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図書館ドラゴンは火を吹かない  作者: 東雲佑
■ 六章 司書王

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◆2 それからどうなったの?

 夏の声はいつの間にか遠ざかって、骨の魔法使いの森もすっかり秋の季節です。

 あっちに目をやれば山辺(やまのべ)にはあかねの色が鮮やかで、こっちに目を向ければ風の渡る草原は黄金色。湖畔の水草は見事な草紅葉(くさもみじ)に染まって深い青と対比をなして、それにほら、あっちこっちに秋の味覚が満載です。

 折に触れて描写してきた通り、『鯨の頭骨の魔法』により生み出された森にはこの通りあらゆる自然が内包されています。

 大きな川とその支流の小さな川が、それらが流れ込む海原が、山が、平野が、あります。

 それに、青く清らかな湖が。


 その湖の桟橋に、並んで釣り糸を垂らす二人の男の姿がありました。

 と、いましも。片方の男の釣り竿がわずかにしなり、水面の(ウキ)が一気に沈みます。

 大柄な、見るからに落ち着きなさそうな男。

 しかし彼は急いたり慌てたりは全然せずに落ち着いて魚の動きを見定め、それから、適切な時宜を捉えて一息に竿を振り上げます。

 するとほら、大きな魚が、呆気なく釣り上げられてしまいました。


「たいしたもんだな」


 もう一人の男が感心して言います。

 こちらは打って変わって線の細い優男。


「こういう静かな遊びは苦手な性質(たち)だと思ってたが、人は見かけによらないな」

「まぁな。俺ぁほら、山育ちだからよ。子供時分の遊びなんざもっぱら釣りだの虫取りだったから、こんなのはお手のもんさ」


 大物を釣り上げた男が大口を開けて笑います。褒め言葉を少しも照れずに真っ向から受け止めて。それから、あんたこそ普段と違って落ち着きがねえな、釣りは待ちの遊びだぜ? と言います。

 言われた優男はため息をひとつ落とすばかり。なにしろ言い訳も不可能なほどの絶対的な釣果の差があります。


 骨の魔法使いの森で仲良く釣りをしていたのは、我らがユカの兄である色の魔法使いと、我らがユカの宿敵である左利きの、その相棒です。

 遡ることはや二ヶ月。あの『物語の日』に出会ったこの二人は、その後すっかり仲良くなっておりました。


 左利きの相棒にとって、相棒であり親友である左利きを救ってくれた(左利きとユカの決闘を認めてくれたことと、決闘後に彼の傷を癒やしてくれた二つの意味で)色の魔法使いは、まず純粋に恩人です。この恩は忘れないと泣いて手を取った相手です。

 しかしそれより以前の部分、単純に一人の人間として、彼はこの膚絵師に好感を覚えておりました。

「俺ぁこの(あん)ちゃんが、好きだな。よくわかんねーけど、なんか馬が合うんだよな」と感じています。


 翻って色の魔法使いにとっての左利きの相棒といえば、凝り固まっていた自分の認識を粉砕してくれた、これもまたある意味での恩人です。

 己が憎悪してきた呪使いの一人でありながら、その呪使いの毒に染まらなかった唯一の男。

 色の魔法使いにとって、この呪使いらしくない呪使いは確固たる自己を持った見事な人物。面と向かって言ったりはせぬまでも、この世で最も尊敬すべき人間の一人であるとすら考えておりました。


 このように二人は互いに一目置いていて、互いに好意と敬意を抱いていたのです。

 あまりにも良好な関係。あまりにも健全な友情。

 魔法使いと呪使いでありながら。



 ですが、魔法使いと呪使いの縁といえば、実はもう一つ育まれています。



 場面は転じて、骨の魔法使いの屋敷。

 室内では身重の踊り子が子山猫にもたれかかって眠っておりました。

 そのお腹は、今でははっきりとせり出しています。眠っている時間も以前よりずっと増えていて、彼女があくびをするたびに、山猫たちのいずれかがお布団としてサッと身を伏せるのです。

 そんな情景に、なにやらおろおろと心配そうな視線を注ぐ男が一人。


「あの、彼女は身重なんでしょう。なら、ちゃんとベッドで寝かせてやった方がいいのではないかね? それにその、あの猛獣は……」

「大丈夫ですよ。あの猫は私の姪っ子だもの。それで妊婦さんは私の娘だから、ええと……従姉妹? ええ、従姉妹同士の微笑ましい姿じゃないですか」


 なおも案じる様子の男に、対面に座った女性がおおらかに笑って応じる。

 もちろん、この女性はユカの母親である骨の魔法使いです。

 ではもう一人の男は誰なのかと申せばは……なんとまぁ! こちらは左利きたちの後見人をもって任じている、あの中年呪使いではありませんか!


「ユカも小さい頃はよくああしてたの。あの子の母猫をお布団にして。私なんていまでも、たまに。ふかふかしてあったかくて、とても気持ちいいんですよ?」


 あなたもやってみます? と骨の魔法使いがにっこり持ちかければ、中年呪使いが慌ててこれを辞退します。


 ああ、意外な、なんとも意外な組み合わせ!

 ある意味では色の魔法使いと左利きの相棒の友情よりも、何倍も意外な!

 なにしろ片方はユカの愛する母親で、もう片方はそのユカを邪悪な魔法使いとして目の敵にしていた呪使いなのですから。


 どうしてこの二人がこうして一緒にいるのかと申しますと、これはもう単純に、相手を選ばずに発揮される骨の魔法使いの母性と包容力、その賜物でした。


 ユカと左利きの決闘のあとで、中年呪使いと骨の魔法使いは、はじめて会話らしい会話を交わします。

 左利きの無事を確認しおいおいと涙を流していた中年呪使いに、骨の魔法使いが手巾を差し出して優しくその肩を叩いたのです。

 その後も、一言か二言か、あるいは三言か、言葉のやりとりがありました。

 中年呪使いが彼女の魅力にコロッといくには、それで十分だったのです。


 なんたる慈母か! と、彼は思いました。

 さもなくば女神か! と、思ったんだってば。


 中年呪使いは骨の魔法使いよりも五つか六つ年上ではありましたが、しかし年下のこの魔女に彼はおおいに魅了されて、瞬く間に虜となったのです。

 それも、色とか恋とかの感情ではなく(もちろんそれもちょっぴりはあったのかもしれませんが)、彼女から発散される善美さとしか名付けられない徳性に打たれて、下心なんて全然抜きで。


 読者よ。まだ少年であったユカがそうと感得した通り、世の中に根っからの悪人というものはそうはおりません。

 人はみな、心のどこかに善への憧れを養っているもの。悪いことよりは良いことをして生きたいと願う、それが人間という生き物の本性です。


 この男は、その性質が特に強かったようです。

 ユカとは徹底的に敵対した彼ですが、しかしその根っこは殊更善良で、そして、それに輪をかけて純粋な人物で。


 だから純粋に、心酔しました。しちゃったのです。

 ほとんど崇拝する強度と純度で、おお、慈母よ! 女神よ!


 いやはや、純粋と単純はただ同じものの言い換えにすぎないのかもしれません。


 以上が、読者よ。以上が我々の主人公と宿敵の愛すべき関係者たちの、変化しかつ新たに育まれた関係です。



 

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