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図書館ドラゴンは火を吹かない  作者: 東雲佑
■ 六章 司書王

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◆16 長いお別れ

 実のところ、左利きとの面会から戻ったユカが「明日出発する!」と言い出した時も、森の家族はそれほど驚きはしませんでした。

 宿敵との再会がユカになにかしら刺激を与えるであろうことはもはや織り込み済みで、そうなったユカがどのように考えどのように行動するかも、みんな薄々予想していたのです。


 ですが、その後に告げられた行き先だけは、流石にみんなを唖然あぜんとさせます。


「世界の果てって……つまり、この世の終わり? この大地の一番はじっこ?」

「うん。大地だけじゃなくてその先にある海のその向こうも含めて、全部のはじっこ」

「そこがどうなっているのか、第一に世界に果てなんてものが本当に存在するのか、それすらわからないんだぞ?」

「そうだよ。だから僕らが確かめに行くんだ」


 案じるというよりは翻意ほんいを促す調子の姉兄に、ユカはあっけらかんと答えました。


「ユカ」


 姉と兄に続いて、今度は骨の魔法使いが言葉をかけます。いつになく真剣な目で。


「世界の果て、その場所を目指すという意味、ちゃんとわかっているのよね?」

「……うん、大丈夫。わかってる」


 母親の眼差しをまっすぐに受け止めて、ユカはそううなずきます。

 世界の果て。そこがどんなに遠い場所なのか、それは全然わかりません。

 脇目も振らずにまっすぐに行って、一年かかるか五年かかるか、もしかしたら十年かかるかも。


 そして首尾良くその場所にたどり着けたとして、そこから帰って来るには、往路(いき)とおんなじ距離と時間を旅しなければいけないのです。

 五年かかったなら十年、十年かかったなら二十年。

 それだけの間、ここに居る家族とはお別れになるのです。

 もしかしたら、もう二度と会えないかも知れない、それくらい長い時間を。


「だけど、僕はどうしてもそれを見てみたいんだ。……見てみたくなっちゃったんだ」


 そう言ったユカの瞳にあったのは、家族を置き去りにすることへの後ろめたさと、会えなくなることへの寂しさ。

 それから、だけどどうしても抑えきれない冒険心。


 やれやれ。骨の魔法使いは吐息とともに(かぶり)を振って、もう一人に目をやります。


「ねぇリエッキさん? あなたもそれでいいのかしら?」


 竜の少女に向かって、リエッキさんも行くのよね? と、そう聞きます。


「ん? うん、そりゃ行くよ」


 出発に備えて荷物の点検をしていたリエッキは迷わずそう答えて、それから。


「だって、ユカが行くんだから」


 作業の手は止めぬまま、当然の道理を説く口調で彼女はそう言ったのです。

 これが決め手でした。

 ユカとリエッキ以外の家族は顔を見合わせて、全員揃って「やれやれ」という苦笑を浮かべました。


 止めても無駄だし、止めるのは無粋だと、そう認めて。




 さて翌日、見送りの場面には家族と、それからもう一人がいました。


「やぁ、なんだ! 来てくれたんだ!」


 出発の直前に息せき切らせて現れたのは、前日に別れたばかりの左利きでした。

 思いがけず登場した宿敵にユカは笑顔を咲かせましたが、左利きはといえば、こちらは対照的に暗い顔をしています。


 自分の不用意な発言がこの事態を招いてしまった、彼はそう森の家族に謝りました。

 そんな呪使いの肩を叩いて「気にするな、君のせいじゃない」と色の魔法使いが励まします。

 続いて踊り子が「そうよそうよ、ユカくんってのはいつもこうなのよ」と明るく言い、最後に骨の魔法使いが「来てくれてありがとうね」と笑いかけます。


 責める調子など皆無の一同の反応に、左利きは少しだけ逡巡しゅんじゅんしたそのあとで、そっと小さく肯いて応じます。

 それから、彼はユカに言いました。


