◆15 この世で一番の謎って、なに?
さて、胃の痛くなるようなお説教の時間は終わって、ここからはようやくのびのびとした語らいの時間です(歓談の友たるお菓子はとっくにリエッキのお腹の中でしたが、「僕の分は?」なんて催促はさすがのユカでも自重しました)。
音信が不通であった間の(なにしろユカたちからお手紙を出すことはできても、その逆は不可能だったのです)左利きの快進撃、大空に羽ばたかんばかりの躍進ぶりは、地位も名誉もどこ吹く風の二人にとってすら痛快な物語でした。
いまや名実ともに最高の呪使いとなった左利きでしたが、遡ること三ヶ月ほど前に発生したある事件、これが絶対権力への最後のダメ押しとなりました。
三ヶ月前、彼はとある呪使いを徹底的に糾弾し、組織から完全に追放したのです。
「その呪使いって、僕たちも知ってる人?」
「私を含めて三、四人しか呪使いを知らん癖になぜその発想が生まれるのだ……」
呆れた調子でそう言ったあとで、いや、と左利きは考え直します。
「……いや、貴様ら二人は、確かにその男を知っているな」
「は? 二人って、わたしもか?」
心底から意外そうな反応を示したリエッキに、「ある意味では語り部よりもあんたの方が因縁深いとさえ言える」と左利き。
「九年前、その男は竜の肉体ほしさに田舎領主を焚きつけ、山の神の怒りを買った」
あっ、とユカとリエッキの声が重なりました。
ああ、二人揃って脳裏に描くのはおんなじ一人。
かつてリエッキを首剥製にしようとした張本人。
ある意味でユカとリエッキが出会うきっかけを作ってくれた人物。
こうした二人の反応を確かめたあとで、左利きは、どこか寂しそうに続けます。
「……私の父だ」
左利きが追放したのは、他ならぬ自分の父親でした。
息子の影響力に便乗し、影で不正と専横の限りを尽くしていた我が父を、左利きは容赦なく裁いたのです。
この粛正劇はトドメであり、同時に決め手でした。
左利きを恐れる者たちに対しては『あの若者は肉親に対してすら情けをかけぬ』と無慈悲さを示す結果となり、彼らの中に残っていた反抗心に最後のトドメを刺しました。
翻って信奉者たちの目には『あの方はたとえ実の親であろうと贔屓も忖度もせぬ』という究極の公正さとして映り、彼らに絶対的な信頼を抱かせました。
事情を聞かされるにおよび、ユカとリエッキは驚きにしばし言葉を失いました。
「なんてこったい……あの時のあの親玉呪使い、あれが君の父親だったなんて……」
「ほんとにびっくりだ……よくあんなのからこんなのが生まれたもんだ」
「……貴様らと話していると感傷的になっていた自分が馬鹿に思えてくる」
とにかく、こうして左利きは、呪使いの組織を完全に掌中に収めたのです。
おめでとう全権掌握! こんにちは独裁支配!
しかしもちろん、彼にとって権力は手段であって目的ではありません。
得られた絶対権力を左利きがどのように駆使して、どのように世の中を変えていくのか……それはまた、追々語っていくとしましょう。
さて、左利きの話のあとはユカたちの番です。
手紙に書いた話も、手紙に書ききれなかった話も、二人は存分に話しました。
お手紙はダメでも、語ることについてならばユカは誰にも負けません。
左利きはこれらの話を、あるときは我知らず頬を緩ませながら聞き、またあるときはため息をつきながら聞きます。
それにそれに、いかにも真剣な顔をして敬聴する場面も。
そう、真剣な顔で。
帳面を手にとって、いちいち証言を記録したりなんかしながら。
「貴様、どうしてこんな重要な話を手紙に書かなかった?」
「いや、書いたけど」
「あんなもん書いたと言えるか。貴様の手紙は主観的な感想ばかりで客観的な事実に乏しいのだ。……それ以前に文章は読みにくいし、字は汚いし……」
ユカのお手紙に対する左利きの批判は留まるところを知りませんでしたが、結論から申し上げますと、ユカの冒険譚の中には呪使いにとっても大変価値のある証言が数多く含まれていたのです。
これまで謎とされてきた現象の克明な目撃談。
伝説だけが伝わっていた土地の血肉の通った見聞譚。
一つの謎が解けたと思えば二つの謎が浮上する体験告白。
左利きはぶつぶつと仮説など立てながら、もっともっととユカに証言を求めます。
こうした宿敵の反応は、ユカをどんな気分にさせたでしょう?
良い気分にさせなかったでしょうか?
お調子に乗らせなかったでしょうか?
そんなの、させないわけがありません。乗らせないわけが。
「ねぇねぇねぇ、もしかして僕たち、結構役に立ってる? 偉い?」
「ん? まぁ、癪には障るが、そうだな。……そうか、つまりこの場所は地下に……」
「じゃあさ、一番の謎を僕たちが解明したら、もっと偉いよね?」
この世で一番の謎って、なに?
ユカのこの質問に、与えられた情報を材料に思考することに夢中になっていた左利きは、よく考えもせずに反射的に答えます。
答えてしまいます。
「そうだな……世に謎の種は尽きないが、ぱっと思いつくのは世界の果てだな。世界の果てがどうなっているのかはいまもって謎だ。なにしろ行った奴がいないからな」
いや、行った奴はいるのかもしれんが、行って帰ってきた奴はいない。
「……ん?」
そこでようやく左利きは我に返り、はっとした顔でユカを見つめます。
「……おい、ちょっと待て。まさか」
しかし、彼が己の失言に気付いた時には、もはやすべてが遅きに失していました。
ええ、そのまさかです。
ユカというのは『そういう奴』なのです。




