愛想笑いも愛想が尽きた
この国の学園には基本的に貴族が通うが、一部僅かに平民がいる。
その理由として、学業に秀でたもの。魔力が豊富なものなどを導くためというものがある。
特に、魔力が豊富なものには使い方を教え込まなければどんな切っ掛けで暴走するか知れたものではない。
学業に秀でたものが漏れる分には構わないが、魔力の暴走で被害を被るのはごめんである。
そういうわけで、十歳の誕生日には必ず最寄りの機関に赴いて検査を受けることが義務付けられているのだ。
コリンヌも魔力が豊富な者の一人で、十五歳で入学となるまでは魔力を抑える首飾りを常時身に着けて過ごしてきた。
あくまで暴走させないための仮初の処置であるので、体に負担が掛かる。
背はあまり伸びないし男性なら声変わりさえ遅れる。
常に体が重たいし病弱にさえなる。
故に、平民であった場合は入学を今か今かと待ちわびているものである。
コリンヌは特に魔力が多く、寝たきりになる日さえあるくらいだった。
それが、入学して魔力を操る術を教わり、首飾りを外してよくなってからというもの。
体は軽いし病気の気配もない。
背もなんだか伸び始めている。
見た目十三歳くらいだったのが、見る見るうちに年齢相応に成長していく。
それが分かってとても嬉しかったのだ。
学園から貸与されている制服も、その成長速度に見合うようにとオーバーサイズで渡されているが、それさえまた小さくなるというのが喜びであった。
そして彼女は元々の朗らかさを取り戻し、平民が纏められたクラスでのびのびと学習し、優秀な生徒という成績をたたき出した。
特に農業の研究に関する授業では頭角を現し、研究機関への就職はどうかと勧められまでした。
コリンヌもそれに乗り気であった。
実家は農家で、十年から二十年に一度ほどある冷夏で作物が寂しいことになることがある。
その冷夏が九歳の時に来た時、本当に苦労したし、村の皆でなんとか乗り切れはしたけれど大人たちが頭を抱えている様子に心を痛めもしたのだ。
しかし、冷夏に強い作物を開発できたなら。
次の、あるいはその次の冷夏で困る人を減らせるのじゃないだろうか。
そんな思いから、コリンヌは学園の中で過ごすうちの自由時間を勉学に費やすこととなっていた。
そこに横槍を入れた屑たちがいる。
第一王子こと王太子とその取り巻きである。
なんでも、クラスメイトと無邪気にお喋りするその笑顔に惚れたとかで、強引にコリンヌを呼びつけてはくだらない話を振ってくる。
それを愛想笑いを浮かべてはいはいそうなんですねと聞き流し続けているのだが、その時間は無駄である。
こんなことしてる時間があったら教授にあの論文の話を聞きにいけるのに、とか、内心青筋立てながら考えていたわけで。
なのに王太子とその取り巻きのご令嬢たちにもなぜか嫌われ。
クラスメイトからさえ距離を取られ始め。
夏休みの間、寮にこもって好き勝手勉強に耽っていた中。
コリンヌはふ、と。
もう仮面とかいらないかなあ。
と、思ったのだ。
季節は秋のはじめ。
夏休みが終わったことで学園はまた生徒で賑わっている。
そんな中、いつものようにコリンヌをさらいに来た王太子は、仏頂面で笑み一つ浮かべていないコリンヌに、
「え、嫌ですけど。
いつも迷惑してるのでもう来ないでくださいますか?
それと婚約者さんたちと仲良くしたほうがいいですよ。
私、誤解されてるので」
「は?」
「それじゃあ。私、次の授業の準備があるので」
きわめて事務的な物言いで拒絶され、ぽかんとした。
王太子は顔面偏差値が高く、地位も王を除いて最上位ということもあり、これまで周囲に何かを拒まれることもなければ犬猫のように追い払われることもなかった。
しかしコリンヌは王太子を拒否し、追い払おうとした。
何かの間違いかともう一度声をかけたが、コリンヌは無視。
腕を掴んだところ、もう片手に持つペンで手の甲を思い切り刺された。
「邪魔です。どっかいってください」
机の上に広げた帳面から目を離さないまま、低い声で言われ、やっと王太子はそこで撤退したのだった。
本来であれば王太子に傷を付けるなど大罪である。
しかし見ていた周囲は「いやでも女の子の体に勝手に触れるなんて」と証言するし、たまたま早く来ていた教師も「あれは殿下が悪いですよ」とあっさり言うものだから、罪にさえ問えなかった。
学園の中にいる間は身分そのものは軽視され、一人の生徒として見られるのが通常なのもあり。
その頃になってやっと王太子は平民のクラスがある一角への立ち入りを禁止されることとなった。
コリンヌが担任教師に訴えかけたのだ。
勉学の妨げとなる、と。
担任教師は学園長にその旨伝えた。
コリンヌは大変優秀な生徒であり、今後就職するだろう機関での活躍が大いに期待できる人材である、邪魔をすることは許されない行いだ、と。
その熱弁っぷりに学園長――王弟である――はあっさりと禁止令を出した。
勿論破れば即刻報告させ、兄に苦情を入れてしっかり叱ってもらう事にした。
そのため、王太子は数度禁止令を破ろうとして親からきつい説教を受けることになった。
さて、平民クラスは基本的に1クラスで済む程度の人数しかいない。
なので3年間通う内使うのは3クラス分の教室程度、薬学等の器材を使う授業は学ぶ範囲にないのでずっと同じクラスで過ごすことになる。
昼食も平民目線クッソ高いお値段のレストランなど使うわけもなく持ち込みである。
なのでコリンヌはその後、王太子たちに付き纏われることなくのびのびと勉学に励み、専門機関へ就職していった。
彼女はそこでも頭角を現してたった6年で冷夏に強い新たな麦を開発し、その人生を終えるまでにいくつもの野菜を品種改良した。
王太子たちは、と、言えば。
婚約者がいながらにして他所の女にうつつを抜かし、しつこく追い回そうとしていたという事実があって、婚約者たちには尻に敷かれる人生を送ることになった。
一度ならず癒しを求めて愛人を作ろうとした者もいたが、商売女の一瞬見せる素の表情に、愛想笑いなんだなこいつも、と思うとやりきれなくなったとか。
その後も国は続いていったので、お芝居風に言えばめでたしめでたし、だろうか。
本人たちがどの程度めでたい終わり方をしたか個人差はありはするが、総合してまあよろしい、程度に落ち着いたのは確かである。




