◆21 世界の合い言葉は森!
「ううう……よかった、わたくし感動してしまいましたわ」
「うわぁ、まだいた!」
どこからともなく聞こえた前女王の声に、ユカはびっくりして周囲を見回します。
「旧い女王様、生きてたの?」
「ええ、ええ、姿はなくしてしまいましたが、なんといっても新女王はまだ生まれたばかり。立派な一人前の女王になるまで、このわたくしがしっかり後見せねば!」
これからも頑張りますわよ! と力強く宣言する前女王。
その強烈な意気込みに思わずユカも苦笑します。
なるほどなぁ、こりゃご愁傷様は全然先になりそうだ。
「ところで、お坊ちゃん」
と、いまや声だけの存在となった前女王がユカに言います。
「膚絵師様のお願いも叶えさせていただきましたし、さぁ、次はお坊ちゃんの番です」
「あー、そうだった」
言われてはじめて思い出したユカ。
そうです、まだユカのご褒美が残っているのです。
「んー、僕としては兄さんの願いが成就しただけで大満足なんだけどなぁ」
「いけません! 竜のお嬢さんにもはぐらかされて、それでは……!」
「妖精の名折れって言うんでしょう? でもなぁ、ほんとにないんだもん」
なんたる無欲さ、それでも人間ですか! と前女王が意味不明な叱り方をします。
「うーん、物やお金に不自由はしてないし、地位とかそういうのはたぶんあるだけ邪魔だし……魔法使いの名誉回復とかも、もう自分でやっちゃったしなぁ」
「そうは言ってもなにかあるでしょう? こうなったら嬉しいなってことが」
ほら、頑張って! と前女王が応援し、ユカが真剣にうむむと悩みます。
まったく、これではどちらが求める立場でどちらが求められる立場なのか。
「そうだなぁ。旅から旅の僕にとっては、こうして家族に会えるのが一番に嬉しいな。でもあの森渡りを僕にも教えてっていうのは、いくらなんでも無理だよね」
「それは流石に……あれは五つの森の五人の女王にのみ許された特権でして、譲位した今となってはわたくしにすら不可能となった秘術でございますれば……」
だよなぁ、とユカはさっさと納得して、再びお願い事の模索へと戻ろうとします。
そのとき、頭上の梢がガサガサッと揺れて、なにかがユカの頭に落ちてきます。
はて? と痛い頭をさすりながら拾い上げたそれは、一冊の薄い本でございました。
ユカ本人も、それに母と兄も、みんな揃って、なんじゃそりゃ? という顔。
いち早く状況を飲み込んで唖然としているのは、リエッキと踊り子です。
ええ、なにしろこういう場面にはかつて何度となく立ち会ってきた二人です。
「説話を司る神の忘れられた御名において……うわ、まじか」
拾った本にさっと目を通したあとで、ユカは気まずい笑顔で前女王に切り出しました。
「あのう……僕のお願い、『特権を盗んじゃうのを許して欲しい』とかじゃ、ダメ?」
本の題号は『森は世界の秘密の抜け道』。
ええ、つまりそういうことなのです。
※
こうして、ユカは人の身でありながら妖精最大の秘術を我が物としてしまったのです。
世界の森を自由に渡り歩く、『森渡り』の能力を。
この展開には然しもの家族もびっくり仰天、開いた口が塞がらなくなります。
ですが結局、最後にはいつものあの言葉を結論としてしまいました。
まぁ、なんといってもこいつはユカだしな、と。
さて、森渡りのことはすぐに宿敵にも伝えられます。
というか、伝えに行きます。
「そういうわけでね、僕ってば世界中どこにでも飛んでけるようになっちゃった。一度行ったことのある森同士をね、こう、ひゅん! って。もちろんこれからも世界の果てを目指す旅は続けるけど、でも遠い旅先から毎日帰宅することもできちゃうんだ」
実に有り難や、世界の合い言葉は森! と無邪気に喋り倒すユカ。
左利きは黙って、押し黙って聞いています。顔面のあちこちを引き攣らせながら。
リエッキが、こりゃまずいな、という顔をしたのに、ユカは全然気付いていません。
「そういえばこないだはお見送りありがとう。やぁ、返す返すも感動的なお別れだったなぁ! 君ってば寂しそうな顔しちゃってさ。わはは、愛いやつめ! そうだ、これからはちょくちょく遊びに来るよ。ここの近所にもひとつちょうどいい森があったし。感動のさよならは早速反故にしちゃうけど、でも――」
「……語り部」
そこで、黙って聞いていた左利きが口を開きました。低い声と恐ろしい笑顔で。
「闘るぞ」
杖を手に立ち上がった呪使いに、はい? と状況の飲み込めぬユカ。
「やるって、まさか、決闘?」
「うん」
「なんで?」
「憂さ晴らし」
「もしかして鬱憤、溜まってる?」
「いままさに溢れかえった」
有無を言わさぬ口調と握力のこもった手に連行されながら、ユカは助けを求めるように親友を見やります。
ですが、やっぱりリエッキは我関せずの態度。
宿敵同士の間にはわたしでも入り込めないなぁと、連れて行かれるユカに手まで振ってみせたのでした。




