◆18 胸を張って世界に白を誇れ
色の魔法使いが準備万端整えるのを待って、場面は再び妖精の森に戻ります。
「うわっ、なんだよ。ゾロゾロとみんなで来ちゃったのかよ」
リエッキがそう口走ったのもむべなるかな、ユカが連れてきたのは兄だけでなく、踊り子と双子と、それに骨の魔法使いも。
遠い土地の人外境に森の家族が勢揃いです。姿は見えないけれど、色の魔法使いのお兄さんだってきっとこの場にいるはずです。
「まぁまぁ、なにせ荷物がたくさんあったしね。それに魔法使いが一度に四人も揃うのだってこの森には前代未聞でしょ? 可能性を増やしてみたんだよ」
「荷物って、膚絵師の仕事道具はともかくとして、あっちのありゃなんだよ?」
「お茶と軽食。兄さんが道具の準備してる間に姉さんと母さんが作ってくれた」
なんとまぁ、まるっきり遠足気分です。あっちを見れば深刻な事態が進行中だというのに、こっちの家族はお気楽そのもの。
子供たちはユカに続いて再会したリエッキにまとわりつき、踊り子と骨の魔法使いはお茶の道具を広げながら「また会えて嬉しいけど、こんなに再会が早いと感動が薄いなぁ」などと談笑しております。
こうした弛緩みきった空気と無縁だったのは、一流の仕事人たるこの人だけ。
「この子が問題の新女王ですか?」
色の魔法使いの確認に、六人乗りの森渡りでぐったりしていた前女王が背筋を伸ばして応じます。
はい、はい、こちらがこの森の新たな女王でございます。
膚絵師は色のない少女をまじまじ見つめて、それから、片方の眼を手で覆います。
「なんと……! あなた様は魔眼の持ち主でございましたか……!」
前女王が感嘆を声にしますが、それも聞こえているのかいないのか、色の魔法使いはただただ目をこらします。
色のない少女に色を見いださんとして、真理を見通す魔眼を。
「……この少女には色がない」
ややあってから色の魔法使いは言いました。誰の目にも瞭然とわかりきった事実が、この膚絵師の口を通した瞬間に異なる意味と重さを生じさせます。
「だが、どうにも腑に落ちない。妖精だろうとなんだろうと、色を持たない存在などない。死者ですら死という色を持つんだ。だから、これはあくまでも俺の所感だが……」
「なんです?」
「もしかして、この子はまだ産まれていないのでは?」
ああ、なんという大胆な仮説。
目の前に実体のある存在を指して『まだ産まれていない』なんて、目に見えるものに惑わされた人間には、絶対に持ち得ない発想。
これはこの世でただ一人、彼という男にしか辿り着けなかった考えです。
この言葉に、前代女王は言葉を失います。
しかしすぐに取り直し、もたらされた意見について深く深く思いを巡らせて、思案に思案を重ねて、それから、言いました。
「妖精の女王は繭の状態で発生し、繭の中で育ちます。そうしてある程度成熟しましたら、前の女王がその繭を切り裂いて新女王を取り出すのです。わたくしたちはこの瞬間をこそ誕生と定義しておりましたが……ですが、確かに……」
ああ、わたくしたちはとんだ思い違いをしていた!
前女王が頭を抱えて叫びます。
「そう悲観なさらず」
と色の魔法使い。
「ところで、その繭とやらはまだありますか?」
こちらに、と前女王が案内してくれたのは、広場から目と鼻の先の一画。
そこに、ほら、ありました。
中央からすっぱりと鋭利に切断された、真っ白な繭が。
すでに中身のいない繭は、しかし、なにか命のある生き物のように艶めいています。
「俺の化粧が必要なのは、どうやら女王じゃなくこっちらしいな」
しばし魔眼を繭へとこらしていたあとで、色の魔法使いは確信したように言いました。
それから、おもむろに仕事道具を広げはじめます。
「あの、いかがなさるのですか?」
不安そうに問う前女王に、色の魔法使いは一言、呼びかけるのです、と答えます。
「化粧によって呼びかけるのです。この繭に、あるいはこの繭を通じて、あそこに眠っている少女に」
かくして、骨の魔法使いの森に腰を落ち着けてからはや数年、すっかり遠ざかって久しい膚絵師稼業にいざ、復帰の時です。
お客は人ではなく妖精の女王。
しかも女王本人ではなくその繭。
ですが、膚絵師は人肌に接するように、すべすべした繭のその表面に接します。
ああ、いかにもそれは呼びかけでした。
化粧を通して、色の魔法使いは繭へと……いいえ、繭とつながっているはずの欠色の少女へと呼びかけたのです。
膚絵師稼業を休業している間も、色の渉猟は彼の趣味として続けられておりました。
骨の魔法使いの森で採取される植物や鉱石、昆虫などを材料に顔料を作り続け、それらは時折ささやかな化粧を家族に施す以外には、ほとんど使われずに蓄えられていて。
その貯蔵された色のすべてを、色の魔法使いはここぞとばかりに投入します。
妖精は鮮やかさが好きなんだろう? だったらほら、世界にはこういう色も、こういう色も、こういう色もあるよと、次々披露して。
外はこんなに美しいぞと、そう伝えて。
だからほら、安心して産まれておいでと、そうあやして促すように。
そうして数々の色を使った最後に取り出されたのは、彼が持つ唯一の魔法。
新女王と同じ色の、癒やしの白。
それを繭へと塗布します。
「いいか。俺と君の持つこの白という色は、どんな鮮やかさにも引けを取らない色だ」
――だから、誇れ。白を、自分を、胸を張って世界に誇れ。
「ああ、繭が!」
前女王が叫んだのと、役目を終えた繭が消滅したのは、ほとんど同時のことでした。
予感に打たれて、全員が広場へと走り――そして、見ました。
玉座の上で眠そうに目を擦っている、純白の少女を。
「……おはよう?」と、色の魔法使いを見て少女が言いました。
膚絵師も同じように挨拶を返しました。おはよう、と。




