28.銀狼の巫女と戦乱の予感(8)
「うおっ! 危ない!」
こいつ、マジでヤバイ男だ。
筋肉マッチョな男が、剣を、自分自身を白光させて迫って来る。その様子はまるで、前世で見たSF映画のようだった。まさか、理力とか使えないよな。
焦った俺は、ユキの上でひっくり返りそうになるが――。
「あれっ……」
ユキが、うるさげに前足を振るっただけで、男は吹き飛び転がっていく。
……見た目だけ?
思っていたより弱い?
それとも、ユキが無敵過ぎるだけか……うん、完全に過剰防衛だな。
「ちょ、ちょっとユキさん、やり過ぎだよ!」
「バウ?」
いやいや、可愛らしく首を傾げても駄目だからね。ほら、あの人が血だらけに――って、ユキが軽く止めただけで、後は勝手に転がり大怪我してるように見えるけどさ。
うわっ、何か凄い睨んでる。ちょっと、いや、かなりびびってしまう。
――あ、剣が折れた。
がっくりと項垂れてるけど。
もしかして、家宝だったりします?
後で文句を言ってきても、俺は知りませんよ。そっちが、先に襲ってきたんですからね。
それにしても、この世界の兵隊さんは思っていたより大した事ない。最初はどうなる事かと思ったけど、キングやカブトたちに軽くあしらわれている。
さっきも、剣を振り回す男とキングがチャンバラしてたが……あれは凄かった。
角を引き抜くと剣に変わるとか、キングはホントに特撮ヒーローぽくて格好良かった。
あ、キングの場合は敵の怪人役ぽいけどね。
とにかく、激しく打ち合う姿には興奮した。今までテレビや劇場の画面の中では見たことはあったが、生で見るのは初めての経験。かなり興奮した。相手の兵隊さんも頑張ってたようだけど、それでもキングの敵ではなかった。激しく打ち込んで来るのを余裕で捌いていた。
素人の俺にもそう見えたのだから、相当の実力差があるのだろう。
まぁ、それも当然か。
キングも一応は、俺の世界の下級神。
神と呼ばれる存在が、この世界ではどの程度の立場なのかは知らないが、まさか、一般の兵士に負ける事もないだろう。
だから安心して見てられたし、何よりも俺は不死身なので余裕を持って眺めていられたのだ。
周りを見渡すと、他の兵士たちもカブトたちに取り押さえられている……かな。
「お前らもやり過ぎだよ……」
よく見ると――うわあぁ……酷いな、手足が変な方向に曲がってる人とかもいるよ。
無茶をするなと言ったのに。
俺が非難するように声をかけても、「ギチギチ」と鳴いて喜んでるようにしか見えない。
河童たちもだけど、このカブトたちもホントに俺の言ってる事が分かってんのかよ。まったく……。
しかし、やっぱりこの世界の人は好戦的だと思う。
俺はただキングたちと普人族の争いを止めようとしただけなのに、いきなり襲い掛かってくるとか、マジでやばい連中だった。
確かに、カブトたちは危ない魔物と思われたのかも知れないが、俺まで問答無用で攻撃してくるとかあり得ない。角は生えてるけど、どう見ても人の姿で、しかもまだ子供に見えるはずなのに……。
こんな連中には、少しぐらい過剰に撃退しても有りかもしれない。
そう思いつつも、周りの悲惨な状況に、俺は顔をしかめてしまう。
前世では、争いとは無縁に暮らしていた。たまに、テレビのニュースなどで流れる悲惨な事件に、眉をひそめるのが関の山だった。
だから――ワニダコとの戦いはまだ、相手が醜悪な怪物だったから我慢もできた。だが、これが人が相手だと事情は変わってくる。
幼い頃から暴力を否定する教育を受けていた俺には、周りの状況に顔を背けたくなる訳で……。
「おぉい、もうそれぐらいにしておけ!」
キングやカブトたちに声を掛け、周りを見渡す。
――取りあえず、事情はどうあれ早く治療をしないと。
そう思ってしまう俺がいた。
カブトたちは、襲ってきた普人族を返り討ちにしただけなのかも知れないが、そこは典型的な事なかれ主義の日本人の俺。それにカブトたちは曲がりなりにも俺の家族な訳で、家長たる俺としては早々に争いを収拾する事にした。
神力ポイントは勿体ないが、【神オーラ】で傷付いた人たちを癒そうと考えたのだが……。
「ガウガウ!」
【神オーラ】を発動させようとしていた俺に、ユキが警告の声を発した。
「ん、何?」
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
問い返す間もなく周囲に鳴り響く爆裂音。突如降り注ぐ無数の火球と矢。同時に森から姿を現す普人族の兵士たち。
「ま、マジかよ! まだいたのかよ」
見ただけでも百、いや二百は越えそうな数。
さすがに、この人数はやばい。何がやばいって、これ以上の争いになるとそれはもう合戦、或いは戦争に近い状況になってしまう訳で……もう死人が出るのは必至。
これから先、この世界での生活の事を考えると、何とかそれだけは避けたい。
ていうか、俺自身もかなりやばい。
降り注ぐ矢の雨は地面に着弾すると、激しく爆発している。
――火薬でも使っているのか?
火球は魔法なのか、ユキが吸収して霧散させているが、矢の方はそうはいかない。ユキやキングたちは耐えれても、紙装甲の俺ではたちまち消滅して塔に戻されてしまうだろう。
この場から俺がいなくなるのはかなり不味い。
抑えのきかなくなったユキやキングたちが暴れ、死人の山を築くのが容易に想像できる。今でも猛るユキを抑えるのに必死なのだから。
とまあ、これらの事を瞬時に頭の片隅で冷静に考えている訳だが――これも魔神とやらに転生したお陰なのか、並列思考が出来るようなのだ。
だが、実際の俺はかなり狼狽えていた。
それも当然だ。
魔神といっても、中身は英雄でも無ければ、ただの優柔不断な日本人の青年。今まで――前世の平和な日本で暮らしていた俺には、数百人規模の戦いの経験も無いし……いや、経験もしたくない訳で――
「撤収! 沼まで撤退だあぁ!」
完全武装の兵士に囲まれ、慌てふためいて逃げ出す事しか考えられなかった。




