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図書館ドラゴンは火を吹かない  作者: 東雲佑
■ 六章 司書王

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◆10 魔女の帽子のお届け先は

 冒険旅行は続きます。

 一年、二年と、ユカとリエッキは旅から旅へと旅し続けます。


 布の家での出会いと別れのあと、二人の旅には一つの長期的な目的が加わりました。

 針の魔法使いの遺作である二つの帽子を、どこかにいる持ち主にお届けすること。


 新しい場所に到着するたびに(それは村であったり町であったり、はたまた人っ子ひとりいない秘境の景勝地であったりもしましたが、そのいずれにおいても)、それらしい人がいないかと二人は目を光らせました。


 帽子は男性用と女性用が一つずつで、しかもこれは見事に対を成した意匠の組み合わせ。

 であるならば、二つの帽子の持ち主は別々の土地にいる関係ない人たちではなく、近しい間柄の二人と考えるのが自然。


 それもきっと、なにか特別な絆で結ばれた男女であるはずと。

 これは、とっても大きな手がかりです!


 ……が、しかし、見つからない。


「なかなか会えないねえ」

「はん。持ち主なんてほんとにいるのかって、そう疑いたくなることがあるよ」


 木材の匠が集まる森林都市で例によって名物料理に舌鼓したつづみを打ちながら(ここの名物は川の幸の魚料理でした)、ユカとリエッキはそんな風に話していました。

 特別な絆で結ばれた男女。

 恋人か夫婦か、あるいはここにいる二人のような親友か。


 もしかしてこの人たちでは? と思うような相手には、これまでに何度も出会ってきました。

 ですが、第一印象のその先に踏み込んで思案してみると、いつもやっぱり「なんだか違うなぁ」という結論に落ち着くのです。


「もしかして、兄さんと姉さんだったりしないかな?」

「ああ、あの男と針の魔法使いの関係を考えれば、それは十分あり得るな」


 ということで、ユカのその発想について二人は顔つきあわせてしばし考えを巡らせますが、しかしやっぱり結論はいつも通り、「なんか違うなぁ」でした。


「前提が間違ってるんじゃないか? 男と女じゃなくて、男と男とか、女と女とか」

「それか二人じゃなくて一人とか。たとえばほら、一年くらい前に会ったあの人のこと覚えてる? 一つの身体に男の人と女の人が同居してて、日記でやりとりしてた」


 なおも二人はああじゃないこうじゃないと言い合いましたが、そのうち追加で注文したお菓子が運ばれてくると、議論なんて放り出してすぐにそっちに夢中になります。


 針の魔法使いとの約束は二人とも大切にしていましたが、しかし全然深刻には受け止めてはいないのでした。

 あの優しい老女がなにかの運命に命じられてこの帽子を作ったのなら、持ち主はいつか必ず自分たちの前に現れるはずと、そう信じていたからです。


 それが誰の為に作られたものなのかは、作った針の魔法使いにもわかりません。

 ですがそれは、確かに誰かの為に作られたものなのですから。

   



 そういうわけで、久しぶりに使命らしいものを得たというのに、やっぱりこの二人の旅路から気楽さが抜けることは全然ないのでした。




 旅先で、二人は数々の事件に遭遇します。

 なし崩しに巻き込まれたこともあれば、自分から進んで首を突っ込んだこともしばしば。

 大騒動の原因になったことだって、まぁ一度か二度はあったかもしれません。


 事件の大小や内容にかかわらず、以前のユカは知恵と話術によって数々の修羅場を切り抜けるのが常でした。

 魔法使いである前に物語師、そのような自負から、極力魔法の力には頼らないのが彼という魔法使いだったのです。


 ですがこの冒険旅行の中で、ユカは数々の魔法の本を躊躇ためらいなく手に取りました。

 ある修羅場では挨拶代わりに川の水を暴漢どもにぶっかけて、これとは反対に別の争いの場面では、もったいぶった挙げ句に満を持して、ド派手な効果の魔法を二冊三冊と続けざまに繰り出しました。

 歴史的な熱波にうだる町を冬霧と涼風の合わせ技で冷やしてあげたり、飼い犬とお話してみたいという少女の夢を叶えてあげたこともありました。


 魔法使いが嫌われ者だった世の中が終わったから……というより、これは全面的に色の魔法使いの影響でした。

 魔法を使って堂々と人助けを続け、その行いにより魔法使いの名誉を取り戻した、そんなかっこいい兄の真似っこをしてみたかったのです。



 動機はともかく、こうしたユカの活躍は各地で伝説を作ります。

 そしてその伝説は、呪使いの情報網によってもれなく左利きに届けられます。



 各地の詛呪院(そじゅいん)から伝えられる宿敵の活躍ぶりを耳にした左利きはといえば、あるときは『語り部め、どうやら息災のようだな』と口元と頬に微笑を浮かべ、あるときは『……息災なのは結構だがもう少し地味にやれんのか』と頭を抱え、そしてまたあるときには『あの野郎ただじゃおかねえ!』と殺意をほとばしらせました。


