◆21 その名は『左利き』 【物語の日、神話の午後/14】
このようにして、そのようにして、ユカの張り巡らせた企みは見事に完成したのです。
彼の描いた物語は、語り部であるユカ自身と対になるもう一人の主人公、左利きの活躍によって完遂されました。
今日を境に、世の中は変わっていくことになるでしょう。少しずつではありますが、きっときっと良い方向へと。
ユカは左利きを見つめています。我が宿敵を誇る気持ちを胸一杯に満たしながら、劇的な登場を果たした呪使いたちの新たな英雄を語り部は見つめています。
雨の最初の一滴がユカの頬をかすめたのは、そのときでした。
風が吹き始めます。
からっとした晴風ではなく、湿り気を帯びてかすかに冷たい風が。
それから、空が閉ざされはじめます。
雲一つなかった空を蝕むようにして、雨雲が晴天から湧き出します。
それは瞬く間に空を覆い尽くして、ごろごろと雷鳴を胎動させます。
「……なんだ、これは?」
左利きが、怪訝を極めた声で呟きます。
無理もありません。この私も再三に渡って描写してきたように、この日は朝からまったきお天気の快晴。雨の気配は地平線の向こうまで皆無だったのです。
なのにいま、さっきまでのお天気の名残は、もはや空のどこにもありません。
まるで、左利きの雨乞いが成就したかのように。
「……なんだこれは!」
左利きが、もう一度呟きます。
その声音は動揺に震えていて、その表情は不安に彩られています。
そうこうしているうちに、ついに、祝祭の広場に雨が降り始めます。
左利きの雨乞いが、成就したかのように。
いいえ、ように、ではありません。
この雨は、確かに彼が呼んだものなのです。
「……なんだ……なんだというのだ……なんで……」
読者よ、覚えておいででしょうか?
この物語の冒頭において、私は魔法使いについて次のように解説いたしました。
『魔法使いは志望してなるものではない』
『強い想念を秘めた者たちが、ある日突然そのひたむきさを資質として覚醒する』
『むしろ、なりたいと思っている限りはけっしてなれない、そうした存在である』
呪使いたちは魔法使いを嫉み、嫉み、嫉妬して……そして、その嫉妬と表裏一体になった、強烈な羨望を魔法使いたちに抱いておりました。
ですから、呪使いたちの中から魔法使いが輩出されることは、絶対にあり得なかった。
しかし、魔法使いに対して憧れを抱いていない呪使いが、たった一人だけいました。
純粋でひたむきな信念と、決して揺るがぬ誇りの持ち主。
つまり彼は、最初から『そうなる』資格を有していたのです。
「……そうか。そうなんだ……」
ユカが、惚けたような声で呟きます。
「……僕らのいるここは、物語の中なんだ」
彼が語り部として紡ぎ出した物語は、さきほど完成しました。
しかしいま、確かに別の物語がはじまろうとしている。
誰も、語り部である彼自身も予想すらしていなかった物語が。
「……どうやら僕らはいま、物語の中にいるみたいだ」
この午後は神話となって語られ続けるであろう――そんな予感に打ち震えながら、ユカは己の宿敵を見つめながら呟いたのでした。
「……違う……違う……私は……私は、こんなことは望んで……」
――『雨乞いの』。
――『杖の』。
――『呪の』。
あるいはもっと直接的に、『呪使いの』。
彼という前代未聞の存在を、人々は様々な二つ名で呼びました。
ですがその呼称は最終的に、次のような一つへと落ち着いて、定着します。
すべての呪使いに共通する身体的特徴にちなんで。
すなわち。
「なんなのだこれはぁぁぁぁ!!!」
――すなわち、『左利きの魔法使い』と。




