91件目 師匠来校
翌朝。
「師匠、起きてください。師匠」
師匠の初仕事の日。
いきなり師匠は寝坊しかけていた。
ボクはまだ遅刻になる時間帯じゃないけど、師匠は今日から教師なので、挨拶をしないといけないらしい。
それで昨夜、
「起きなかったら起こせ」
と頼んできたので、こうして起こしに来たんだけど……
「すぅ……すぅ……」
この通り。全く起きる気配がない。
声をかけても、揺すっても、目を覚ます気配がない。
向こうでもそうだったなぁ……。
早朝から修業するから、あたしを起こせ、って言われたから起こしたのに、全く起きなかった。
起こしたら起こしたで、なぜか殴られた。
……あの時は、本当に死ぬかと思ったよ。結構本気だったんだもん……。
「師匠、お仕事ですよ。師匠―」
「ん……なんだぁ? あさかぁ~?」
「朝です。今日から仕事をするんですから、起きてください」
「仕事……ああ、エイコに紹介してもらったやつか……ふぁあぁぁ……」
珍しく普通に起きてくれた。
今回は殴られることもなく、普通に起きてくれて助かった……。
また殴らるのかと思って、内心恐々だったよ。
「ありがとな、イオ」
「いえ、師匠に頼まれたので、当たり前です」
「そうかそうか。いい弟子を持ったなぁ、あたしは。炊事洗濯に、朝起こしてくれるとか、本当、できた弟子だ」
「できれば、掃除と起床くらいは自分でやってほしいんですけどね……」
「師匠の世話をするのが、弟子の務めだ。違うか?」
「ちが……わない、です」
違うと言おうとしたけど、何をされるかわからなかったので、結局言えなかった。
チキンと言われても反論できないよ。
「そういや、教師、ってのはどういう服装で行くんだ?」
「そうですね……学校によると思いますけど、体育教師の人とかは、ジャージとかで通勤してますけど、師匠の場合は特に言われてませんし、普段着でいいんじゃないですか?」
「そうか? んだとすると……さすがに、運動の時と同じ服装ってのはまずいな。んー……ま、あれでいいか」
と言うや否や、師匠が手を宙に伸ばすと、その手が消えた。
「し、師匠、それって……」
「ん? ああ、別になくなったわけじゃないぞ? これは、アイテムボックスだよ」
「師匠、使えたんですか……?」
「当然」
う、羨ましい……。
ボクなんて、女神様からもらったの言語理解だけで、ほかの能力やスキルは、基本的に師匠に教えてもらってたけど……アイテムボックスは教えてもらってないんだけど。
「そう羨ましそうな顔をするな。今度教えてやるよ」
「ほんとですか?」
「ああ。……よっと。やっぱこれだよな」
そう言って師匠が取り出したのは、ノースリーブシャツにジーンズと、カーディガンだった。
……あれ、おかしくない?
そう言った洋服って、向こうの世界にあったっけ……?
「その服、どうしたんですか?」
「これか? エイコから貰ったんだよ。あったほうがいいだろうって」
なるほど、学園長先生が。
び、びっくりしたぁ……てっきり、向こうの世界から持ってきたものとばかり思ってたよ。
「それじゃ、あたしは着替えてから下に行く」
「わかりました。朝ごはんはもうできるそうなので、できるだけ急ぎ目でお願いしますね」
「ああ」
それだけを伝えて、先に下へ降りた。
すぐに着替えて降りてきた師匠と一緒に朝ごはんを食べてから、すぐに学園へ。
「しっかし、珍しいものばかりだな、この世界は」
「向こうとは、全く別の発展の仕方をしてますからね」
「そうだな。水道と言ったか? 向こうにも似たようなものはあったが、あれは魔石を使ったものだったからな。魔法のない生活ってのも、不思議なもんだ」
「ボクからしたら、魔法がある生活が不思議でしたよ」
電気もガスも通っていないのに、明りは点くし、火も出る。
最初見た時はどうなっているんだろう、ってずっと考えてたなぁ。
結局魔法だったわけだけど。
「でも、言語理解を習得できてよかったですね」
「ああ。これがあれば、会話に困ることはないな。手に取るようにわかるぞ」
それは同感です。
向こうでは勉強しなくても問題なかったからよかったけど、結局のところ、言葉がわかるだけのスキルだったからね。
