◆23 牛の頭の魔神像
読者よ、これが左利きの昨今の活躍ぶりでございました。
ああ、なんという立派さ! さすがは呪使いの新英雄!
さて、そんな立派な宿敵と、そういえばユカは約束を交わしていましたね。
あんまり目立つ真似はしないで、地味に大人しくやる……。
ざっくり言ってしまえば『よい子にしている』という約束でしたが、ユカはこれを守ったのでしょうか?
ええ、精一杯守ろうと頑張りました。
努力はしました。
いつも心がけてました。
ですが、約束というのは交わされた瞬間から破られるのを待っているようなものでして……善処はしていたのですが、やらかしてしまうことも、たまにはありました。
これからお話するのは、数あるユカのやらかしの中でも特大のもの。
その頃、ユカとリエッキは世界の果てを目指すのを一時中断して、かつて旅した砂漠地方を再訪しておりました。
数年前に二つの部族の抗争事件を解決した際、間を取り持った両部族出身の男女と『いつかまた遊びに来る』とそう約束をしていたのです。
いまや夫婦となった二人と別れて最寄りの森(砂漠には森なんてないので、いかに森渡りがあろうとも肝心の森まで行くのに一苦労です!)を目指す、その道中。
一夜の宿を求めて立ち寄った町で、ユカとリエッキは旅商いを名乗る男と出会います。
見目麗しく、しかし同時に妙な胡散臭さをも漂わせた、そのような人物でした。
彼がなんらかの意図を持って接近してきたのは察していて、しかし二人とも追い払うような真似はしませんでした。
すると案の定、男は時宜を見計らって本題を切り出します。
「ここから南にですね、魔神の像があるんですよ」
「魔神像」と、ユカとリエッキは声を揃えて復唱します。
「ええ、魔神像。牛の頭に人間の胴体を持った古い神の石像です」
説明された神の姿を、ユカとリエッキはぽやぽやと脳裏に思い描きます。
「子供を守護する存在と語られる、砂漠の民には古より親しまれた神です。それでですね、この魔神像はとある部族の町にあるんですが、こいつらがね、悪いんですよ」
「悪いの?」
「悪いです。悪しです。べらぼうに邪悪で、この上なく悪者です」
そこからしばし語彙を尽くした罵りが続き、その後でようやく事情が語られます。
魔神像を管理する部族は他の三つの部族を従える立場にあり(砂漠ではこうした社会のあり方は珍しいものではないのです)、ここにある四つの部族は主導権を巡って武力衝突を繰り返してきた歴史を持つ。
戦いは七年ごとに行われるのが慣わしで、これに勝利した部族は覇者として他部族を支配下に置き、同時に魔神像の管理者となる。
「今の覇権部族が勝利を収めたのは半年前の戦いにおいてで、これは実に百四十年ぶりの珍事でございました。ええ、なにしろこの連中ときたら四部族の中でもぶっちぎりの最弱、前回だって偶然にまぐれが重なってたまたま勝てたようなもんでしたからね」
「……なんかこいつ見てきたように語るな」
「……うん。話が本当なら前回って百四十年前のはずなのに」
そういう理由で、現在の覇者が続けて覇権を握ることはまずあり得ぬと他の三部族は踏んでおり、また、そのことは当の部族も自覚していた。
であるからこそ、覇者たる部族は覇者である今の内になんらか手を打たねばと思案し、卑劣な策に打って出た。
「こいつらはですね、他の三部族に対して『その年に生まれた赤子と等しい人数の児童を魔神の神官として差し出すべし』とこう命じたのです。先ほどもちらっと触れましたが、四部族が崇める魔神は子供を守護する存在、だから子供の奉仕を喜ぶはずと」
「なんだか自分勝手な解釈に聞こえるなぁ」
「いかにも勝手です! 曲解もいいとこです! 小さい子が親から引き離されるなんて悲劇的すぎる悲劇ですよ、ねえ! そんなの私が望むわけないじゃないですか!」
「いや、あんたの感想は聞いてないけど」
「あ、はい。まぁとにかく、こんなの誰がどう見たって人質ですよ。もちろん他の三部族だってそんなのお見通しで、だけど断れない事情が、あるんです。第一に、覇権部族に対して敗者は七年のあいだは服従するのが基本の掟で、そして第二に……」
と、そこで商人は深々長々とため息をつき、続けました。
「この四部族は、一千年ほど前に魔神と契約してるんですよ。像に象られる牛の頭の」
「魔神がほんとにいたの?」
「いたんですねぇ。まぁその契約というのも『子供を大事にするなら皆さんを守護ってあげますよ』みたいな緩いものだったんですが、なんせ千年経ってますからね。もはや原型を留めないほど改変されて、今じゃやたら厳格な感じになっちゃってるんです」
「なるほど。その契約だかなんだかを都合良く解釈して要求を正当化してんのか」
話を先取りして言ったリエッキに、さようでございます! と美貌の商人。
「彼らが遵守する契約に、もはや魔神の意思なんて介在してないのですよ。なのにそんなものに縛られて振り回されて、それって空虚すぎません? 無益すぎません?」
同意を求める言葉に、ユカとリエッキは素直に肯きます。うん。確かに。
さて、二人の共感を得た商人は、明眸を笑顔で彩り、さらに皓歯を輝かせて、言いました。
「ですよね、ですよね! それじゃあ助太刀のほど、よろしくお願いします!」
はい決まり! という風に言い切って、もう一度白い歯を、きらり。
ユカとリエッキはまるっきり虚を突かれて、しばらくなにも言えませんでした。




