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図書館ドラゴンは火を吹かない  作者: 東雲佑
■ 七章 その大役を君が引き受けてくれるなら

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■4 持つべきものは宿敵だなぁ

 親友と彼女が成し遂げた(にわか)には信じがたい大偉業は、実際にはほとんど疑われることなく認められて信じられた。


 理由の一つが、それを成したのがあの司書王であったということ。

 まだ本の魔法使いと呼ばれていた少年時代から数々の伝説を各地に残している魔法使い。

 その名声は有無を言わせぬ説得力をもって人々に受け止められた。


 そしてそれ以上に大きかったのが、森渡りを獲得したユカがちょくちょく遊びに来ては勝手気ままに話していく冒険譚を、左利きが事細かに記録として書き記していたこと。

 宿敵の手によるこの代筆冒険録は、印象論的な信頼など目ではないほどの信憑性の裏付けとなった。(これは余談だが、左利きによる『あの男の冒険の記録報告』と題する文書は、実は以前から呪使いたちには読み物として広く人気を博していた。だからユカが「なんか世界の果てっぽいとこに辿り着いたんだけど」と報告を持ち込んだ時も、懐疑する声ではなく「ついに!」という歓声が大半を占めたという)。


 名高い司書王の冒険に彼よりもさらに名高い左利きの太守のお墨付きが加わり、さらには発見や革新を尊ぶ時代の風潮も後押しして、こうして『司書王の世界周遊』は流布される端から事実として受け入れられたのである。


 偉業は燎原(りょうげん)の火もかくやと広まり膾炙(かいしゃ)される。

 そしてそうなると、その偉業の大詰めを支えた船にもまた熱い大衆感情が注がれるのは、これはひとつの道理であった。


「貴様から預かったあの船だがな、ずいぶんな利益を生んでるぞ」


 その日、珍しくあちらから森を訪れた左利きは、ユカと顔を合わせるなり挨拶もそこそこにそう切り出した。


 事の次第はこうだった。

 ユカから預かったおんぼろ船は左利きの差配のもと呪使いが管理する船渠(せんきょ)に移されていたのだが、『司書王の世界周遊』の伝説が広まるにつれて、この保管場所への侵入者が後を絶たぬ有様となった。

 不届き者たちの内訳は実に様々だったが、最も多かったのは、意外なことに船乗りだったという。


「ふん、なにも意外なことなどあるものか。不可能な航海を成就させ、おまけに船員を一人の例外もなく生きて港に帰らせた船。船乗り連中にとって、あのおんぼろ船は拝んであやかりたい御利益(ごりやく)の塊だぞ? 船体から木板の一枚も引っぺがして護符(おまもり)にしたいと、そう考える者が続出するのも無理ない話だ」


 船乗りという人種がとかく験を担ぎたがるのは貴様もよく知ってるだろう?

 そうため息交じりに言って、左利きは説明を続けた。


 なんにせよ、この状況は看過(かんか)しがたかった。そういうわけで至急、左利きは船を安全な場所に移動させることにした。

 もともとその計画はあったのだが予定を大幅に前倒しして、その為に整備していた陸上の用地へと。

 さらに、こうして陸揚げした船のその周囲を壁と屋根で囲って覆って、おまけに厳重な警備もつけた(巨大な船をどのような手段で遠い内陸部まで運んだのか、左利きはこの点についていくら聞いても答えようとしなかった。その徹底したはぐらかしの態度から、ユカとリエッキは彼が主義に反して魔法を使ったのだなと察した。彼という人物は、つくづく含羞(がんしゅう)の男なのだ)。


 すると、どうなったか?


「人目につかぬよう隠してしまった結果、かえって有り難みが増したのだろうな。仮置きの船渠(せんきょ)から専用の安置施設に搬入したことで――実際には運んだ後で建物を拵えたのだがそこはまぁ重要ではない――『収まるべき場所に収まった』という印象も添加(てんか)された。不埒な侵入者は消えたが、今では各地の詛呪院(そじゅいん)を通じて正式に『司書王の船を拝観させて欲しい』と申し込んでくる者が引きも切らない有様だ」

「あれまぁ。それでハイカン、させてるの?」

「ああ、もともと将来的にはそうするつもりだったしな。歴史的・文化的に価値あるものを未来への遺産として保存し、独占するのではなく共有する。少なくとも、解体して航海安全の護符を大量生産するよりよほど未来と人々の為になるだろう?

