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第百十一話 新年


 元旦はこれといった事件も起きなかった。

 おかげで、二日と三日は見廻りがなく・・久しぶりに隊士たちは休みをもらえた。


 永倉と原田と藤堂は、朝から酒浸り。

 お屠蘇に始まり・・濁り酒、下り酒・・浴びるほど飲んでいる。


 三日まで店は閉まっているので、屯所の中で大騒ぎである。

 近藤は別宅で愛妾と過ごしているし、土方は酒に弱いので酒豪に逆らわない。


 永倉と原田は底なしに強いので、見た目ほど酔っているわけではない。

 ドンチャン騒ぎの雰囲気が好きなだけだ。


 声が、炊事場にいる薫と環の耳にまで届いてくる。


 「すごいなー、まだお昼前なのに・・」

 薫が呆れた顔をしている。


 「うん・・廊下に行ったら、空の酒瓶がゴロゴロ転がってた」

 環が、熱燗をつけながら頷く。


 薫と環は、お昼の準備をしている。

 環のリクエスト通り、手巻き寿司だ。


 酢飯は多少冷めても美味しいし、手巻きとちらしは人数の調整がしやすい。

 ただ・・酔っ払いの巣窟に行って、手巻き作業をするのはコワイ気がする。


 そこに、シンの声が聞こえた。

 「熱燗できた?」


 振り向くと、空の酒瓶をブラ下げたシンが立っている。


 「オッサンらが、早く酒持って来いってウルサイんだよ」

 シンは困ったカオをしている。


 環が、ついた熱燗をお盆に載せてシンに渡す。

 「とりあえず、コレ持ってって」


 空瓶と交換に熱燗を受け取って、シンがまた中に戻って行った。


 それを見送る薫がボソリとつぶやく。

 「なんかシンって・・けっこうパシリ体質だよね」


 「うん。この時代だと・・丁稚奉公って言うんだよ」

 環が頷いた。





 ほかほかのゴハンに酢と砂糖と塩を合わせ、先に仕込んでいたネタと一緒に寿司飯を運ぶ。

 大騒ぎの部屋に入って、隅の方で準備する。


 キューリ

 ウメ(種抜き)

 オシンコ

 これは、炊事場にいつも置いてるネタである。


 マグロのズケ

 エビマヨ(*寿司ネタとして邪道という説有り)

 これは、正月料理のために事前に手に入れていたネタである。

 (マヨネーズは薫のお手製)


 薫と環が酢飯とネタを手に取り、海苔で末広がりに巻き始める。

 お皿に並べていると、周りに隊士が寄ってきてノゾキ込む。


 「なんだ、コレ?」

 「見たことねー」

 「食っていいのかぁー?」


 スーパーの試食コーナーにむらがる小学生のようだ。


 試食コーナーのマネキンよろしく、薫と環が次々と伸ばしてくる手に順番に手巻き寿司を持たせる。


 「うんめー!!」

 「メチャメチャうめー!!」

 「なんだよ!?これー!」


 カッパ巻きと梅巻きとおしんこ巻きは、ネタがたくさんあるからいいのだが・・問題はマグロのズケとエビマヨである。


 どっちも10本ずつしか作れなかった。


 先ず・・山南と土方が、役職権限で(マグロ・エビ)各1本ずつゲット。

 続いて・・永倉と原田が、アニキ権限でなぜか各2本ずつゲット。

 イレギュラーだが、大食らいの松原と島田が勝手に2本ずつかっさらった。


 残りは・・マグロとエビが5本ずつ。


 寿司を囲むようにしゃがんでる・・藤堂と斎藤と沖田が、顔を見合わせる。

 すぐ後ろで・・山崎と尾関と山野と木下が、頭の上からノゾキ込んでる。


 「どうする・・?」

 藤堂がつぶやく。

 

 「・・・」


 その様子を、シンが障子に寄りかかるように見物している。





 あるだけのネタを巻いてしまった薫と環は・・なんとなく目を合わせる。

 (なんか・・空気、不穏だね)

 (・・大人は譲るモンだけどね・・フツー)


 食い物がカラむと、組長も平隊士もカンケー無いらしい。


 「ここは公平に・・"三すくみ"で決めようぜ、山崎さん」

 藤堂が立ち上がった。

 (藤堂はなにかというと山崎に勝負を挑んで、閉口させている)

 

 「"三すくみ"?」

 薫と環が眉をひそめる。

 (ナニそれ?)


 「・・せーの、じゃんけんぽん!!!」


 掛け声とともに、7人がグー・チョキ・パーをそれぞれ繰り出した。


 (ええっ!?)

 驚いたのは薫と環である。

 (ジャンケンー!?)


 「おあいこ、ほい!!」


 今度は勝敗が決まった。

 山崎と尾関と山野が、グーを握っている。


 沖田と斎藤と藤堂と木下が、親指と人差し指を立てるオトコチョキを出している。


 「・・勝ちだな。悪いね、平助くん」

 山崎がグーを左右に振る。


 「チッ」

 藤堂が舌打ちする。


 「江戸時代のジャンケンは、紙(パー)石( グー)鋏( チョキ)で三すくみを作る拳遊びなんだよ。平成とさほど変わらないよ」

 いつの間に入っていたのか、シンが薫と環の後ろにしゃがみこんで小声で説明してくれる。


 「へぇー・・」

 薫と環は感心している。

 (ジャンケンあったのか・・江戸時代に)


 山崎と尾関と山野が、それぞれ各1本ずつゲット。

 マグロとエビは・・あと2本ずつ残っている。


 「敗者復活戦だなー」

 藤堂が右手をブンブン回す。




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