12.木精と森の民(12)
微妙に、『頭痛が痛い』……とは、これまたいかに。
可笑しな言い回しだが、今の俺は、まさにそんな感じだった。
ようやく見付けた『木精』さんに、頭頂部をガシガシと囓られ、『念話』とやらで謎の存在――本人いわく目の前に見える世界樹だと名乗っているが……とにかく、その世界樹さんがお願いがあると言う。
いやはや、また厄介事に巻き込まれるとしか思えない訳で、今の俺は二重の意味で頭が痛いのだ。
「えぇと……世界樹さん……ですかぁ」
前方を眺めると、緑溢れる樹木――雲をを突き抜け、その先端部は天空の彼方に隠れて確認すらできない。まだ、かなり距離は離れてるはずなのに、視界一杯に広がる巨大な存在感も隠しようがない。
――何故? 全く見えなかったのに、何処から……?
今までは、その欠片すら見えなかった。だから俺には、突然現れたかに感じられた。
さっき潜った、妙な透明の膜みたいな物の所為なのか?
呆気に取られる俺をよそに、『念話』とやらでまた声が届く。
『そうです。私は世界を支え、命の源を世界へと循環させる世界樹。貴方から見える大樹が私です』
澄んだ優しげな女性の声と、目の前の大樹が上手く結び付かず、「はぁ……」と、何処か抜けたような返事をしてしまう。
「バウ?」
そんな俺を、ユキが背中越しに振り返り、不思議そうに見詰めてきた。
「あぁ、何でもないよ」
どうやら、ユキには世界樹?さんの声は聞こえていないようだ。
そう言えばさっき、この頭の上にいる木精を通して声を届けてるとか言ってたけど……。
「お前が中継してるのか?」
頭の上に手を伸ばし木精の体に触ると、「ケタケタ」と笑い?ながら、ガシガシとまた囓り付く。
だから痛いって……もうやだ、こんなのばっかり……。
念話とか、巨大な樹木の世界樹とか、その大樹に意識というか心が有る事とか、色々と驚かされるけど、一番に驚くのはその優しげな女性の声だったりする。
本当は近くに誰かが隠れていて、俺たちを驚かそうとしているのかと疑うけど、そんな気配もない。
まぁ、考えてみると、俺も今の姿は仮の姿な訳で、本体は『アルカディア』と名付けた世界。俺自身が、邪神か魔神かよく分からない人外だ。世界樹と名乗る巨大な樹木が、意識を持っていても不思議ではないかと妙に納得をした。
「で、お願いって何ですか?」
気を取り直して、俺は改めて尋ねてみた。
『はい……現在、私の足元に悪しき存在が集い、私を汚そうとしています。どうか、それらを追い払うご助力をお願いしたいのです』
「えっ……」
悪しき存在と聞いて真っ先に思い浮かべたのは、沼を荒らしていたワニダコの姿。目の前に聳える大樹が、悪しき存在と言うぐらいなのだ。少なくとも、あのワニダコと同程度の怪物だと思える。沼でのワニダコとの決戦は、かなり際どい戦いだった。しかも、今は沼の時のように、家族はいないのだ。
「いやいや、むりむり、無理ですから。俺って、いたって普通の魔神?……ですから」
普通の魔神てのも可笑しな話だが、本当の事だから仕方がない。
慌てて、首を左右に振って断ろうとすると、頭の上にいる木精がさっきより幾分か強めにガシガシと囓り付く。
だから痛いってば、もう……。
『今、この近くでアレを倒せるのは、貴方しかいないのです。だから、お願いします……このままでは世界が……』
涼やかな女性の声が脳内に響く。それが、耳元で囁かれてるみたいに感じ、どうにもくすぐったい。その哀願するような響きに、思わず頷きかけるが慌ててまた首を振る。
危ない危ない……引き受けてあげたいのは山々ですが、突発的に起きた戦いならまだしも、こっちから争い事に首を突っ込むとか、へたれな俺には到底無理だから。
「えぇと、少し勘違いしてるようですけど、俺ってかなり貧弱な魔神でして……とてもじゃないけど、無理ですから。多分、俺が行っても直ぐに瞬殺されますよ」
『ふふふ、ご謙遜を。貴方はこの世界より位階が上の外界より参られた神。貴方なら、アレを必ずや追い払う事が出来るはずです』
