表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
図書館ドラゴンは火を吹かない  作者: 東雲佑
■ 六章 司書王

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

117/141

◆20 孤独なもんかよ、ひとりぼっちなもんかよ

「……ならば、兄に合わせて欲しい」


 この言葉を聞き、その場にいた人間たちと竜は、揃ってはっと息を呑みました。


「お兄上様、でございますか?」

「ええ、兄です。死んで産まれた我が兄。弟である俺の幸せを全霊をかけて望んでくれた、有り難い兄。その兄の目に見えぬ姿を、ただ一度でいい、この目に映したい」


 それが俺の願いです。

 色の魔法使いはそう言って深く(こうべ)を垂れます。


「この森の恩人であるあなた様がそのように、どうか頭をあげて……ですが、そうでしたか。何度数えても魂の数が合わぬと不思議に感じておりましたが、どうりで……」


 なるほどと合点がいった様子の前女王、双子たちのほうにちらと視線をやります。

 そうして、そこにいる姿のない存在を確かに認めて、もう一度なるほどと肯き。


 そのあとで、よござんす、うけたまわりました! と胸を叩きました。


「わずかな、限られた時間(とき)ではございますが……お兄上様のお姿、浮かび上がらせて見せましょう。ええ、ええ、見事やり遂げてご覧に入れましょうとも!

 欠色(いろなし)の……いやさ、白の妖精女王の! これがその祈念すべき初仕事でございますれば!」


 そう言って前女王が視線をやりますと、純白の少女は応じるように微笑んで。

 それから、双子たちの方向に向かって、両方の手をかざします。


 すると、なにが起きたか?


 なにも起きません。風が吹き抜けることもなければ、光が輝くこともなかった。

 ですがそこにいた皆が皆、強烈な風に打たれ、光に包まれたような感覚を覚えました。


 新女王が発した力の奔流が過ぎ去ったあとで、前女王の姿はどこにもありませんでした。

 初仕事に挑む新女王に、前女王はついに姿まで還し終えたのです。


 前女王は消滅して、代わりに、そこにはそれまでいなかった誰かが現れています。


「……ああ……!」


 その姿を一目見るや、色の魔法使いの表情は涙に崩れます。

 あなたが兄なのかと、そう一言問う必要すらありませんでした。


「そうか……そうだったのか……!」


 なにしろ、死者である兄は、この膚絵師とそっくり同じ顔貌(かおかたち)をしていたのです。


「当たり前だろ。おい、まさか忘れてやがったのか? 俺たちは双子なんだぜ?」


 この兄不孝者め! そう笑って兄は弟を小突きます。


 その声は、姿は、この場に居合わせた他の全員にも見えています。聞こえています。

 声も姿も届いていて、ですが、誰一人として一言も言葉を発しません。


 だって、誰がこの兄弟の邂逅(であい)の場に水を差すことができるでしょう?


「ようやく会えた。ようやく……ようやく……」

「ばーか。ずっと一緒だったじゃねえか。それも忘れちまったか?」

「……ああ、ああ、そうとも。俺たちは……僕たちは、この世のどんな兄弟よりも一緒だった。それほどまでに兄さんは、ずっと、ずっと、僕を……」


 一語を重ねるほどに涙は強まります。嗚咽おえつが言葉を邪魔します。

 夫として兄として、そして父として、これまでけっして涙を見せることのなかった色の魔法使い。

 その彼が、こんなにも泣いている。

 そんな彼の姿は、家族に次のことを思い出させます。


 夫であり父であり兄であった彼は、同時に弟でもあったのだということを。


「兄さん、兄さん。やっぱり僕は不孝な弟で、父親としても不適格だ。だって僕は、嫉妬してたんだ。子供たちに兄さんが見えると知って、僕は我が子にいた。あの子たちが兄さんを孤独から救い出してくれたのに、ひとりぼっちじゃなくしてくれたのに……」

「ばーか。ほんとに、お前はなんにもわかっちゃいねえ」


 そう言って、兄は弟の肩に手を置きます。


「孤独なもんかよ、ひとりぼっちなもんかよ。俺にはお前って弟がいたじゃねえか?」


 兄の手を握って、今この瞬間だけ形を得た兄の手を握って、弟は泣き崩れます。

 色の魔法使いは泣いていて、そして、それを見守る家族も泣いていました。


 許された邂逅の時間は、本当にわずかなものでした。

 死者に形を与えるという難事業は、妖精女王の力を持ってしても制限に満ちていたのです。


 しかしその短い時間の中で、色の魔法使いは確かに望みを果たしたのでした。

 兄の目を見て感謝を伝えるという、ずっと願い続けていた大望を。


 時間切れになって消え去る直前、死者である兄はユカに、リエッキに、骨の魔法使いに会釈を寄越し、それから、「おう、義妹(いもうと)、ちっと来い」と弟嫁を呼びつけました。

 踊り子は呼ばれるままに義兄に近づき、なにやらこそこそっと内緒話を交わします。

 そうしてしばらく話したあとで、弟嫁は涙の上に笑顔を浮かべて、ようやく出会えた義兄になにかを約束したのでした。


 これが最後でした。それからすぐに、見えない兄はまた見えない兄へと戻ってしまいました。

 姿は消えて、その声も色の魔法使いと双子たちにしか聞こえなくなります。


 夢のような時間は、夢のように終わって。

 ですがその短い時間は、十年にも劣らぬ価値を持つ時間でございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

書籍版『図書館ドラゴンは火を吹かない』、好評発売中。
特設サイトもあります。是非ご覧ください。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