◆25 司書王
『左利きの太守』と時を同じくして語られ始めた名前が、もう一つ。
その名も『司書王』。
伝説的な逸話を各地に残す、神出鬼没の怪人物。
「面白い人が出てきたなぁ」
とユカは言い、それから。
「会ってみたいなぁ」
そういうわけで、ユカとリエッキはさっそく謎の司書王探しをはじめたのですが……これが、思った以上に難儀を極めます。
この司書王なる人物は、なにしろつかみ所がありません。
あちらで男と語られたかと思えばこちらでは女と語られ、年齢も百歳超えの老紳士からうら若き早乙女まで千差万別。
出没地域もこれと同様、西で大事件を解決した次の週には遠く距離を隔てた東の地で村祭りを盛り上げて、神出鬼没どころか二つの場所に同時に存在するかのよう。
このように、一つの噂を追えば二つの謎が増えて、二つの証言が四つの証言から価値を奪い去り、三つの伝説を照らし合わせればもはや実在が疑わしくなります。
「たぶん、一人の人物じゃないね」
ユカはリエッキに推理を披露します。
「古くから語り継がれる物語の中にはね、複数の人間の業績をごちゃ混ぜにして作り上げられた英雄像が存在するんだ。この司書王は現代を生きる人だけど、たぶんそれと同じ現象が起きて……いや、待てよ。自然な現象じゃなくて、ひょっとしてもしかして……」
と、柄にもなくぶつぶつと考えを捏ねくり回して、それから、
「わかった! これは意図的に集合英雄を作り出そうとする企みだ! 誰かが、いや、誰かたちが! つまり、何人もの人が同じ名前を名乗って伝説を作って、後世に『司書王』なる英雄像を残そうとしてるんだ! これはそういう組織的な活動なんだよ!」
世間の目は欺けても物語の名人たる僕の目は欺けないぞ! とユカは力説し、そのあとで、
ちくしょうなんて面白そうなことをしてる人たちがいるんだ! 絶対尻尾を掴んでやるぞ! と司書王探索の決意を新たにします。
かくして名推理が成されたわけですが、やることは変わりません。
司書王の噂を掴むたびに、すぐさま森渡りで噂の現場に直行するのです。
直行して、直行して、
今日こそは司書王の一人も捕まえてやると、直行し続けて。
「ちょっと待て、おかしいだろそれ」
と、そんな違和感を口にしたのはリエッキです。
「いやだって、なんでいつもいつも直行出来るんだよ?」
「はて? どういうこと?」
「だから、噂の舞台になった先にはどこもかしこも近くに渡れる森があるだろ。この司書王だかいう奴が現れてるのは、みんなわたしたちが行ったことのある場所なんだよ」
そう言って、今度はリエッキが考えを捏ねくり回して。
それから、ユカの名推理も霞むような、驚愕の推理を披露したのです。
「……もしかして、司書王って、あんたのことなんじゃないのか?」
今回で五章の語り部文体パートは終わりです。後半もよろしくお願いいたします。




