甲板に機銃掃射されただけでも大きな被害が出かねないからである。中隊長が無線に叫ぶ。


「いいか、船団を無傷で守り抜け!行くぞ!!」


 九七戦は一斉に機体を反転、そのまま急降下してHe111に飛び掛かる。He111の上部銃座がこちらへ向けて射撃を始めた。こちらへ次々と曳光弾が飛んで来る。だが、敵は2機。飛んで来る弾の密度は低い。そして、反撃と言わんばかりに九七戦が射撃を始める。敵のコクピット付近に7.7mm機銃弾が突き刺さり、風防の一部が弾け飛ぶ。一瞬敵機の姿勢がぐらついたがまだ飛んでいる。射撃を終えた九七戦は上昇、反転し、敵機に喰らい付く。だが、やはり九七戦の火力が低いのが災いし、なかなか有効打を与えることが出来ない。だが、他の中隊機が攻撃したもう一機のHe111は重要部に被弾したのかフラフラと飛んでいる。しかし、なおも船団を目指す。このままでは攻撃されかねない。敵機の爆弾倉の扉が開くのが見えた。誰かが無線に怒鳴った。


「このままだとまずいぞ!」


 艦艇も対空砲を撃ち上げ始める。だが、やはり密度が薄い。だが、その瞬間何かが空戦に乱入してきた。哨戒中のフェアリー・バトルがHe111の真正面に飛び込んだのだ。両者の距離はぐんぐん近づいていく。そして、このまま衝突すると思えたその刹那、焦ったHe111が右上方に急旋回、バトルも降下し衝突を避けた。そして、He111は爆撃コースから大きく外れ、攻撃の機会を逸してしまった。そして、九七戦に爆弾の詰まったその腹を晒しながら緩く旋回する。その隙を第700中隊各機は見逃さなかった。すかさず射撃位置に着いた1機が下方から突き上げる形で機銃弾を叩き込む。そのうちの数発が敵の爆弾倉に突き刺さったのだろう、一瞬の激しい閃光の後、He111は瞬時に四散した。後に残るのは空中の黒煙のみ。中隊長が乱入したバトルに礼を言う。


「そこの軽爆、よくやった。根性あるな!」

「困った時はお互い様さ、こっちは仕事に戻る。残りの一機はきっちり仕留めてくれ」

「了解!良いフライトを」


 翼を振ってバトルが離れていく。一方、もう一機のHe111は僚機の爆発を見て慌てて離れようとしていく。だが、被弾で損傷した機体は蛇行しながら飛んでおり、なかなかスピードが伸びないようだ。


「アンソニー!そっちに逃げた。逃がすなよ!」

「了解!」


 3機の九七戦が敵機の正面上方から一撃を浴びせる。その瞬間、He111の左エンジンが煙を噴いた。プロペラが停止し、機体が大きくぐらついた。そして、諦めがついたのか敵機の搭乗員が次々と飛び降りる。白いパラシュートが次々と空に開く。


「よし、よくやった。交代が来るまで哨戒を続ける」


 勝利の余韻に浸る暇も無く、九七戦は高度を上げて警戒を再び始めた。そして、暫く上空警戒を続けていると、無線が鳴った。


「交代だ、こちらで後は護衛を続ける」


 他の部隊の機体が飛んできた。よく見ると相手も固定脚。こちらと同じ九七戦か?いや、どこか別の機体に見える。増槽の形と搭載位置も違う。そして、そのままその味方機に近寄ると相手はイギリス海軍所属の戦闘機である。機種は日本製の九六式艦上戦闘機であった。両部隊は翼を振り、無線で挨拶を交わす。


「おや、珍しい。そちらも日本機か」

「ああ、こちらは艦戦だけどな」

「なるほど、そろそろ引き揚げる。じゃあ、気を付けて」

「了解、そちらも気を付けて」


 日本から遠く離れたイギリスの地で日本製航空機は今日も任務に挑むのであった。

戦いは海に空に


やっと続きが書けました。

年末年始は色々起こるから困る…

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