「いいか、これが今生の別れとは思わんぞ。私と貴様の因縁は剣でも断ち切れんのだ」

「わかってるよ。あの言葉、よもや君だって忘れちゃいないだろ?」


 ――運命や宿命といったようなものから、人はそう簡単に足抜けできない。


 語り部と呪使いは同時に言い、そのあとで、やはり同時に笑顔を向け合いました。


「ねぇ、世界の果てって、君はどうなってると思う?」

「さぁな。天空に向かって果てなく壁がそびえているとか、海が滝のように虚無へと落下しているとか、透明な(もや)が立ちこめていてその向こうは別次元へと続いているとか……そういう話はいくつもあるが、どれも想像の産物に過ぎない」

「そうかぁ」

「一つだけ『これは』と思う説もあるにはあるのだが……まぁ、今から正解を見にいく貴様に先入観を与えてもつまらん。……しっかり見届けて、あとでしっかり伝えろ」


 左利きの素直でない激励げきれいに、ユカは「うん!」と元気よく応じます。


さて、宿敵の激励に続いて送られたのは、兄姉の一家からの餞別せんべつでした。

 まずは双子たちからの贈り物で、これは大小様々なピカピカのどんぐりです(ああ、子供にとってこれがどんなに価値ある品か!)。

 ユカとリエッキはお礼を言ってこのお宝を受け取り、お別れにべそをかく双子の頭をそれぞれ撫でてやりました。


 しかし続いて兄姉が差し出した品物は、二人揃って「受け取れない」と辞退します。

 それは、針の魔法使いの遺産である『布の家』、あの折りたたみ式の懐中屋敷でした。


「いいかリエッキ、これからもユカはどんどん魔法を増やすぞ。また本棚に入りきらなくなるのは目に見えてる。そのとき、捨ててくるわけにもいかないだろう?」


 だから、持っておけ。色の魔法使いがそうリエッキに諭し、踊り子が「貸すだけだから、いつかちゃんと返しに戻ってきなさい!」と二人を抱きしめます。


 兄姉に押し負けて餞別を受け取ったあとで、最後に、森の母が二人に言いました。


「これからはじまるあなたたちの旅は、片手間に進められるものじゃありません。一度はじめたら、途中でやめて別のことなんてできない。最後までやり遂げるしかない」


 でも、と骨の魔法使い。


「中断はできなくても、中止はできます。だから、もしも寂しくなって『もういいや』ってなっちゃったら、いつでも逃げ帰ってらっしゃい。誰も笑わないから。ね?」


 ああ、旅立つ我が子たちにこんなこと、私ったらダメな母親だわ。

 骨の魔法使いはそう言いましたが、もちろん、その場の誰もそんな風には思いませんでした。


「それじゃあ、行ってきます」


 さぁ、受け取るべきものは品物も気持ちも十全に受け取って、いよいよ出発です。


「できるだけ早めに行って、早めに帰って来るからね」


 そう言ってユカが倒した棒は、西ではなく東を指しておりました。


「まっすぐ東に進んで、そこで世界の果てを見て、そのまますぐに帰って来るからね」


 どこか近所にお使いに行くような軽さで言って、ユカとリエッキは旅立ちました。

 三度目の旅に。間違いなく、これまでで一番長くなるであろう旅路に。



   ※



 これが家族との、そして宿敵との、長い長いお別れでした。

 もしかしたなら、一生のさよならになるかもしれないほどの。

 ……だった、はずなのですが。



   ※



 二人が旅立ってからわずかに二ヶ月後の、ある朝のこと。

 これからはじまる一日の前に家族が揃ってくつろいでおりますと、子供たちの為に開け放たれていた扉から、子供のような大人が屋敷に飛び込んできたのでした。


「ただいま! ……って、いやそれより、兄さん! 兄さんいる!?」


 感動のお別れで遠く去ったはずのユカが、一切の前触れなく森に帰還したのです。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後のオチに笑わせていただきましたwww されど帰ってきてくれて嬉しい。
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