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図書館ドラゴンは火を吹かない  作者: 東雲佑
■ 六章 司書王

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◆9 『やってやるぜ! 私の物語はここからはじまるのだ!』

 手紙! そう、お手紙です!


 たまには手紙くらい寄越せという宿敵との約束を、もちろんユカはちゃんと守っていました。

 旅の合間のわずかな(いとま)や寝る前などに筆を執り、毎日少しずつ書き進めて、「僕ってお手紙を書くのも結構好きみたい!」と自信満々、リエッキに披露します。


 ユカのお手紙を一読したリエッキの感想は「……うわぁ」とか「……ひどい」とか「……わざとやってんのか?」といったようなもので、この反応を見ただけでも『好きこそものの上手なれ』という言葉がいかに信用ならないかがわかるというもの。

 問題点を指摘しようにもほぼすべてが問題だけで構成された破滅的な悪文に、「……これをマシにするより自分で書いたほうが全然楽だ」とリエッキは結論します。


 かくして、添削や監修は早々に諦めて、彼女は彼女で別途お手紙を書くようになりました。


 さて、二人分のお手紙が完成すると、ユカとリエッキはそれをあちこちに点在する詛呪院(そじゅいん)に持ち込むのですが、二人にとっての不思議はここで発生しました。


「……え、本の魔法使い? ご本人? お、お会いできて光栄です!」


 ユカが身元を告げた瞬間(ごめんください、そちらの左利きの宿敵のものですが)、出迎えた若い呪使いはビッと背筋を伸ばして、敬礼同然の挨拶に声を張ったのです。


 上役や上官にでもそこまではしないだろうという恭順きょうじゅんの態度に、ユカとリエッキは「なにこれ?」と顔を見合わせたものですが、しかし最初の詛呪院(そじゅいん)で見られたこの現象はこれに続くすべての機会にも共通しておりました。


 ユカたちにとっては奇妙極まりない(リエッキは不気味とまで言い切りました)呪使いたちの反応、その裏側にはどのような事情があったのか?

 それを語る前に、まずはあの彼のその後を語らせていただくとしましょう。


 そうです。ユカとリエッキが不在の間の、宿敵左利きの奮闘記でございます。


『やってやるぜ! 私の物語はここからはじまるのだ!』と高らかに宣言した(え、だいぶ誇張されてるって?)左利きは、いざ改革に着手するにあたって、まずは状況を正しく把握するところからはじめました。

 組織の現状を徹底的に腑分ふわけして、問題点を洗い出して、どこから手を付けるべきかを検討して。


 そうして彼が「……ダメだ、この組織は腐りきっている」と結論したのは、交流会の終わりに左利き自身がユカにこぼした通りです。


 もはや手の施しようのない腐敗、正しようのない歪み……

 そうした現実を前にして、左利きはどのような方策を立てたか? どのように立ち向かうか、その戦略は?


 いいやもう全権を握っちまえ、と考えました。

 ちまちま働きかけてもらちがあかねえから手っ取り早く自分が独裁しちまおう、と。

 なにごとにつけ(れい)()(れい)(てつ)な左利きらしからぬ極端なこの結論は、そこまでやってでも必ず呪使いを変えてみせるとの覚悟の表れに他なりません(それかブチギレて短絡を起こしたか。寝不足だったのです)。


 とはいえ、全権掌握と一言に申しましても、もちろんそれ自体が大変に至難。

 それになにしろ独裁はただの手段で、最終的な目標は組織の浄化と健全な運営。

 ならば肝心要は人を動かすこと。支配するのではなく、ある程度自発的に動いてもらわねば。


 そういうわけで、急遽きゅうきょとして政治の季節到来です。


 幸いにも影響力はすでに絶大なものがありましたので(電撃的な登場! 呪使いなのに魔法使い!)、あとはそれをどのように運用するかが問題でしたが……

 ここで、左利きが(えら)んだ戦い方は二つ。

 それも『恐怖』と『懐柔』という、両極端な二つです。


 より具体的には、組織の上層を牛耳る年長者たちは恐怖で縛り上げて、足下を支える若年層は甘言を弄して懐柔するというもの。

 かたや露悪、かたや偽善の汚れた二刀流ではありましたが、もうこうなったら王道よりも覇道、手段は選びません。


 さて、この両面作戦は、どのような次第を経て、どのような首尾を収めたか?