チート的な能力やスキル、ステータスを貰えたわけじゃなくて、いきなり人生ハードモードだったもん。きついなんてものじゃなかったよ。
「ところでイオ。さっきから、妙にじろじろ見られてる気がするんだが……殺ってもいいか?」
「ダメです! 気に入らないことがあっても、向こうのノリでやっちゃいけませんっ!」
「……そうか」
「……なんで残念そうなんですか?」
露骨にがっかりされても、ダメなものはダメ。
……まあでも、師匠の気持ちは分からないでもない。
じろじろ見られるのって、気持ちのいいものじゃないしね。
ボクだって、毎朝道行く人に見られてるもん。鬱陶しいとまでは行かないけど、ちょっと嫌かな。
「というか、いつもこんな感じなのか?」
「いえ、いつもなら、もう少し視線は少ないと思うんですけど……師匠がいるから、だと思います」
「あたし?」
「はい。師匠、綺麗ですからね。人目を引くんですよ」
「なるほど。つまり、美少女と美女が一緒に歩いてるから、こんなに注目を浴びるってわけか」
美少女って……。
別に、ボクはそこまでじゃないんだけどなぁ……。
それはそれとして……やっぱり、師匠って目立つんだよね……。
暗殺者の能力をフルに使えば、人目を引くことはないんだけど、こっちの世界では、使う機会なんて、ほとんどないからね。
師匠って、すごく美人と言うのもあるけど、不思議なオーラがあるから、容姿も相まってすごく魅力的に映る。
そんな人が暗殺者なんだから、世の中分からないよ。
「ところで、学園ってのはどんなとこなんだ?」
「え? 色々なことを学ぶ場所って……」
「いや、そうじゃなくてな。学園そのものだ。それは、学校と言う一括りでの回答だろ?」
「あ、そう言うことですか。うーん、そうですね……イベントが多い場所、でしょうか」
「イベント? 祭りのことか?」
「はい。最近だと、二ヶ月前に学生主導のお祭りがあったり、つい最近だと、ハロウィンパーティーがありましたね」
「なんだ。学生ってのは、貴族もいるのか?」
「パーティーと言っても、貴族がいるような、派手なものじゃないですよ。そもそも、貴族はいませんからね、この国には」
似たような制度なら、昔あったけど。
「そうなのか。ほんとに、別世界なんだな」
「ほかの国に行けばないこともないですけど、この国では、基本的に人は平等ですよ。階級とかはありません」
「ほう、いい国じゃないか」
師匠が感心するのもわからないわけじゃない。
向こうの世界の国のほとんどは、自分の爵位を笠に着て、自分よりも位の低い人を虐げるような人が多かった。
リーゲル王国は例外だったけど、隣の帝国とかはまさにそういう国だった。
階級至上主義って言うのだろうか。
とにかく、自分の地位を守ろうとして、冤罪をかけたり、ボクたちのような暗殺者に依頼して、邪魔なライバルを消そうとする人ばかり。
……もちろん、ボクも暗殺者だったので、依頼はいくつかこなした。
でも、ボクが殺したのは、人を人とも思わないような、所謂外道と呼ばれるような人ばかりだった。
もちろん、更生の余地ありと見れば、殺しはしなかったけど……そんな人はほとんどいなかった。
そう言う人が多いということを考えれば、日本は比較的マシと言える。
……最も、お金ですべてを解決しようとする人もいるから、悪いところがないとは言えないけど。
「あー、視線が鬱陶しい……やっぱ、殺っちゃだめ?」
「ダメです」
「チッ……しゃーない。ここは、イオに免じで見逃してやるか……」
「……いつか師匠が本当にやるんじゃないかって、ボクは気が気じゃないですよ」
理不尽な師匠だもの。
その時は、ボクが全身全霊で止めよう。
……返り討ちに会って終わりだと思うけど。
「おはよー」
校門のところで、ボクと師匠はそれぞれ別れた。
師匠は職員室へ。
もちろん、手続きとかも色々あるらしいけど、ほとんどは学園長先生がやってくれているそうだ。
異世界の人だからね、仕方ないね。
「お、依桜。お前、また噂になってんぜ?」
「噂?」
教室に入るなり、態徒が気になることを言ってきた。
噂って何だろう?
