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図書館ドラゴンは火を吹かない  作者: 東雲佑
■ 六章 司書王

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◆14 人々が魔法に憧れなくて済む世界

「さて、次の話だ」

「……まだあるの?」

「黙って聞け。ひとまずこれで最後にしてやる」


 そうして左利きはまた帳面をぺらぺら、次のお話をはじめます。


 ――あるところに村人同士が憎み合う村があった。


「ああ、雰囲気最悪だったあの村か。忘れもしない」

「……リエッキぃ、いきなり認めちゃわないでよぉ……」


 ――村を二分する確執は二年ほど前に端を発するもので、それ以前の村民らの関係はすこぶる良好であった。

 親たちのしがらみなど知らぬ村の子供たちは、どうかして在りし日の親睦を大人たちに取り戻させることはできぬかと、そのように心を砕いていた。


「そうした日々の中である時、外からの客が村を訪れたのだ」


 ――街道からも外れた辺鄙な村のこと、外部の人間、とりわけ旅人の到来などまったく稀なことであった。

 大人たちは男女二人連れのこの旅人を取り合うようにして醜い蹴落とし合いを開始したが、しかし子供たちの観点は違った。

 子供たちは口々に、あの旅人は盗賊だと、あるいは殺人者(ひとごろし)だと、はたまた吸血鬼だ、いや魔王だと訴えた。


「外に敵を作れば大人たちが団結するのではないかと、そう考えたのだ。あまりにも幼稚な発想だが、まぁ子供の考えることだ。もちろん、村の大人たちは誰一人としてこんな戯言には耳を貸さなかったさ。……村の大人たちは、な」


 ――子供たちの幼い虚構(つくりごと)に付き合ったのは、他でもない旅人たちだった。

 いかにも我らは魔王なりとそう告白し、露見(バレ)てしまっては仕方がないと聞いてもいないのに悪の企みを次々白状し、挙げ句の果てに怪しい術を見せつけて村人たちを脅しつけた。


「違う! わたしはなしくずしで付き合わされただけだ! 共犯みたいに言うな!」


 ――旅人あらため二人組の魔王は子供たちの幾人かを拉致し、村内に捨て置かれていた廃屋へと立てこもった。

 そうして立てこもったその場所から、千里を走る声の術を用いて村中に脅迫を届けた。

 この魔王の片割れは例によって邪悪なまでに弁舌が巧みで、村人たちはたちまち絶望の淵へと追い立てられた。

 親たちは泣き崩れ、憎み合っていたはずの別の親たちがそれを励ました。魔王への対抗策、どのようにして立ち向かうか、それについての議論が真剣に交わされた。

 皆が確執の一切を忘れて、ただ村のために。


「村人が一致団結したのを見届けた途端、魔王二人組はあっさりと降参してしまった。もちろん、これは最初から子供たちの嘘にこの魔王が乗っただけだったわけだが、ではどうしてそんなことをしたのかと、そう問われた際の自称魔王の言い様が傑作でな」


 なんと言ったと思う?

 そう問うた左利きに、ユカではなくリエッキが答えました。


「『こんな小さい子たちが村のために一生懸命ついた健気な嘘、それをよってたかって暴くなんて、あなたたちそれでも大人なの?』、こいつはそう言い放ったんだ」

「その通りだ。まったく、これには怒る気にもならなかったよ。爆笑した」

「あははは」

「なにがおかしい!」

「……怒ってんじゃん」


 うそつき、とふてくされた声でユカが(なじ)り、左利きが頭を抱えます。まるで今この瞬間だけはユカが宿敵である事実を恥じているかのように。


「……やるなとは言わんが、もう少し地味に大人しくやれ」


 ややあってから、左利きは疲れ果てた声で言いました。


「貴様の行動は、最終的な結果だけ見れば確かに多くの人間を救っている。だが、やり方がよくない。行く先々で自然の摂理をねじ曲げ、秩序をびらびらに紊乱びんらんして、破壊した常識の代わりに石碑をばらまいて歩くような今のやり方は」