参ったなぁ、もう。絶対にこの人……じゃなかった、世界樹さんは俺の事を勘違いしてるよ。
「ていうか、貴女も世界を支えると言うぐらいですから、魔法みたいなもので、ぱっぱっと追い払えないのですか?」
『……それが、今の私にはその余力が無いのです。五十年前に、ある出来事があり、大きく力を放出したので……』
優しげだった女性の声に、幾分か棘らしきものが混じったように感じるのは気の所為かな。
けど、五十年前かぁ……凄く心当たりが有るのも気の所為か。
「えぇと……ソレハ、タイヘンデシタネ、ははは」
若干、棒読みに答えてしまうのは仕方ないよね。
取りあえず、五十年前の事も、現在この世界に寄生している事も、頬っかむりして知らんぷりを決め込むが……。
『このままでは、貴方の世界にも悪影響が出ますよ』
はうぅ……ばれてたのね。俺の世界が勝手に寄生してる事も。
まあ、世界を支えるとか言ってたし、知ってて当然か。となると、ここは……。
「あぁと、そのぉ……すいませんでした!」
素直に頭を下げて謝る俺。何事も、此方に非が有るときは、言い逃れせずに素直に謝るのが一番だ。それを、前世での社会生活で嫌というほど学んだ。一度、仕事先で大失敗して、それを言い繕おうと悪足掻きをして、更に傷口を広げるというとんでもない目に合ったのは良い思い出だ。
『それはもう良いのですよ』
遠い過去の思い出に沈む俺を、世界樹さんの声が現在へと引き戻す。
「あ、ありがとうございます」
あたふたと、ぺこぺこ頭を下げる俺。
怒られるかと思ったけど、あっさりと許してもらえてほっとする。
やっぱり、素直に謝るのが一番だよね。
『既に、今はもう貴方の世界も循環の輪の中に入り、そう、この世界と貴方の世界は双子のような関係。片方が消滅すれば、もう片方も存在し得ない。そんな関係なのです。だから――』
え、そうなの?
俺の知らない間に、いつの間にか兄弟が出来ていました。
って、ええぇぇぇ!
『今、私に迫ろうとしている悪しき存在は、この世界のバランスを崩そうと画策する者の手先。私に取り付き、世界を巡る命の循環を狂わそうとしているのです。ですから、当然のように貴方の世界にも影響を及ぼすのです』
俺の世界にもかぁ……。
脳裏に、溢れんばかりの水を湛える広大な大地が広がり、爽やか風が吹き抜ける『アルカディア』の情景が思い浮かぶ。そして、ゲロゲーロたち家族の喜びにわく姿も。
今の俺には、その全てが掛け替えのない宝。
だから――。
『貴方はこの世界の誰よりも上位の存在。何卒お力をお貸し願います』
世界樹さんの言葉に、大きく頷いていた。
その悪しき存在をどうにか出来るか分からないけど、俺とユキの二人がいれば……いや、しないと駄目だ。俺たちの世界『アルカディア』のために。
そうと決まれば、急いだ方が良さそうだ。何故なら、世界樹さんの声音が最後には少し焦った響きが混じってたから。
状況は、かなり切迫してるように思えたのだ。
「ユキ、急ごう!」
未だに何の事やら分かっていないユキは、一瞬首を傾げるが、直ぐに「バウ!」と元気よく返事して走り出す。
木精たちに促されるまま、北に向かう一本道をひた走る。
暫く走っていると、一本道は世界樹の手前に有る、ちょっとした丘に続く登り坂へと変わった。
その丘を登りきり、眼下に広がる光景を眺め、俺は言葉を失った。
「……あぅ、これはちょっと……」
眼下に広がる光景。それは――世界樹の根元には、人々が暮らす街のような物が放射状に広がる。その街の外縁部に今まさに、雲霞の如く数えきれない程の魔物が押し寄せていた。
そして、ちょうど今、東側の外縁部が、突き破られていた。そこにいるのは巨大な何か。俺やユキの十倍近くは有るかに見える、真っ黒な怪物だった。
――えぇと……やっぱり、今から断るとか駄目ですかね。
感想その他、ご意見が有りましたら宜しくお願い致します。
作者のやる気にも繋がりますので……。




