◆6 絶対自由の冒険旅行
読者よ、親愛なる読み手よ。
かくして、ユカとリエッキは再び旅の空へと帰りました。
再びの旅はしかし、もはや使命の旅ではありません。
一生を賭してと誓った理想はすでに達せられていて、満願はすっかり成就していて、重い使命なんてなんにも帯びてはいないのです(もともとユカがそれを重いと感じたことなんてなかったのですが)。
あえて使命や命題をあげるなら、もちろんそれは楽しむこと。
左利きの教えてくれた古今東西津々浦々のお話を道標に、でもそれに縛られたりも全然せずに。
無邪気な本能に遠慮なんて一切無用、興味の向くまま気の向くまま、旅するための旅の旅。
絶対自由の冒険旅行。
森を出発したふたりがまず最初に目指したのは乾燥地帯に位置する石の街で、お目当てはこの街の地下に広がる古代の地下都市です。
呪使いたちが調査を進めるも未だ全容の把握には至っていないという巨大な地下遺構ですが、ユカがなにより興味を引かれたのは、今を生きる人々とこの地下都市の関係です。
自分たちの足下に眠る謎の遺跡を街の人たちはごく当たり前のものと受け入れていて、どころか生活の為に役立てること遠慮もなし。たとえば、ある民家の寝室からはしごを下ればそこは古代人の便所跡で、この古の厠を上の家の主は夏でも涼しい食料庫として重宝に使っている、とか。
地下の世界を探検して、古今の生活の交わりを肌で感じて、なにか美味しい名物だってきっとあるはず!
……と、リエッキの聞かされた力説はこのようなものでした。
石の街まではまっすぐ行ってもだいたい一月はかかる距離で、だけど寄り道だってたくさんします。
枚挙に暇のない寄り道の一例をあげますと、たとえば毒のあるきのこを死なずに美味しくいただける料理を食べに行ったり、川の中州に暮らす老人を訪問して「どうしてこんな不便なところに一人で住んでるの?」と聞きにくい質問をぶつけてみたり、やたらと山羊が集まるという断崖絶壁を見物しに行ったりもしました(この崖の下には山羊が足を滑らせるのを待ち続ける猟師が住んでいたのですが、そういう幸運にはこれまでのところ一度も恵まれてないそうです)。
こういう具合でしたので、ようやくふたりが石の街に辿り着いた時には、一月の倍の二月が過ぎておりました。
楽しいなぁ、とユカは思います。
人生はとっても楽しい! あいつの言った通りだなぁ。だってこれを楽しみ尽くすには、人の一生って確かに短すぎるもん。
そんな風にこれまでの旅路を(もちろん、寄り道も込みで)うんうんと肯定して、大事に食べ進めていた名物の氷菓を、もう一匙だけ口に運んで。
そこで、ふと不安になりました。
「ねぇリエッキ。君は行きたいとこ、ある?」
向かいの席で同じように氷菓に取り組んでいたリエッキに、そう問いを投げます。
思い出されるのはあの盲目の日々です。
左利きとの決闘にのめり込むあまりリエッキのことを見失っていた、度しがたいほどの自分の愚かさ。
もしかして、楽しんでいるのは自分だけなのではないか?
もう二度と繰り返さないと誓った失態を、知らぬうちにまた繰り返してしまっているのではないか?
「行きたいとこだけじゃなくて、たとえばやりたいことでも、見たいものでも、食べたいものでも、なんでもいいよ」
君の希望を聞かせてよ、とユカは言いました。
リエッキは少しだけ考えて(しかしその間も氷菓への真剣な眼差しは少しも緩めることなく)、言いました。
「あんたは次にどこに行きたい?」
答えるのではなくて、逆にそう問い返したのです。
質問に質問で返されたユカでしたが、しかしそこは根っから素直な彼のこと。
再び問い直したりする前に、とりあえず問われた通りに自分の希望を答えます。
「うーんと……ずっと火が出てる地面の穴は見にいきたいかも。あと砂漠に建てられた巨大な像、時代によって神様にも悪魔にもされてきたっていう話の。でも一番は、やっぱり朝の来ない国かな。ほら、僕たち語り部は夜の種族だからね。一日中ずっと続く夜なんてものがあるのなら、是非ともその夜に身を浸してみたい」
弾む口調で答えたそのあとで、「それで君は?」と、あらためて問い直します。
リエッキは答えました。
「じゃ、見たいのは火の出る穴と砂漠の像で、行きたいのは朝の来ない国だ」
「うん! ……うん?」
ようやく得られた回答に元気よく応! と肯いたユカは、肯いたその三秒後に「あれ?」という顔をします。
そんなユカに対して、それがわたしの答えだよ、と念押しするようにリエッキ。
「わたしの行きたいところは、あんたが行きたいところだよ」
言ったと同時に空っぽになった器を卓に置いて、「……あ、食べたいものなら一つ。氷菓のおかわりが欲しい」とリエッキはユカに要望します。
親友の言葉と態度がまったく本心からのものであると、それがわからぬユカではありませんでした。
それが自分に対する忖度や遠慮、あるいは主体性の欠如による付和雷同などではないのだと。
それが伝わらないほど、この二人の関係は――。
「わかった! それじゃあ次は朝の来ない夜を見にいこう!」
でもその前に氷菓の食べ納めだ。
ユカは店主のところまで立ってゆき、二人分の氷菓のおかわりを大盛りで注文します。
なにしろ次に目指す夜の国はたいそう寒いところだと聞いています。氷のお菓子を美味しく食べられるような気候ではないはずです(石の街は温暖な土地柄でしたが、この街の地下には古代の議事堂にまるごと手を加えた巨大な氷室が存在しており、名物の氷菓は一年中楽しむことができるのでした)。