 まず恐怖と露悪の側面からお話しましょう。

 最高の呪使いである左利きを認めたがらぬ者は、こちらの作戦の対象である年長者たちに多く見られました。

 年功序列の社会を生き抜きようやく良い席にありついた者たち、既得権益にしがみつく者たち。

 彼らは左利きを若造と決めつけて侮り、必要に応じては伝統と文化を持ち出して、はたまた「魔法使いなど認められるか!」と罵って、とにかく不承を投げつけます。


 こうした年寄り連中に口を利いたのが、いまやすっかり左利きの片腕となった中年呪使い。

 彼は自分と同期かそれより上の年長者たちに、左利きの話を吹き込みます。


 左利きの天晴れな骨柄こつがら、見事な大人物ぶりを?

 いいえ、怖気を震う彼の恐ろしさを、です。


「あの若者は、目的の為ならば手段を選ばぬぞ。その為の魔法(ちから)も、持っとるぞ。なにを隠そう吾輩も仕方なく従っておるのだ。楯突くと、呆気なく呪い殺されちゃうぞ」


 たとえ千人いや万人の呪使いを揃えても、あやつにはまず敵わぬぞ。


 証言を聞いた者たちは一様に背筋をゾゾっとさせました。

 左利きが魔法使いなのは公然かつ歴然の事実。彼の使う呪い(まほう)の中に呪殺のそれが含まれているのは、これもまた事実。

 白昼堂々行われたユカと左利きの決闘、その凄まじさは多くの呪使いも目撃しており、だから『万人でも敵わない』という評価も容易く信用されます。


 そして、件の決闘の最後に左利きが使った呪いは、こともあろうに『共殺し』。

 手段を選ばないというなら、これ以上の不問っぷりは、ない。


「それにほら、吾輩が貴君の後見人なのは知れ渡っておるからな。その吾輩の熱心な世話役ぶりが実は恐怖により強いられたものと、そう聞いて奴ら目を丸くしておったわ」


 そう明かした中年呪使いはしかし、本人の為とはいえ左利きを暴虐の主として語ってしまったことを後ろめたく思っているようでした。いやはや、純粋な人なのです。



 こうして対立する者たちを、まぁ協力的とまではいわぬまでも沈黙させることに成功して、恐怖政治は大成功!

 では翻って、懐柔政策のほうはどうだったか?



 こちらは、ほとんど行動する必要すらありませんでした。

 左利きという人物に対して若い呪使いたちが注ぐ視線は、もとより好意的なものが大多数。

 これに加えて、前述した恐怖政策により彼が年長者たちを(みんなもひそかに「老害」呼ばわりしていた連中を)威圧して震え上がらせているとの噂が広まりますと、これはもう痛快の上にも痛快! さらに支持者は増えます。


 そしてなにより若者たちの心を打ったのは、魔法使いでもある左利きが全然魔法を使わなかったこと。

 あの呪い(まほう)を使えばたちまち解決する問題に時間をかけて取り組み、この呪い(まほう)を用いれば消え去る苦労を律儀に背負い込む。

 そんな左利きに誰かが理由を問えば、彼はいつでも仏頂面でこう答えました。

 私は魔法使いではなく呪使いだ、と。


 呪使いは魔法使いに劣っていると考えていた多くの者たちにとって、左利きの振る舞いは麻薬でした。自尊心を強烈に刺激する麻薬。

 呪使い(われわれ)呪使い(われわれ)でいいのだとそう肯定してくれる、どんな甘言にも勝って甘露な囁きでした。


 だから、甘言を弄する必要なんて、なかった。

 だって、無自覚な正善の前に、偽善の出番なんてどこにあるでしょうか?



 こうして若い呪使いたちを中心に(もちろん、年長者たちの中にだって少なからずいたのです)左利きの信奉者は増え続けたのですが、ここで誤算が発生します。

 彼らは左利きだけでなく、自分たちの若き英雄(カリスマ)のその宿敵である本の魔法使い、すなわちユカのことまでも好意的に捉えたのです。


「ここだけの話、我々の英雄と本の魔法使いは昵懇じっこんの仲らしいぞ」

 との噂は全然ここだけの話に留まらず大きく拡散し、


「あの御方と本の魔法使いが共謀して我々呪使いに誇りを取り戻させたのだ」

 と真しやかに出鱈目が流布され、


「本の魔法使い殿は命がけで我らの英雄を救ってくださったらしいぞ」

 とあちこちで囁かれます。


 あの御方の救い主ということは、畢竟ひっきょう、呪使い全体の恩人ではないか!



 詛呪院(そじゅいん)に置けるユカへの歓待ぶりの裏には、つまりこのような背景があったのです。


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[一言] ユカったら! その身元の明かし方はないじゃろ……w
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