■4 見守る家族たち 【物語の日、神話の午後/17】
最初こそ芸人衆の晴れの舞台であった広場は、語り部の登場と共に彼の独壇場と変じ、さらにその後は紆余曲折の果てに、呪使いたちの新たな英雄を迎えるための劇場と化した。
そしていま、広場は二人の若者がしのぎを削る闘技場だった。
多目的の催事の場として設けられたこの場所に意思が宿っていたならば、さぞや本望であったことだろう。
大入りの観衆は目の前の戦いに釘付けとなっている。突然の雨に打たれて、かと思えば今度は強烈な日差しに焼かれて、しかしそれでもその場を去ろうとする者はいない。
誰も目を離すことができない。
ところで、そうした観衆の中には、戦っている二人の関係者たちもいた。
「ちょっと、なんなのよあいつ!? ユカくんを殺すつもりなの!?」
いましもユカに雷を見舞った左利きに対して、踊り子が抗議の声をあげる。
弟を案じる思いに貫かれて彼女は行動する。身に纏う衣服の懐から、一巻の羊皮紙を取り出す。
それを、隣にいた彼女の夫が取り上げる。
「……やっぱり隠し持ってたか……まったく、おとなしく見ていると約束したじゃないか。というわけで、没収だ没収」
「だ、だってだってだって……」
「気持ちはわからないでもないが、ここは『ぱ』より『ら』というやつだ。心配じゃなくて信頼して見守ってやろうよ。大丈夫、俺たちの弟はこの上なくしたたかな男じゃないか」
「で、でもでもでもでも……」
「だってもでももない。……ね、そうですよね? お母上?」
色の魔法使いが、すぐ近くにいた骨の魔法使いを見遣る。
「そうねぇ……それより、この暑さってばどうにかならないのかしら。ユカのお相手のあの子が呼んだこのお日さま、雨が降り出す前より元気になってない?」
「……ほ、ほら。お母上はこんなにも泰然としておられるぞ」
踊り子とは対照的な骨の魔法使いの落ち着き払った様子に、色の魔法使いは逆に呆気にとられた様子となる。
そんな膚絵師に、森の母は言った。
「あら、母親の私が少しも心配していないのが不思議? でもね、母親だからこそ我が子を信じているの。あの子なら大丈夫って。それにあんなに素晴らしい好敵手を得て、その相手をがっかりさせるような不甲斐ない戦い方をするユカではないもの。
それから、もう一つ」
言いながら、母は膚絵師の頬に優しく手をやった。
我が子にするように。
「『どんな怪我でも絶対に治すから安心してやってこい』って、あなたはあの子にそう言ってくれたじゃない。だったら妙な心配をするのは、あなたを信頼していないことになるものね」
「あ、いや、ははは……」
この返しに、普段あまり表情を表に出さない色の魔法使いが真っ赤になる。
しどろもどろになりながら彼は思った。
――このお方を知ってなお邪悪と誹れる者がいるならば、それはもう人ではないだろう。
「ところで、あなたの『お母上』って呼び方、実はずっと気になってたのよね。なんだか他人行儀な感じで……ほら、あなたも『お母様』とか『母さん』とか、呼んでいいのよ?」
「……えっ!?」
「というか、呼んでちょうだいな。なんなら『お袋』とか『母ちゃん』とかでも……」
「……いや、それは、その、あの……まだ、心の準備がですね……」
時と場合を少しも選ばずにぐいぐい攻めてくるみんなの母に、寡黙な青年はたじたじになってしまう。
すると、常にない夫の様子に「なになになんなの、あたしも仲間に入れて」と踊り子が会話に乱入してきて、青年の見えない兄が、楽しそうに、嬉しそうに弟をからかう。
そんな場違いな空気の家族の輪に、外部から声がかけられたのはそのときだった。
「あんたら、もしかしてあの野郎の関係者か?」
全員が声をしたほうを向く。
そこにいたのは一人の大柄な呪使いだった。




