9.【第二図書室】連絡先◆ネクラ
第二図書室にぜんぜん行けてない。
たまに今だ、と出ようとすると女の子に話しかけられたりして、俺はウンウンソウダネマシーンとなって頷いていた。
ひりあちゃんに、会いたい。くだらない話をしたい。モンスターごっこもしたい。
その日も休み時間のチャイムと共に女の子に囲まれて、でくのぼうをやっていた。いつも気がつくと周辺の女子同士で盛り上がっているから、俺は本当に必要がない気がする。黙ってその場で話を聞いていろということなんだろうか。
「佐倉君、増田先生が呼んでたよ」
ぱっと顔をあげる。やった。持つべきものは毛深い担任だ。解放されて急いで職員室へ行くと、先生が自分の頭頂部をこちらに向けて指を指した。溜め息混じりにこぼす。
「なぁ、ここ、見てくれよ」
「はい」
「な?」
「なにがですか」
「白髪! 前はこんなになかったんだよ! なぁ、どうしたらいいと思う? おまえんちの父ちゃんどうだ?」
白髪は、抜くか染めろと言って職員室を出た。なんなんだあの担任は。毛深すぎるし自由すぎる。
はっとなる。まだ時間はある。第二図書室だ。
教室からはわりと離れているそこに走っていって扉を開けてそっとしめる。いるだろうか。
はたして「ネクラ君?」という小さな声が奥から聞こえた。
「久しぶりだね」
言ってから、いや、三日くらいしか経ってないのにおかしかったろうか、と思っていると向こうから「久しぶりだよ!」と元気よく聞こえてきた。声を聞くとホンワカする。
「わー、なんか、にやにやしちゃう! 久しぶり久しぶりー!」
そんなことを言われて俺のほうがよほど頰の筋肉を弛緩させている自信がある。
「ネクラ君は、やっぱりクラスで友達できない?」
「うーん、できないどころか、女子のひとりに嫌われたりして……」
「え、なにそれ!」
「隣に座るのを嫌がられたり……」
校長室で西園寺さんに避けられたことをほわんと思い出して言う。一体自分が何をしたのかわからないけれど、ああいう天上人にはきっと俺のヤバヤバしい内面がわかってしまうのかもしれない。なにもかも見透かされてそうな瞳が怖い。
本当に、こんな俺と普通に話してくれるのも、こんな俺が普通に話せるのも、ひりあちゃんだけだ。
「え、隣の席の子に? それはほんとひどいね……」
隣の席の、ではなかったが、特に訂正しなかった。説明しようとすると細かな話になる。
「でも、それまではそんなことなかったから、俺がなにかしたのかも」
「そんなことないよ! それは相手が性悪女なんだよ」
一生懸命な口調に、色々思い返して苦笑いしてしまう。
「べつにいじめられて避けられてるとかじゃないんだけど、やっぱり女子は苦手……はは」
「そっかあ」
「あ、ひりあちゃんは話しやすいし、苦手とかでないよ!」
どんどん話しやすくなっている。
しかし、話しやすいのは顔を合わせていないからもある。名前を知られてないのもいい。俺だと思われていないから自意識がだいぶ気楽だ。この時点で俺は顔を合わせ名を名乗る気はまだゼロだった。そのくせもっと会いたいと思っている。
「……わたしが同じクラスだったらよかったのにね」
なんて嬉しいことを言うんだこの子は。
胸がきゅんきゅんする。
「そうだね。そしたら楽しいね」
そう言うと本棚の向こうでうふふと嬉しげな声で笑う。そして笑っているうちに面白くなったのか、さらにくすくす笑う。かなりの笑い上戸。ひりあちゃんほんと可愛い。好きになりそう。ならないように頑張るけど、今にもなりそう。俺、キモい。
「あのさ、ネクラ君」
ひとしきり笑ったあと、妙にかしこまった口調で彼女が言う。
「これ、なんだけど」
本棚の上から丸めたメモ紙が投げ込まれた。ぱしんと片手でキャッチして開くと、謎の、あまり可愛くないリアルなゴリラが親指を出してる写真のプリントされたメモに、手書きのアルファベットが並んでいた。
「あの……わたしの……連絡先」
「え、えぇっ!」
「いやあの、メール、メールだけ! なかなか会えないし、タイミングによっては鉢合わせたりするかもだし……どちらかが奥に入ったときに、話したいときに、いるよってだけ言えたら色々危険も減るかなって」
見るとnattodaisuki_gyudon_love@……と確かにメールアドレスだった。名前もわからない。牛丼と納豆が大好きなことしかわからない。
「な、なるほど!」
見えもしないのに深く頷いた。
というか、顔も見せたくないし、名前も名乗りたくないという互いの意思をなんとなく汲んだ上で安全のために連絡先を交換しようとしてくれている。なんて優しいんだ。優しいし賢いし可愛いし頭おかしすぎる。
幸い俺のアドレスも、namahage0923だから名前はわからない。誕生日が入っているけれど、そんなものでまずわからないだろう。あまり詳しくはないけれど、他のメッセージアプリと比べても匿名性が高い気もする。
ポケットからスマホを出した。学校で見つかると放課後まで没収なので、普段はみんなそんなもの持っていないような顔をしているが、たぶんみんな持っている。俺も一応持っている。ほとんど家としか連絡しないのに持ってはいた。
アドレスをうちこみ空で送る。
女の子と、連絡先を交換するなんて初めてだ。ドキドキする……。
「あ、きたよ」
「うん」
「なんでなまはげ……?」
「い、意味はない……」
ぷっとふきだす声が聞こえた。続いてくすくす笑う可愛い声も。ひりあちゃんは俺の寒々しい言動をいつも笑ってくれる。可愛い声で笑ってくれる。俺はそれだけで幸せな気持ちになる。
「ネクラ君は、休みの日はなにしてるの?」
「俺はだいたいバイトしてるかな」
「アルバイト?」
「うちの学校比較的裕福なやつ多いけど、俺は親に無理言ってここ来たから、学費の足しにしてもらうためにバイトしてる」
「へええ。えらいね」
「えらくはないよ。俺のうちの近くはちょっとガラの悪い学校が多くて……家からなんとか通える距離でちょうどいい学力のところ探したらここになった」
「そしたら、休みぜんぜんないの?」
「いや、バイトは長い休みのときメインだから、普段はもちろんあるよ」
休みの話なんてするからついそう言ってしまった。暇ですよアピール。ひりあちゃんと遊びに行けたら楽しいだろうなあ。なんとかして顔も名前も知られずに一緒に遊べないものか。
まてよ。二人とも忍者のコスプレして会えば……。
ひりあちゃんの声でくだらぬ思考から引き戻される。
「あのね、学校が楽しくなくても、休みの日とかに冒険すると結構気晴らしになるよ」
「冒険て、なにするの?」
「わたし春休みにね、いつもとちがう駅で降りたんだけど、色々あって楽しかった」
「え、どこ」
聞くと馴染みの駅だった。
「そこ俺の家の……」
そこまで言ったところで予鈴が鳴った。休み時間は話をするには、あまりに短い。
俺は帰ったらひりあちゃん直筆のアドレスメモを眺めてニヤニヤするはてしなくキモい予定を脳内で決めて、挨拶をして先にそこをでた。
廊下を歩いているときに気付く。
もうこれは色々手遅れだ。
完全に好きになってしまっている。