「あのう……」

「なんだ」

「一応、確認なんだけど……さっきの三つ目の村では、建てられてないよね、石碑?」

「石碑はな。その村は魔王と子供たちの彫像を発注したそうだ」

「……聞かなきゃよかった」


 墓穴を掘ったユカがため息をつきます。


「世直しだか人助けだか知らんが、前の貴様は目立たぬようにやってただろうが? 水害の阻止などはやむを得んとしても――その後の出鱈目な治水工事は言語道断だが――たとえば金持ちに支配された町、あんなの貴様がその気になれば口八丁で穏便に話をつけられたはずだ。ひなびた村一つ和解させるなんぞはそれこそ得意分野だろうが」


 それをド派手にやりやがって……と再び頭を抱える左利き。


「あの……もしかして迷惑、かかっちゃってる?」

「そうとも、迷惑なら千万(せんばん)(こうむ)ってるとも」


 そうして、左利きは迷惑の例を挙げはじめます。

 無理矢理変形させられた地形の全容把握と地図の再作成、失われた歴史文化財の調査と保全、そうした作業に呪使いの人員が割かれることによって生じる、本来の業務への支障……

 ああ、死んだ目と力ない声で綴られる恨み言の数々! これなら怒られたほうがまだしも気が楽です!


「一番の迷惑は、貴様の活躍が評判になると、私もそれを期待されるということだ」

「はて?」


 どういうこと? とユカが尋ね、左利きが説明します。


「三年前……いや、もう四年になるか? まぁとにかく、あの決闘はいまやすっかり世に知れ渡った。私と貴様は互角の能力(ちから)の持ち主で、しかも業腹なことには、なにか盟友のように語られることもしばしばだ。だから、貴様に出来ることなら私にも出来るだろうと、人々はそう期待する。

 貴様がやってくれるなら、私もしてくれるだろうと」


 そう勝手に期待して詛呪院(そじゅいん)の扉を叩くのだ、と左利きはため息をつきました。


 ああ、とユカはようやく話を飲み込みました。

 魔法というものが邪悪な力ではないのだとそうわかって、しかもその力の持ち主がほうぼうで世直しの伝説を作っていて……

 それを知って「ならば是非自分もその恩恵に浴したい」と、そう考える人が現れるのは、これは当然の成りゆきというもの。


「だが、私は呪使いだ。魔法の力なんぞ、極力使いたくない」

「うん、知ってる」


 彼という人物を形作った信念を肯定して、ユカは固く肯きました。

 そんなユカに左利きは少しだけ表情をやわらげて、それにな、と続けます。


「呪使いとしての自負と信念以外にもう一つ、私には魔法を使いたくない理由がある。自分が魔法使いに――大変に、大変に不本意ながら――なってみてわかったのだ。この力は、やはり人の手には余る。物事の道理や自然の摂理を無視して結果だけを得る、いわば反則のようなものだ。そんな力に人々が安易に頼るようになってしまうのは、秩序の守り手である呪使いとしては看過しかねる。


 だから、人々が魔法に憧れなくて済む世界、私はそれを目指してみようと思うのだ」


 ユカが不在のうちに左利きが辿り着いた、それが彼の新しい目標でした。


「わかった。できるだけ地味に大人しくやるよ」


 我が宿敵の立派さを再確認して、ユカはそう胸を叩きます。

 ……が、力強い約束は「がんばる! ……努力する! ……できるだけ心がける」と尻すぼみに弱まります。

 左利きはこれに「……まぁ善処してくれ」と返しました。半ば諦めて、妥協して。


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― 新着の感想 ―
[一言] > ああ、死んだ目と力ない声で綴られる恨み言の数々! これなら怒られたほうがまだしも気が楽です! それはコワいwww
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