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異界の魔神 【改訂版】  作者: 飛狼
1章 魔神誕生
28/51

28.銀狼の巫女と戦乱の予感(8)


「うおっ! 危ない!」


 こいつ、マジでヤバイやつだ。

 筋肉マッチョな男が、剣を、自分自身を白光させて迫って来る。その様子はまるで、前世で見たSF映画のようだった。まさか、理力とか使えないよな。


 焦った俺は、ユキの上でひっくり返りそうになるが――。


「あれっ……」


 ユキが、うるさげに前足を振るっただけで、男は吹き飛び転がっていく。

 ……見た目だけ? 

 思っていたより弱い? 

 それとも、ユキが無敵過ぎるだけか……うん、完全に過剰防衛だな。


「ちょ、ちょっとユキさん、やり過ぎだよ!」


「バウ?」


 いやいや、可愛らしく首を傾げても駄目だからね。ほら、あの人が血だらけに――って、ユキが軽く止めただけで、後は勝手に転がり大怪我してるように見えるけどさ。

 うわっ、何か凄い睨んでる。ちょっと、いや、かなりびびってしまう。


 ――あ、剣が折れた。


 がっくりと項垂れてるけど。

 もしかして、家宝だったりします?

 後で文句を言ってきても、俺は知りませんよ。そっちが、先に襲ってきたんですからね。


 それにしても、この世界の兵隊さんは思っていたより大した事ない。最初はどうなる事かと思ったけど、キングやカブトたちに軽くあしらわれている。

 さっきも、剣を振り回す男とキングがチャンバラしてたが……あれは凄かった。

 つのを引き抜くと剣に変わるとか、キングはホントに特撮ヒーローぽくて格好良かった。

 あ、キングの場合は敵の怪人役ぽいけどね。


 とにかく、激しく打ち合う姿には興奮した。今までテレビや劇場の画面の中では見たことはあったが、生で見るのは初めての経験。かなり興奮した。相手の兵隊さんも頑張ってたようだけど、それでもキングの敵ではなかった。激しく打ち込んで来るのを余裕で捌いていた。

 素人の俺にもそう見えたのだから、相当の実力差があるのだろう。

 まぁ、それも当然か。

 キングも一応は、俺の世界の下級神。

 神と呼ばれる存在が、この世界ではどの程度の立場なのかは知らないが、まさか、一般の兵士に負ける事もないだろう。

 だから安心して見てられたし、何よりも俺は不死身なので余裕を持って眺めていられたのだ。


 周りを見渡すと、他の兵士たちもカブトたちに取り押さえられている……かな。


「お前らもやり過ぎだよ……」


 よく見ると――うわあぁ……酷いな、手足が変な方向に曲がってる人とかもいるよ。

 無茶をするなと言ったのに。


 俺が非難するように声をかけても、「ギチギチ」と鳴いて喜んでるようにしか見えない。


 河童たちもだけど、このカブトたちもホントに俺の言ってる事が分かってんのかよ。まったく……。


 しかし、やっぱりこの世界の人は好戦的だと思う。

 俺はただキングたちと普人族の争いを止めようとしただけなのに、いきなり襲い掛かってくるとか、マジでやばい連中だった。

 確かに、カブトたちは危ない魔物と思われたのかも知れないが、俺まで問答無用で攻撃してくるとかあり得ない。角は生えてるけど、どう見ても人の姿で、しかもまだ子供に見えるはずなのに……。

 こんな連中には、少しぐらい過剰に撃退しても有りかもしれない。

 そう思いつつも、周りの悲惨な状況に、俺は顔をしかめてしまう。

 前世では、争いとは無縁に暮らしていた。たまに、テレビのニュースなどで流れる悲惨な事件に、眉をひそめるのが関の山だった。

 だから――ワニダコとの戦いはまだ、相手が醜悪な怪物だったから我慢もできた。だが、これが人が相手だと事情は変わってくる。

 幼い頃から暴力を否定する教育を受けていた俺には、周りの状況に顔をそむけたくなる訳で……。


「おぉい、もうそれぐらいにしておけ!」


 キングやカブトたちに声を掛け、周りを見渡す。


 ――取りあえず、事情はどうあれ早く治療をしないと。


 そう思ってしまう俺がいた。


 カブトたちは、襲ってきた普人族を返り討ちにしただけなのかも知れないが、そこは典型的な事なかれ主義の日本人の俺。それにカブトたちは曲がりなりにも俺の家族な訳で、家長たる俺としては早々に争いを収拾する事にした。

 神力ポイントは勿体ないが、【神オーラ】で傷付いた人たちを癒そうと考えたのだが……。


「ガウガウ!」


 【神オーラ】を発動させようとしていた俺に、ユキが警告の声を発した。


「ん、何?」


 ドンッ! ドンッ! ドンッ!


 問い返す間もなく周囲に鳴り響く爆裂音。突如降り注ぐ無数の火球と矢。同時に森から姿を現す普人族の兵士たち。


「ま、マジかよ! まだいたのかよ」

 

 見ただけでも百、いや二百は越えそうな数。

 さすがに、この人数はやばい。何がやばいって、これ以上の争いになるとそれはもう合戦、或いは戦争に近い状況になってしまう訳で……もう死人が出るのは必至。

 これから先、この世界での生活の事を考えると、何とかそれだけは避けたい。

 ていうか、俺自身もかなりやばい。

 降り注ぐ矢の雨は地面に着弾すると、激しく爆発している。


 ――火薬でも使っているのか?


 火球は魔法なのか、ユキが吸収して霧散させているが、矢の方はそうはいかない。ユキやキングたちは耐えれても、紙装甲の俺ではたちまち消滅して塔に戻されてしまうだろう。

 この場から俺がいなくなるのはかなり不味い。

 抑えのきかなくなったユキやキングたちが暴れ、死人の山を築くのが容易に想像できる。今でも猛るユキを抑えるのに必死なのだから。

 とまあ、これらの事を瞬時に頭の片隅で冷静に考えている訳だが――これも魔神とやらに転生したお陰なのか、並列思考が出来るようなのだ。

 だが、実際の俺はかなり狼狽えていた。

 それも当然だ。

 魔神といっても、中身は英雄でも無ければ、ただの優柔不断な日本人の青年。今まで――前世の平和な日本で暮らしていた俺には、数百人規模の戦いの経験も無いし……いや、経験もしたくない訳で――


「撤収! 沼まで撤退だあぁ!」


 完全武装の兵士に囲まれ、慌てふためいて逃げ出す事しか考えられなかった。



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