 しかしこうした左利きの反応をよそに、ユカの活躍はいつでも左利きと一揃いになって語られます。

「また本の魔法使い殿がやってくれたぞ、流石我らが英雄殿の宿敵だ!」と、宿敵という言葉がまるで盟友と同義の言葉として用いられます。

 さらにさらに、各地で人助けをして回るユカの旅路は、実は多忙な左利きが自分の代役として派遣した世直しの旅なのだとの出鱈目が、これもまた真しやかに語られて(ユカの冒険欲に火を付けたのは確かに左利きではありましたが)。


 ――ああ、このお二方の関係は、なんだかとっても尊いなぁ。


 左利きの鬱積はここでもたまる一方でした。




   ※



 悩み多き宿敵とは対照的に、ユカとリエッキの毎日には悩みなんて全然ありません。

 毎日が楽しくて楽しくて仕方なくて、過ぎゆく月日すら忘れてしまうほど。


 だから、二人が骨の魔法使いの森に最初の里帰りをした時には、旅立ちから実に三年と半年が経過しておりました。


「ただーい……ぎゃっ!」

「あ、ユカ! ……んひゃっ!」


 外縁部分の森を抜けて聖域内部へと踏み入ったユカたちに、踏み入った瞬間に毛むくじゃらたちが襲いかかりました。

 前の帰郷の時と同じように山猫が、しかも今度は親猫ではなく二頭の子猫たちが(ああ、前よりもっと大きくなってる!)、ユカとリエッキにそれぞれのし掛かって、全力でじゃれつきます。


 子猫たちの後ろには親猫もいて、そしてその背中には、やっぱりあの人の姿が。


「薄情者さんたちめ。家族のことなんて忘れて、すっかり冒険に夢中だったのね?」


 言葉とは全然あべこべの喜色満面で、骨の魔法使いは嬉しそうにそう言って。

 それから、押し倒されたままのユカとリエッキを、左右の手で同時に撫でました。


「二人とも、おかえりなさい」

「うん、ただいま!」

「……ただいま、です」


 これが帰郷の第一場面でした。

 外の世界で存分に冒険を楽しんできたユカとリエッキに、「でもやっぱり家が一番だなぁ」と再確認させるような、そんな場面。


「実はね、あなたたちがそろそろ帰って来るのは、なんとなくわかっていたのよ」


 屋敷への道すがら、骨の魔法使いが言いました。

 どうして? とユカが尋ねますと、母親の勘、姉の勘、それから兄の勘、と母たる魔女は歌うように答えます。


「みんななんとなく予感していたのよ。そしてそれはぴったり当たった」


 私たちは魔法使いなんですからと、そう運命を肯定した針の魔法使いの言葉が思い出されました。なにしろこの森には魔法使いが三人もいたのです。


「あの女と旦那は、達者でやってるか?」

「ええ、元気元気の無病息災。みんなで子育てにてんやわんやしてる」

「そう聞くと、大変な時にいなかったのが、ちょっぴり申し訳なくなってくる」


 そう言ったユカに、骨の魔法使いがもう一度「薄情者さんたち」と笑って言います。


「二人の赤ちゃんにも早く会いたいなぁ。というか、もしかして僕ってばおじさんて呼ばれる立場? それはなんか、やだな。せめてまだお兄さんて呼ばれたいぞ」


 そういえば、赤ちゃんは男の子だったの? それとも女の子?

 ユカのこの質問に、森の魔女は意味深に微笑むばかりでなんにも答えてくれません。

 それは会って自分で確かめなさいと、そう言うように。


「ユカくん! リエッキちゃん!」


 屋敷に入った瞬間、ここでもさっき再現です。

 山猫たちがじゃれついてきたみたいに、今度は踊り子が、両手をいっぱいに広げてユカとリエッキに抱きついてきたのです。

 この姉の全力の愛情表現も全然変わっていなくて、ここでも二人は「帰ってきたなぁ」と実感します。

 そんな三人の様子を微笑ましげに見守りながら、姉とは対照的に物静かな兄が、静かながらも愛情の籠もった声で「おかえり」と言ってくれます。


 ユカとリエッキはもう一度、ただいま、と言いました。


「そういえば、赤ちゃんの姿が見えないけど」


 室内を見渡しながらユカが聞きますと、「今は外遊びに連れ出されてるんだ」と兄。


 はて、ここには大人が全員いるのに、連れ出すって誰が?

 ユカとリエッキがそんな疑問を抱いた、その直後。

 舌っ足らずな「ただいま!」の声がして、開けっぱなしの扉から元気よく誰かが家に飛び込んできました。


 小さな子供でした。

 いいえ、子供たちでした。


「ほら、ユカお兄ちゃんに挨拶なさい」


 そう母である踊り子に促されてちょこんと頭を下げたのは、そっくりな顔をした男の子と女の子でした。


「双子だったのよ」と踊り子が説明します。「父親の血かもしれないわね」


 不思議な顔で自分たちを見つめ返す子供たちを見ながら。

 ユカとリエッキの心に生じていたのは、驚きよりも納得の念でした。

 二人は黙って顔を見合わせて、黙ったまま頷き合います。


「そうか……この子たちだったのか……」



 間違いようなどありません。

 帽子の持ち主は、今こそ二人の前に現れたのです。


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