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図書館ドラゴンは火を吹かない  作者: 東雲佑
■ 六章 司書王

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◆11 お前だって自慢の弟だよ

 涙とは、読者よ。

 素晴らしい涙とは、はたしてどのような涙でしょうか?


 価値のある涙。意味のある涙。美しい涙。

 本当に尊い涙とは?


 読者よ、親愛なる読み手よ。

 ここまでユカの人生を見守ってくれたあなたは、彼が折々の場面で様々な涙と出会い、また自分でも(それ)を流してきたことをご存知でしょう。


 たとえば己を捨てられ子と知った幼小のユカが、その事実を通じてより深く母の愛を実感して流した、その涙は尊かったでしょうか?

 そんな養い子が自分の為に語り部になると宣言した時の、骨の魔法使いの感動の涙は?

 ユカとリエッキとの別れを惜しんだ踊り子が二人を抱きしめて流した、あの惜別の涙は?


 冷たい川の中で互いに背を向け合いながら、その夜の友情の奇跡に打ち震えて流されたユカとリエッキの涙。

 あの涙は、素晴らしかったでしょうか?


 もちろん、それらの涙には余さず価値があります。

 その一つ一つを格付けして、序列をつけて並べるなんて、そんなのはできっこありません。


 ですがこの日、この帰郷の日。

 ユカは、これまでに出会ったことのない涙の存在を知ることになりました。



   ※



「これはね、君たちのお婆ちゃんからの贈り物だよ」


 そう言って、ユカとリエッキは双子たちにそれぞれ帽子を被せてあげました。

『お婆ちゃん』という単語に、子供たちの視線が骨の魔法使いへと移ります。

 見られた骨の魔法使いはゆっくりと首を横に振って、「もう一人のお婆ちゃんよ」と言いました。


 まだまだぶかぶかの帽子を被せられた子供たちは、それでも大喜びではしゃいだ声をあげます。

 帽子を被ったまましばらくそのへんを走り回って、それから、その勢いそのままに再び外へと飛び出して行ってしまいました。


 針の魔法使いの遺作である帽子は、こうして無事持ち主の手に渡ったのです。



 それから、ユカとリエッキは針の魔法使いのことを家族に話しはじめました。


 あの優しい老女との出会いと、布の家で交わされた会話、そして彼女の死。

 そうした一切をつぶさに、あたう限りに克明に、語りました。


 話が進む内に、室内は涙に染まります。

 色の魔法使いと針の魔法使いの確かな絆、突如として彼の前から姿を消した老女の本心、死ぬまで変わることのなかった母の愛情。

 どうしてそれらが涙を誘わずにおりましょうか?


 踊り子はべしょべしょに泣き濡れて、骨の魔法使いも目元をしきりに拭います。

 話しているユカとリエッキだって、あのたった一夜でも十分垣間見れた老女の人柄を思い出して、目を潤ませています。


 泣いていない人物が、一人だけいました。


 色の魔法使いです。

 一番泣きたいはずの色の魔法使いが、涙の気配を少しも表に出していないのです。



 さて、一通り話が終わったあとでユカたちは、今度は針の魔法使いの遺品のお披露目へと移りました。

 涙の場面から一転して(あるいは湿っぽい空気を吹き飛ばすようみんなが空元気を振り絞ったのか)、こちらは大変盛り上がります。

 布の家(小さく折りたためる夢の懐中住居!)をはじめとする品々は、魔法によって生み出されてはいてもそれそのものが魔法であるわけではないようで、針の魔法使いが亡くなったあとも効力は全然失われておりませんでした。

 今日まで大切に預かってきたこれらは、兄夫婦が相続するのが当然とユカたちは考えていたのです。


 こうして和気藹々とした空気の中で、場は一旦おひらきになります。

 踊り子と骨の魔法使いは連れ立って夕食の準備へと向かい、子供たちを迎えに行く役目はなぜだかリエッキが仰せつかりました。



「兄さん、聞いてもいい?」


 図らずも兄と二人きりになったあとで、ユカは色の魔法使いに聞きます。


「兄さんは、泣かなくてもいいの?」


 口にしたあとで、柄にもなくユカは言い訳のようなことを言いました。

 いや、ほら、母さんが死んだら僕ならすごく悲しいし、兄さんも泣きたいんじゃないかって……。


「もちろん泣くさ」


 不躾ぶしつけな質問に、しかし色の魔法使いはいつものように優しく答えてくれました。


「あとでな、どこか一人になれる場所で、思いっきり泣く」


 これもまたいつも通り、妻から「いつだってあなたは言葉が足りないのよ!」と叱られ続けている、この兄一流の多くを語らない受け答え。

 ですが、ユカがこの兄への尊敬を新たにするには、それだけで十分でした。


 悲しみがないわけじゃない。泣きたくないわけじゃない。


 だけどその涙は、余人(ひと)には見せない。

 たった一人にだけ献じる涙。


 流されない涙、大切に隠しておく涙。

 そうした涙の存在をユカは知ったのです。



「僕は兄さんのこと、すごくかっこいいと思う」


 ほとんど口走るように、ユカはそう伝えます。


 針の魔法使いの家でリエッキが口にした分析は、間違ってはおりませんでした。

 これまで、ユカにはお手本となる男性がいなかった。

 兄や父といった存在は、彼には。


 しかし、今は違います。

 物静かながら、こんなにも真似して背中を追いたくなる兄が、今では。


「……ありがとな」


 弟の向けるまっすぐな瞳を受け止めた後で、兄は、やっぱり優しく言いました。


「お前だって自慢の弟だよ、ユカ」


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