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図書館ドラゴンは火を吹かない  作者: 東雲佑
■ 六章 司書王

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◆24 さよなら魔神像

「ということで、それじゃあ助太刀のほど、よろしくお願いいたしますよ!」


 はい決まり! という風に言い切って、もう一度白い歯を、きらり。

 ユカとリエッキはまるっきり虚を突かれて、しばらくなにも言えませんでした。


「……えっと、助太刀って、なんの?」

「もちろん、空虚で無益な契約をぶっ壊して人々をしがらみから開放するのです!」


 そう事もなげに言い切って、三度(みたび)四度(よたび)とわざとらしく、きらっ、きらっ、きらっ。

 そのあとで、美貌の商人は急に改まった調子となって、言いました。


「遡ること四年前、お二人は永久に続くと思われた二つの部族の抗争に、見事終止符を打たれた。そのことはこの広大な砂漠の隅々まで知れ渡っております。そして……申し遅れましたが、私は今話した四つの部族に(ゆかり)のある者なのです。古い契約に縛られた人々を解き放つ為に、どうか砂漠の英雄たるお二人にお力添えを(たまわ)りたく……」


 軽快かつ軽薄だったそれまでから一転、平身低頭を極めた哀訴あいその態度です。

 ああ、なんという狡猾な交渉戦術でしょう。ユカとリエッキは「やられた」という顔を向け合います。

 やられた、これを断るのは、なんだかとっても心が痛むぞ。


 というわけで、なし崩し的に協力させられる羽目になった二人でしたが……。


「でもなぁ、僕、よい子にしてるって約束しちゃったんだよなぁ。なのに砂漠の覇者の町で大立ち回りなんかした日には、どんなにかきついお説教が待ってるか……」


 想像だけで暗くなるユカに、それならご安心下さい! と商人。


「お二人は陽動だけお願いできればと思います。部族の連中を引きつけておいて欲しいのです。そうしたらその隙に私が町に潜入して、穏便に(ナシ)をつけて参りますので」

「穏便に?」

「ええ、穏便に。誰ひとり傷つけません。大立ち回りなんて、出る幕無しです」


 それならいいでしょう? と商人が聞き、それならいっか、とユカも笑顔で応じます。

 二人のやりとりを見ていたリエッキが、呆れたようにはんっと鼻を鳴らしました。


 さて、そんなこんなで作戦当日。

 というか、作戦当夜。

 三人は寒い寒い砂漠の夜の中にいました。


 ご存知のように、砂漠というのは焼けるように暑い土地柄でございます。

 ですが、その熱暑も日が沈むと嘘のように過ぎ去って、夜にはかえって肌寒いほどになるのです。

 左利きの説明によりますと、なんでもこれは空気に溶け込んだ水が関係したことなのだとか。

 暑い日が夜になっても暑いのは、空気の中の水気が昼間の暑さを保存しているのが原因らしいのですが、しかし砂漠の空気というのは乾ききっておりますので、いかにお日様がぎんぎんに輝いても沈んでしまえばそこまで。

 夜に暑さは持ち越されず、季節によっては夏と冬のような寒暖の落差が昼夜の間に横たわるのです。


 折しも、今はその寒さの季節です。

 砂漠の空は寒さの夜の寒さの星に彩られていて。

 しかもこの星が、沈まない。もうとっくに朝の時間なのに、夜が全然、明けない。


「いやぁお見事。連中は早くも大混乱、魔神像に祈りなんか捧げちゃってましたよ」


 部族の町を偵察してきた商人がほくほく顔でそう報告します。

 ええ、そうなのです。時間の法則を裏切って朝を堰き止めているのは、これもまたユカの魔法の霊験(こうりよく)です。

 極夜の国で生まれた三つの魔法の二つ目である『ひとつとなった夜と朝の物語』。その効果はご覧の通り、あの夜の中の夜を再現する魔法です。


 これが今回の仕掛けの第一弾で、さぁ、ここからが本番となる第二弾です。

 いざ、三人は混乱の渦中にある町へと出向きます。

 行商人に扮して、荷車を押して。


 町の入り口では門衛もんえいが「なんだ貴様らは?」と当然の誰何すいかを投げかけてきますが、これに美貌の商人が即座に「はい、氷売りでございます」と答えます。

 するとそれを合図に、付き従っていたユカとリエッキが荷車の覆い布をばっと取り去ります。

 ああ、そこに表れたのは透き通った氷を満載した荷車です。しかもよく見れば、なんと、この荷車自体が全部を氷で作った一つの芸術ではありませんか。

 門衛は来ない朝のことも忘れてしばし氷の荷車に見惚れて、ひとしきり見惚れたその後で、『まぁ氷売りなら夜に来るのも納得さなぁ』とあっさり一行を通してくれました。


 こうしてうまうまと町に入り込んだ三人は、所定の商売(あきない)の広場まで氷の荷車を押して行き、まずは人を集めます。

 弁舌を駆使して商品の素晴らしさを謳いあげ、氷の芸術品も目一杯に見せびらかして、そうして十分に人集りが育ったのを見計らってから。


「じゃあリエッキ、やっちゃって」


 ユカの合図で竜の姿に戻ったリエッキが、氷という氷に炎を浴びせかけて――あな、無惨! 売り物の氷も芸術的な氷の荷車も、みんなたちまち溶けちゃいました!

