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◇◇◇ランドリック視点・憎い女のはずなのに◇◇◇

本日三回目の投稿です。


 俺の目の前で倒れたルピナを、咄嗟に駆け寄って抱きかかえる。


「ランドリック様⁈ ここはゼカ風邪が蔓延していて危険ですから、そんな女は放っておいてください!」


 明るい小麦色の髪の女が叫ぶ。確かグリフェといったか。

 それを無視して、俺は側にいたモナについて来てもらい、ルピナを彼女の部屋に連れていく。


 後ろでまだ何か言っていたあの修道女にはあとで話を聞いておきたいところだが、いまはルピナを休ませることが先だろう。


「助かります。あたしじゃルピナを抱えられないから」


「いや、いい。それより、ゼカ風邪はそんなに蔓延しているのか?」


 先日訪れた時はここまで酷くなかったはず。


「はい。でも、冬のゼカ風邪と違って、喉の腫れ具合が酷いようなんです」


「喉の腫れ……?」


 ゼカ風邪の症状は咳と熱だ。初期のうちに処置すれば問題ないが、放置すれば高熱に苦しみ、体力のない子供や老人だと死に至ることもある。だが、喉の腫れなどはない。


(本当に、ゼカ風邪か……?)


 季節も気になる。

 ゼカ風邪がはやるのは毎年冬の時期だ。真夏のいま流行るような病ではないはずだ。


「ルピナが煎じてくれた飲み薬のおかげで普段よりずっといいんですけれどね」


「彼女は独自に薬を作れるのか?」


「えぇ。修道院に来る前はお母様のご友人が薬師だったそうです。それで習ったことがあるのだとか」


 ……アイヴォン伯爵夫人の友人が薬師?

 あり得ないのではないだろうか。

 何度か会っているが、ルピナほどではないにしても選民意識の強いご婦人だ。


 その彼女が薬師などという平民がなる職業の人間と親しくするだろうか。治癒術師ならまだわかるが。

 ましてや、娘のルピナに薬草を触れさせるだろうか。ルピナもルピナで「そんな雑草をわたしの前に出さないで!」と叫びそうだ。


 怪訝に思いながらもルピナの部屋につき、そっとベッドに横たえる。


「無理させ過ぎちゃった……」


 モナが泣きそうな声を出す。

 最近ずっとルピナといる彼女はルピナの治癒魔法に頼らず、できるだけ薬で処理していたように思う。

 ルピナに命じられて雑用をやらされているのかと思い、気にかかっていた。


 だが彼女は脅されている様子もなく、自主的に手伝っているようだった。そんな彼女でもルピナの治癒魔法に頼らねばならないほど患者の状態が悪かったのか。


「そんなに患者が急増しているのか?」


「そうですね。なんせ、患者がどんどん増えてしまって。喉の腫れが酷くなってから来る患者もいるから」


「……患者を、いますぐ隔離したほうがいい」


「えっ」


 俺の勘違いならいい。

 だがもしかすると、これはゼカ風邪じゃない。


 以前隣国で流行った病に似ているのだ。確かクゼン病といったか。

 初期症状はゼカ風邪に似ているのだが、激しい咳と全身の痛み、喉が酷く腫れて呼吸困難を起こす。喉の痛みを止められれば呼吸困難は免れるが、放置すれば息が出来なくなり死亡する。


 杞憂であればいい。だが、万が一ということがある。

 ベッドの中のルピナが苦し気に身じろぎする。ぐったりとした身体は熱もあるようだ。


 この状態で治癒魔法を行使していたのだろうか。

 無茶をする。


「でも……」


 モナが席を立つのを渋る。

 ちらりと、俺とルピナをみる。

 あぁ、そうか。


「ルピナの看病を俺がするわけにはいかないか。モナは彼女を診ていてくれ。俺が院長に隔離を進言しておく」


「っ、ありがとうございます!」


 がばっとモナに頭を下げられた。ヴェールがめくれそうな勢いに苦笑する。

 部屋のドアを開けていても、未婚の、それも婚約者でもない異性を残してはいかれなかったのだろう。護衛騎士も部屋の外に控えてはいるが、こちらも男性だ。


 俺がベット脇を退くと、すぐにモナがルピナのヴェールを少しずらして薬湯を飲ませた。


(やはりルピナで間違いないのか……)


