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図書館ドラゴンは火を吹かない  作者: 東雲佑
■ 六章 司書王

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◆19 ご褒美はなんにする?

「本当に、本当に、皆様には感謝してもしきれませんわ!」

「よかったよかった。それはそうと旧い方の女王様、なんかまた小さくなってない?」


 ユカがそう指摘した通り、先ほどから、前女王は刻一刻と縮み続けているのです。

 はじめはユカと並ぶほど背丈があったのに、今はほら、頭三つ分は小柄になってます。


「これはあらかじめ予定されていたことでございます。新たな女王が目覚めたことで、女王の力の継承がはじまったのです。わたくしのすべては新しい女王に吸収されて、まもなくこの姿も保てなくなるでしょう」

「そっかぁ。ご愁傷様です」

「いえ、それはまだちょっと早い……とにかく、わたくしに思い残すことはございませんわ。皆様のおかげで新女王は無事に目覚め……いえ、無事に誕生されたのですから」


 ですが、と前女王。


「思い残しというほどではないのですが……やはり、我々の女王には色がないのですね」


 言ったと同時にまた縮んだ前女王の視線の先にあるのは、真っ白な少女の姿。

 彼女と同じように、新女王が夢の中で白化させた樹々も色を取り戻してはおりません。


 欠色の女王は欠色のまま、妖精の森も白いまま。

 色彩を力とする妖精たちにとって忌々(ゆゆ)しくも不吉な現実がそこにあります。


「なぁユカ、ちょっと手伝ってくれるか?」


 と、そこで色の魔法使いが、なにやらユカにお手伝いを求めます。


「たしか、お前の魔法の中に光の球を作るやつがあったよな?」


 色の魔法使いが言ったのは『明けない夜の小さな太陽の物語』と申しまして、例の極夜の国で新たに生まれた魔法の一つでした(あの朝の来ない夜の中で、ユカは実に三つもの魔法を生み出していたのです)。

 光球を作り出して宙に浮かべるこの物語(まほう)は、夜道や暗い洞窟を歩く時などにはすこぶる便利な一冊でした。


 よしきた! とユカが本棚から注文通りの魔法を取ってきますと、色の魔法使いはさらに「光を三つ同時に、それぞれ別々の色で出せるか?」とこう付け加え、光の色の見本として三色の顔料を提示します。

 純粋な赤と、純粋な青と、純粋な緑。


 ユカがこの難しい注文をどうにかこなしますと、膚絵師は最後にもう一つ。


「よし、いいぞ。じゃあその三つの光を一つにまとめてくれ」


 すまんがこの実験は俺の扱う絵の具や顔料じゃできなくてな、と色の魔法使い。


 さて、言われた通りに三色の光の球を一カ所にまとめると、どうなったでしょう?


「わ、光の色が変わった……!」


 なんと、三色の球が重なり合った部分の光が、色を変えたのです。

 赤、青、緑のいずれでもない色に。


 白に。


「絵の具は重ねるほどに濁って黒に迫る。しかし光は重ねるほど、より白くなる。つまり白という色の内側には、赤も、青も、緑も、およそあらゆる色が含まれてるんだ」


 そこで、色の魔法使いは純白の少女に視線を移し、言いました。


「君を欠色(いろなし)とは、俺は呼ばないぞ。白は無色ではない。白はすべてを()べる色だ」


 ――だから、白を誇れ。胸を張って自分という存在を世界に誇れ。


 さっき繭に語りかけたのと同じ言葉を、今度は少女に向かって放ちます。


「……わたくしは女王として長く生き、その歳月の中でしばしば人間とも交わってまいりました。

 ですが、あなた様ほど素晴らしい方には、ついぞ会ったことがない」


 あなた様は女王の命だけでなく、女王の魂をも救ってくれたのです。


 そう言って泣き崩れる前女王を宥めながら、色の魔法使いは新女王に笑いかけます、


 すると、それまで無表情だった少女が、はじめてにっこりと笑い返したのでした。


 後に至高の存在として人の世にも知られることとなる『白の妖精女王』。

 彼女が真に誕生したのは、あるいはこの瞬間だったのかもしれません。



   ※



 こうして、妖精の森を巡る騒動は解決した……のですが。

 めでたしめでたしの前に、功労者たる面々にご褒美の時間です。


「わたしはいいよ。全然役に立ってないし。なんかちょっとピクって動かしただけだ」


 まずはリエッキ。

 竜でありながらわれるままに妖精の森を訪れ、森渡りでみんなが留守にしていた間も一生懸命に頑張ってくれていた、心優しいドラゴンです。


「とんでもございませんわ! そもそもお嬢さんが来て下さらなかったら、膚絵師様もここにはいらっしゃらなかったわけでして……!」

「しつこいなぁ、これだから妖精は()なんだ。んじゃ、その権利はしばらく保留で頼む」

「しばらく、とおっしゃりますと?」

「しばらくったらしばらくだよ。何年か何十年か、でなきゃ何百年とか……それでも納得しないなら、とりあえずそこのガキどもにどんぐりでもやってくれ」


 というわけで、リエッキのご褒美は双子たちが代わりに受け取りました。

 白い妖精の森の純白のどんぐり。このお宝に子供たちはきゃあきゃあ声をあげて大喜びです。


 さて、リエッキに続いてユカはといえば。


「僕もいらないかなぁ。久しぶりに家族に会えたのがご褒美ってことでいいや」

「そうは参りません! お嬢さんに続いてお坊ちゃんにまで断られては妖精の名折れでございます!」


 もうお坊ちゃんって年齢(トシ)でもないんだけどなぁとユカはぼやき、じゃあちょっと考えとくから先に兄さんに聞いてよ、と膚絵師の兄に投げます。


 こうして順番は、今回最大の功労者である色の魔法使いに回ったのですが。


「……なんでもいいんですか?」


 これは意外。家族の中で最も無欲と思えた彼が、迫真の声でそう確認したのです。

 膚絵師の圧に若干怯みながら、前女王は「もちろん! あたう限りに!」と答えます。


 この言葉を受けて彼が口にした願いとは、次のようなものでした。


「……ならば、兄に合わせて欲しい」


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