 すると、あたりに声が響き渡ります。

「説話を司る神の忘れられた御名に……」「御名に……」「御名に……」と氷に封じ込められていた声が幾重にも重なって、

「これなるは……」「これなるは……」「これなるは……」とうるさいほどに輪唱して。


 そこから先は、さっきの混乱がかわいく見えるほどの大大大混乱のはじまりです。

 ええ、なにしろ解凍された数々の魔法がいっぺんに効果を発揮したのですから。


 見上げれば光の球が十個も二十個も打ち上げられて夜を照らし、見下ろせば溶けた氷が魚となって宙を泳いでいます。

 生暖かい風が前から吹き付けたと思えば、次の瞬間に冷たい霧が背筋を撫でます。

 さらにさらに、大音声の音痴な歌声のおまけつき!


 すわ、魔神の祟りか!

 人々はわぁわぁぎゃぁぎゃぁ悲鳴を上げて逃げ惑います。


「なぁこれ、だいぶ派手なんじゃないか? 怒られるんじゃないか?」

「だって地味な陽動なんて思いつかなかったんだもん」


 そう言い訳し、大丈夫、今回僕は主犯じゃないもん、と言い切るユカ。

 まぁ怒られるのはわたしじゃないからいいけど、とリエッキは言い、そこで、はたと気付きました。


「主犯といえば、あの胡散臭い商人はどこいった?」

「あ、そういえばいつの間にかいない」


 話をつけに行ったのかもね、とユカがのほほんと言った、まさにそのときです。


 夜の中に、巨大な影が浮かび上がったのです。

 牛の頭に人間の胴体、像に象られる魔神にそっくりの姿の、巨大な存在。


「こんなものがあるからいけないんだぁぁぁぁ!」


 突如現れた魔神はそんな雄叫びを上げて、町の最奥に築かれた魔神像に突進し。


「しがらみをぉぉ、排除するぅぅう!」と手刀を浴びせ、

「契約をぉぉぉ、ぶっ壊ぁぁぁぁす!」と蹴りを入れ、

「未来は子供たちの笑顔の中にぃぃ!」と貫手ぬきてをかまします。


 徹底的な破壊の締めくくりに、魔神は自らを象った像を両手で抱え上げます。

 そうして、己への信仰の象徴であるそれを、遠く砂漠の果てへと投げ捨てたのです。


「……」

「……」


 あまりの展開に、ユカもリエッキも、しばらく言葉もなく声もありません。

 しかしややあってから、先に言葉を取り戻したのはユカでした。


「……まずい」とユカは我知らず呟きます。「……左利きに怒られる」


 しかもただ怒られるだけじゃない。

 すごく、ものすごく怒られる。



 だから、逃げました。


 ですが、露見(バレ)ました。



「違う! 僕じゃない! 魔神は僕じゃない!」

「魔神は!? 魔神はっ()ったか!? じゃあ他は貴様なんだな!?」


 貴様が関わってるなら全部貴様に決まってる! と、ああ、なんという決めつけ!


 言い訳は聞き入れられず、結局この騒動は一から十までユカのやらかしと断定されてしまったのです。

 普段の行いが悪いと言っても、あんまりにあんまりな結末でした。







 そのようにして月日は流れます。

 左利きはあくまでも立派に、そしてユカはどこまでも自由に。


 数年後、巷では『左利きの太守(たいしゅ)』、あるいは『杖の太守』という名が取り沙汰されるようになっておりました。

 言うまでもなく、これは左利きの渾名あだなです。


 左利きの行った改革は、世の中を常に良い方向へと動かし続けておりました。

 彼という存在は、もはや呪使いの英雄ではなく、人間全体の英雄となりつつあったのです。


 そんな彼が魔法使いと呼ばれることを嫌うと知って、人々は『左利きの魔法使い』という呼び名を封印しはじめたのです。

 それは自発的で、かつ群発的な運動でした。


 その結果が『左利きの太守』。

 人々の左利きに対する、感謝の表れのような呼び名。


 ところで『左利きの太守』と時を同じくして囁かれはじめた名が、もう一つありました。


 伝説的な逸話を各地に残す、神出鬼没の怪人物。

 その名も『司書王』。


次回で今章の語り部文体パートは終わりです。

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[一言] 牛頭、まさかの肉体言語。 穏便とは一体。
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