 あの口元はルピナだ。

 気に入らないすべてのものをその権力においていびり抜いてきた悪女。


 なぜか最近修道院では大人しくしているようだが、ルピナであることに間違いはない。

 ベジュアラを泣かせ続けた悪女を、俺はなぜこうも気にしているのか。


 院長に話を付けようと向かっていると、先ほど俺に話しかけてきたグリフェが駆けつけてきた。


「あのっ、あいつはまたサボってるんです!」


「あいつ?」


「ルピナですよ!」


「また、というのはどういうことだ」


「この間もお話しましたでしょう? ルピナは町で遊び惚けて門限にも遅れたんです。治療だっていつも手抜きで、みんな迷惑しているんです!」


 グリフェと共について来ていた修道女二人も頷いている。

 手抜き?

 熱を出して倒れるまで治療に当たっていたというのに。たったいま、意識のない彼女の部屋を出てきたばかりだというのに。


 この間の街での出来事は一部始終知っている。破落戸に誘拐されかけた子供を助けたがために門限に遅れただけだ。それを、遊び惚けて遅れたと嘯くとは。


 そもそも俺が街へ行ったのも、こいつが俺に嘘を言ったからだった。ルピナがサボって遊びに行ってしまったと。軽くため息をついて聞き返す。


「みんなとは?」


「えっ」


「誰と誰と誰が言っている? 俺の耳にはお前が言うこと以外は届いていないが」


「みんな、は、みんなで……」


「だから名を言えといっている」


 ヴェール越しにも分かる戸惑った声を無視して、俺は問い詰める。

 口ごもり、後ろの二人も顔を見合わせて俯く。

 こいつらは何をしているんだ?


「ルピナが治療を怠っているというのなら、お前たちは今ここで何をしている? 他の修道女達は患者につきっきりのようだが」


「あ、いえっ、その……」


「それと、お前に聞きたいことがある。俺は先日お前に塗り薬を預けたと思うが、いまそれはどこにある?」


「っ!」


 びくりとグリフェの肩が跳ねた。

 先日この修道院を訪れた時は、ルピナが不在で直接渡せなかった。


 丁度グリフェが俺の対応に当たったので渡しておいてくれと頼んだのだ。

 けれどルピナは知らないようだった。

 カタカタと震えるグリフェはもう答えをいっているようなもので、ため息が出る。


(ルピナの分としてではなく、修道院にそれなりの数を寄付すればよかったな)


 あまりにも手荒れが酷かったから、ルピナの分だけを持ってきてしまったのだ。王宮で使う塗り薬だ。当然効果が高い。魔が差すというものだ。 


「紛失なら紛失で仕方がない、後日まとまった数を修道院に寄付しよう。お前たちは早く持ち場に戻るがいい」


「あ、ありがとうございますっ、失礼しますっ」


 三人は足早にかけ去っていく。


(俺が気にかける必要は一切ないんだがな……)


 悪女たるルピナが陥れられようと、彼女の手が酷く荒れていようと、俺の知ったことではない。むしろ、ベジュアラのことを思えば当然のことですらあるのだ。


(悪女が、ほんの少し良いことをしたからといって、それまでの行いがなかったことにはならないんだよ)


 虐げられて、傷つけられて、これまでの行いを悔い改めればいい。


 ……なのに俺は、どうしてもいまの彼女が気になって仕方がない。

 自身も熱を出しながらも、倒れるまで患者の治療に当たっていたルピナが。


 頭を振って切り替える。

 いまは、クゼン病の可能性がある患者を隔離することに集中すべきだ。

 無理やりルピナの事を心の中から追い出して、俺は院長室へ急いだ。    


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