「女神の横にいる黒髪美女は誰だって」
「……あー、なるほど」
師匠のことか。
やっぱり、誰から見ても美人だからなぁ……噂になるのも当然かぁ。
「まあ、その黒髪美人の人だけならまだしも、依桜と一緒だった上に、距離感が近かったから、余計噂になったみたいだけどね」
「そう、なんだ」
別々に行く、って言う案が最初はあったにはあったけど、師匠は学園の場所を知らないので、案内がてら一緒に登校・通勤していた。
「で、依桜君、あの人は誰なの?」
「あー、えーっと……例の、ボクの師匠、です」
「「「「マジ?」」」」
「マジです。向こうの世界から来ちゃったんだよ」
「そんなことありえるの? 向こうからくるとか」
「物語だと、主人公と一緒に、っていうパターンばかりだけど、向こうの人だけで来る、ってまずないよね?」
たしかにそうだね。
仮にこっちに来るとすれば、その場合は何らかのアイテムを使ってくるか、主人公が一緒にいて、それでこっちに来るっていうパターンが多いけど、今回はどちらでもない。
原因は、学園長先生と王様。
その結果、向こうの人がこっちに来てしまう現象が起こっている。
向こうの世界は今頃、行方不明者が出て、問題になっていそうだけど……。
「……じゃあもしかして、世界各地で見つかっている、誰も知らない言語を使っているのって……」
「……うん。向こうの人」
「そうか……。ん? じゃあ待てよ? 依桜の師匠は大丈夫なのか? 会話とか」
「あ、うん。問題ないよ。師匠には、言語理解のスキルを習得してもらったから」
「そんな簡単に手に入るものなのか?」
「ボクの場合は、女神様にもらったものだけど……ボク以外に使っている人は見たことないね。多分、習得は難しいと思うよ。師匠はちょっと異常だし……」
あの人の場合、ちょっと見聞きしただけで、あらゆる能力、スキルを習得しそうだし。
実際、言語理解のスキルは、一瞬で習得してたしね。
「まあ、会話が通じるなら問題ないか」
「だね。これで、異世界の言語を使われたら、依桜君を通さないといけなかったもんね」
「……ボクも、通訳は疲れるから嫌だから。それと、ボクがあの言語を使えることは他言無用でね?」
世間的にバレたら、色々と面倒くさいことになりかねないので、みんなには言わないように釘をさしておく。
この四人なら言うことはないと思うけど、一応、念のためね。
クラスメートにも幸い聞かれていないようで、安心。
木を隠すなら森の中。
HR前の朝は、基本的に騒がしいからね。それを利用すれば、聞かれることもない。
「そういや、今日は朝会があるらしいんだが、依桜知ってるか?」
「あ、それ多分、師匠のことだよ」
「え、どうして?」
「うーんと、まだこの話はみんな知らないんだけど……師匠、体育教師として赴任するんだよ」
そう言うと、四人の顔が凍り付いた。
……まあ、だよね。
幼馴染、もしくは友達が異常な強さを身に着けるきっかけになった、世界最強の人が体育教師として来るわけだし……。
「大丈夫なの、それ?」
少し震えた声で、未果が大丈夫なのかと訊いてきた。
「……分からない、かな」
だって、師匠だもの。
少なくとも、いきなり全力ダッシュ一万本をやらせるような人だし……大丈夫か大丈夫じゃないかと聞かれれば……何とも言えない。
「でもよ、美人なんだろ? その人」
「ま、まあ。すごくね……おかげで、朝から視線が凄かったよ」
「でしょうね。美少女と美女が一緒になって歩いていれば、見られるに決まってるもの」
また美少女ですよ。
ボクは違うと思うんだけどなぁ……。
「それに、依桜は目立つからな。銀髪碧眼だし」
「そうだねぇ。仮に、パーカーを着て、顔が見えなくなるくらいにフードですっぽり覆いかぶさっても、きっと目立つよね」
「まあ、銀髪碧眼なのは、元々だったしな。今さらじゃね?」
「生まれた時からの付き合いだからね。その辺りは慣れてるんだけど……いい加減、女の子って言うのにも慣れないといけないのかなぁ」
むしろ、もう慣れ始めちゃってるけど。
慣れるのは、決して悪いことじゃないけど、男だったと思うと、すごく複雑なんだよ。
キーンコーンカーンコーン……
「っと、そろそろ朝会か。じゃあ行くか」
「そうだね」
ここでチャイムが鳴ったので、ボクたちは講堂に向かった。
講堂に入ると、もうほとんどの生徒がすでに集まっていた。
早いなぁ。
とりあえず、ボクたちも自分たちの席に着く。
こういう時、椅子があるっていいね。
小学校、中学校は、体育館の床に座っていたから、お尻が痛かったよ。
それに、今の姿だと、パンツが見えちゃいそうでね……。
「生徒諸君、おはよう!」
しばらく座って待っていると、学園長先生が壇上に表れ、挨拶をしていた。
い、いつの間に。
「さて、今日急遽朝礼が入って、何事かと思っていると思う。噂では転校生なんじゃ? とか言われているけど、転校生が来たわけではない」
きっぱりと言うと、目に見えて落胆する生徒が多く見受けられた。
どうやら、転校生を期待していた人が多かったみたい。
たしかに、急な朝会って、転校生の紹介って言う場合もあるからね。
「まあまあ、そんなに落胆しないで。転校生が来たわけではないが、新しい先生が赴任してきた」
その瞬間、講堂内がざわつき始めた。
見える範囲内にいる生徒の顔を見ると、期待していると言ったところかな?