 それで、だ。別にこちらから求めたわけではないのだが、拝観希望者の中には多額の寄付を申し出る貴族だの豪族だの成金だのがいてな」

「ああ! やっと話が飲み込めたぞ!」


 なるほど、と肯き合うユカとリエッキ。なるほど、そういうことか。


「やぁ、()いた種がさっそく実になったんだなぁ! 君はお金なんて二の次三の次だろうけど、それでもこの結果はめでたし! よかったよかった、おめでとう!」

阿呆(アホウ)、なにが『よかったね、おめでとう』だ、まるっきり他人事みたいに」

「はて?」

「あのなぁ、私がこのことで得た富を分配もせずにいると思うか?」


 左利きがここまで言って、それでもなお「……はて?」という顔を返すユカ。

 宿敵のこの察しの悪さに、左利きはいよいよ苛立った様子もあらわに。


「だーかーら! 今日は貴様の取り分の話をしに来たの!」

「なんと。僕の取り分、あるの?」

「あるの! あるんです! ……というかだな、こっちは早い内にそれについて談合(だんごう)せねばと、そう思ってずっと待ってたんだぞ。なのに貴様ら、最近はめっきり訪ねて来ないではないか? いらん時には現れるくせに用事のあるときに限って……!」

「あー、それでわざわざそっちから来てくれたんだ」


 忙しいだろうにご足労させちゃったなぁと、やっぱりどこか他人事めいておおらかにユカ。

 そんな親友に対していよいよ匂い立つほどにイライラを立ち上らせる左利きに、この時もまた、リエッキは相哀れむような同情の念を抱いた。


「いやはや、そういえばすっかりご無沙汰しちゃってたなぁ。ここのところはほら、図書館造りの準備であちこち飛び回ってたもんでさ」

「それだ。その図書館とやらがどんなものになるのかは知らんが、いずれにせよ金はかかるだろう? なのに貴様は、素寒貧(スカンピン)なんだろう? だからこそ私はだな――」


「もしかして君、心配してくれてるの?」


 ユカのこの指摘に、左利きが虚を突かれた顔で「いや……その……」と口ごもる。

 墓穴を掘り抜いた悔しさに苦虫を百匹も噛みつぶした表情となる左利きに、ユカはにんまり嬉しそうに「いやぁ、持つべき者は宿敵だなぁ」と笑って。


「でもね、大丈夫。お金はそんなにかからないと思うからさ」

「金はかからないって……」


 そんなことないだろう?

 そう困惑顔で言った左利きに、そんなことあるんだよ、とのほほんとユカは返して、それからあらためて自分の分け前を辞退した。


「僕たちはもともとそんなにお金を必要としないし、これからはもっといらなくなると思うからさ。だからそのお金は君が持ってて、君が役立ててよ」


 船の管理や警備にも費用がかかるでしょ? とユカは付け足した。


 左利きは、それでもなお納得のいっていない様子を見せた。

「それではこっちの気が済まん」とか、

「そもそも寄付者の中には貴様の信奉者もいてだな」とか、

 そんな風にあれこれと理由を並べてはユカに翻意を促した。


 そんな宿敵に、ユカは。


「あ、それじゃあさ!」


 閃いたとばかりに膝を打って立ち上がり、次のように申し出たのだった。


「お金をもらう代わりに、君にひとつ頼み事をさせてもらえない? 僕が受け取るはずだったお金はその為のお仕事依頼料ってことにしてよ。ね?」

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― 新着の感想 ―
コミカルに描かれているのに、物悲しさの残滓が消えません。 リエッキのセリフが表れないというのは、これがリエッキの回想として描かれているからなのではと思い、独りのドラゴンが眠り夢見る様で、どこか寂しい。…
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