■5 四頭の竜
とにもかくにもユカは司書王となった。本人の望むと望まざるとにかかわらず。
「望んでませーん。ただただ迷惑でーす」
「なんだよ、司書王を集団だと思い込んでた時はあんなに混ざりたがってた癖に」
「別に僕は司書王を自分のものにしたかったわけじゃないもん」
欲しい人がいるなら喜んで差しあげるよ、とふてくされた調子でユカ。
「やれやれ、いったいなにがそんなに気に入らないんだ?」
「なにもかもだよ。まず名声とか権威とかそういうのが僕には窮屈で邪魔っ気だし、それに『書を司る者の王』なんて、全然僕のことわかってないじゃん。使う魔法がたまたま本の形してるだけで、僕の本質はあくまでも語り部、司るのは物語だっつうの!」
そういえば本の魔法使いもそうだったなぁ、とユカは慨嘆し、それから。
「よし、決めた! こうなったらもう、僕ぁ生き様で司書王を否定してやるぞ!」
「はぁ? なんだそりゃ?」
「これからは司書王って名前と逆のことばっかりしちゃうぞ! 本を出しっぱなしにして片付けない、というか読書なんて金輪際しない! もしも図書館に行くことがあったら静かにしないで大騒ぎしてやる! ようし、今こそ反骨精神を発揮する時だ!」
「なんつう幼稚ではた迷惑な発想……あんたもう結構いい年齢なんだぞ?」
しかしこうしたユカの心とは裏腹に、司書王としての彼の名声は高まり続けた。
活躍の噂は千里を走り、伝説はとどまる所を知らずに拡散する。
「むきいいいい! 司書王のヤツ、許さないぞ!」
「司書王はあんただろうが。それが問題なんだろうけどさ」
「うう……誰も司書王を知らないところに行きたい……」
誰も司書王を知らないところへ――そんなユカの心情が、図らずもそれからの旅の推進を後押した。
あたかも司書王の名前から逃げるように、どんどん、どんどん先へ。
世界の果てを目指す旅は、ここを境にこれまでに倍する速度で進捗しはじめる。
ユカとリエッキの旅は続く。
もっと遠くへ、もっともっと未知の場所へ。
そこには見知らぬ文化があり、見知らぬ風景があり、見知らぬ友達が待っているのだから。
だからほら、リエッキ、行こう!
そう言って親友はいつも彼女の手を取った。
司書王への不満は、旅の楽しさを少しも減じさせたりはしなかった。満ち足りた毎日の中にあっては、そんなのはもともとつまらなすぎる問題だったのだ。
ありとあらゆる出来事が二人にとっては特別で、ありとあらゆる退屈が二人にとっての特別だった。
ずっと昔、二人が友達になった時から変わらずそうであるように。
変わるものと、変わらないもの。
旅の中で、ユカとリエッキは多くの出会いを果たす。
人だけではなく、稀には人外の存在とも。
その内訳には妖精とも異なる精霊という存在がいて、魚に育てられた猫の勇者がいて、空を覆うほどに巨大な雷の鳥がいて、化石となった神のその破片がいて。
それから、竜がいた。
※
二人が最初に出会った竜は人の姿をしていた。
ある村で若女将として宿屋を切り盛りしていたさわやかな気っ風の女、村のみんなに姐さんと呼ばれ慕われる彼女こそがそれだった。
彼女は長の年月をその村で生きて、表向きは宿屋の一家の息女あるいは配偶者として生活し、そうしながら村とそこに住む人々を守っていたのだ。
「宿屋の関係者なんて情報を集めるにはうってつけだかんね。まっ、こんなちんけな村に異変なんて滅多にはないんだけどさ。おかげでもう何年も竜の姿に戻ってねえや」
村人はみな彼女の正体を知っていて、しかしその秘密を外には漏らさない。
絶対に、命にかけて。
村人と竜の間には世代を重ねて培われた信頼関係が存在していた。
二番目の竜は街道沿いの巨岩だった。
暴走して吹きこぼれかけていた火山の力を抑えつけるため、大地の勘所たるその場所に自ら蓋となって鎮座した、亀のような甲羅を持つ巨竜である。
そのまま千年近く擬としているうちに自慢の甲羅はすっかり苔むして草花すら生い茂り、しかしそれでもまだ動かない静かなる守り神。
「わしがここをどいたら、また火山が元気になってしまうからね」
彼の献身は古代の文献にすら残っておらず、しかしなんらかのありがたい岩であることだけは伝わっているらしい。
街道をゆく人々の中には立ち止まって祈る者や御供の品を置いていく者、稀には返事をしない彼に語りかける者もあるのだとか。
そういう人々の往来を見守っているのは、けっこう悪くない生き方だよ。彼はそう言った。
この他に二頭、合計で四頭の竜と二人は出会った。
四頭の竜はそれぞれに異なる姿、異なる在り方の持ち主で、しかしなにかを守護するという一点においては断固として共通していた。
そして、もう一つ。
四頭の竜たちは、リエッキについてまったく同じ感想を述べた。
旅をする竜なんて珍しい、と。