こんな変な時期に、転校生ではなく、新しい先生が来ると言うのだから、騒がないほうが珍しいか。
だけど、ボクはその先生がどういう人か知ってるしなぁ……すごく理不尽な人だし。
「みんな知っての通り、体育教師の瑚梨沢先生が、家の都合などで海外へ行かないといけなくなった。こちらとしても、この時期にいなくなるのは困るので、新しい先生を呼ぶことにし、今日からこの学園で務めることになる。ちなみに、女性だ」
『うおおおおおおおおおおおおおっっっ!』
にやりと笑いながら言うと、男子のみんなが騒ぎ始めた。
た、単純……。
逆に、女の子のほうは、少しがっかりしている人や、男子のみんなに、冷たい視線を向ける人、騒いでいる人たちと同様に騒ぐ人がいた。
「落ち着け落ち着け。その先生は、基本的に体育の実技方面だけど受け持つので、その辺りは覚えておくように。……さて、前置きはここまでにして。ミオ先生、お願いします」
「ああ」
学園長先生が師匠を呼ぶと、堂々とした姿勢で師匠が壇上に上がってきた。
……あの人、絶対に気配遮断と、消音を使ってたよね。
今、どこからともなく現れたように見えたんだけど。
何してるですか、師匠……。
「あー、今日から体育教師として赴任した、ミオ・ヴェリルだ。まあ、よろしく頼む」
師匠の挨拶はすごく簡素だった。
まあ、師匠だし……。
むしろ、長い自己紹介をする師匠なんて、全然想像できない。
『や、やべえ、めっちゃ美人なんだけど』
『あんな綺麗な人が、体育教師とか……最高かよ』
『てっきり、かなり歳が上の人かと思ったけど……若くない?』
『いくつなんだろ?』
『というか、体育教師に全然見えないんですけど』
『しかもあのスタイル……依桜ちゃんとは違った方向性で、スタイルいいよね……』
『均整がとれてるというか、バランスがいいよね』
『どこの授業を受け持つんだ? 内のクラスとか、受け持ってくんねぇかなぁ……』
『わかる。年上美人の指導とか受けてみたいよな……』
美人な師匠の登場で、さらに講堂内が騒がしくなる。
たしかに、体育教師には見えないよね、師匠って。
見た目だけなら、知的美人って感じだから、理数系のイメージが付きそうだけど、ボクの場合は、体育のイメージしかないです。
頭もいいけど、身体能力が異常すぎるもん、あの人。
できることなら、ボクのクラスの体育を受け持たないでほしい。
……まあ、学園長先生が強制的にそうさせるだろうし、師匠も師匠でボクのクラスを希望しそうだよね。
「ミオ先生は、日本人ではないけど、この通り、日本語はペラペラなので安心してね」
と言う感じで、講堂内がざわつきながらも、問題が起こることはなく、朝会が終了した。
どうも、九十九一です。
大丈夫なのかな、これ。収拾がつくか不安になってきました……。行き当たりばったりで書いている自分が悪いわけですが……まあ、うん。過去作を見ていた人からすれば、いつも通りだと思いますけど、あれ以上ですね、この作品。
終わるかなぁ、この作品……。
すでに完走できるか不安ですが……頑張ります。
それと、PV数が15万回突破していました。ありがたいです。いつも読んでいただき、ありがとうございます。
明日もいつも通りですので、よろしくお願いします。
では。




