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8.会えない◇ヒリア


 ネクラ君に、また会いたい。


 暇を見つけてたまに第二図書室に行っていたけれど、彼はいなかった。わたしのほうも先生の用事、次の授業の準備などで毎時間は行けない。この間は近くの廊下に佐倉総士がウロウロしていたので入れなかったこともある。口惜しい。休み時間ごとに今、いるかもしれないのに、と考えて過ごしていた。


 通りすがりの教室の扉を覗き込みながら、ひとりで座っている男子を眺めて、あの子かも、と想像をめぐらす。だけどすぐに友達が話しかけたりしていてちがうとわかる。別学年だろうか。去年いたのだから一年のはずはない。同じ学年か、三年生の可能性もあるか。

 わたしはクラスメイトの顔と名前すらきちんと全員覚えているか怪しい。関わりがないからなかなか覚えないのだ。どうあっても見つけられる気はしなかった。


 こちらの姿は見られずに、確認したいなんて、ちょっとずるい気もする。だけどやっぱり、見られるのは恐い。向こうのことは気になる。


 第二図書室から戻ってくると、教室近くの廊下で佐倉君が囲まれていた。たまたまだろうが、今日はまた一段と輪がでかい。

 ここを通り過ぎないとクラスに戻れない。


 佐倉君は相変わらず女子に囲まれても平然と対応している。しかも見てると「うん」とか「そうだね」とかあたりさわりのない返答しかしていない。何か聞かれてもそのほとんどを冷静な瞳で跳ね除けている。

 まぁ、人に心を開いてもらいたいときに集団で囲んではならない気がするので、そこらへんは佐倉君の罪ばかりではないかもしれない。


 それでもわたしに対するときよりは普通に受け答えしているように見えるのでやっぱりわたしのことは嫌いなんだろう。この間の校長室の掃除の時も、すごく避けられてる感じがした。なんもしてないのに……。わたしの顔、そんなに感じ悪いかな。

 これだけ女の子にモテるのに、男の仲良しもいるみたいだった。色々なモノを持ち合わせている彼がなんだか憎らしくもなる。


 前の扉から入ったほうが席が近い。目の前を通り過ぎようとしたとき、教室の後ろの扉からボールのようなものがまっすぐわたしの顔に向かってびゅんと飛んできた。


 突然のことに反射神経が追いつかず、ぎゅっと目をつぶる。


 ボールはいつまで経ってもわたしの顔面にはこなかった。


 硬くつぶっていた目を開けると、佐倉君の息を飲むような端正な顔が目の前にあった。視線を逸らすとそこに手があって小さなゴムボールをキャッチしている。


 話しながら、飛んできたボールからわたしを守った彼に周りがきゃあとかほうとか大興奮の悲鳴をあげた。


 教室の中から男子が慌てた様子で出てきた。


 佐倉君の周りにいた女子のひとり、山崎さんがその人に向かって言う。


「高山! 教室でボール遊びしないでよ! 西園寺さんの顔にあたるとこだったんだよ!」


「っ、さっ、西園寺さんのお顔に!? ヒエエエエエ! 大丈夫でありましたでございましょうか?!」


 真っ青になった高山君に大げさにペコペコと謝られる。


「まあ、佐倉君がとってくれたからね!」


 女子生徒がみんなで「ねー」「かっこよかったよねー」とまたきゃあきゃあ騒ぎだす。高山君は佐倉君からボールを受け取ってあからさまにほっと胸をなでおろした。


 わたしは場の空気についていけず、教室の自分の席に戻った。


 席に座って気付く。よく考えたら一応助けてもらったのにお礼も言ってない。でもあの集団の中に戻る勇気はなかった。佐倉君とお近づきになりたいのでは、とか誤解されたら嫌だし。でもそれってどうなんだろう。佐倉君が取ってくれなかったら顔面直撃だったのに。もやもやと考える。


 ていうか、高山君および男子は女子に囲まれた佐倉君が憎くならないのだろうか。あの扱いの差。


 その日のお昼休みに第二図書室に行って誰もいないことを確認して教室に戻る途中、空き教室で山崎さんと高山君が顔を近付けておしゃべりして笑っていた。

 山崎さんの表情がいつもと全然ちがう。楽しそうですごく可愛い。とても親密そうな様子だった。


 そうか。そういうことか。


 山崎さんに関しては、本当は佐倉君に強い興味があったり、リアルな恋愛相手として好きなわけじゃないんだな。

 佐倉総士はその近寄りがたさから、不思議なモテかたをしている。







 放課後、急いで第二図書室に行ってしばらくぼんやりとしていた。ネクラ君はやっぱり来てなかった。忙しいのかな。


 もう今日は来なそうだ。五分ほど待って扉を出た。帰ろう。


 教室に戻る途中、どこか急ぎ足の佐倉君が正面から来た。


 休み時間のことを思い出して声をかけようか迷う。結局お礼を言ってなかったから。

 ずいぶん急いでいるようだから、今度にしたほうがいいかな。いやでも、日が経つとなんの話だかわからなくなる。


 そうこうしているうちにすれ違いそうになる。まだ決心がつかないまま、とっさに腕をつかんでしまった。


「……っ、なに」


 佐倉君は相変わらず美しいが無愛想な顔で、わたしの目は見ないけれど、立ち止まって返事はしてくれた。


「あの……」


 おそらく急いでいるんだから、さっさとすまそう。それでなくてもこの人わたしのこときっと苦手なんだから。時間とらせちゃまずい。


 そう思うのに、なかなか言葉がでない。

 うつむいて無駄にモジモジしてしまう。


 顔をあげるとぼんやりこちらを見ていた佐倉君と、初めて目が合った。


 びっくりして息を飲んで小さく飛びのくと、向こうも小さく目を見開いて、同じくらい小さく背後に避けた。


 は、と息を吐く。なんか廊下、暑い。


「今日、ありがとう」


 ほんの小さな声だったけれど、なんとか言えた。


 そのまま急ぎ足で昇降口に向かう。


 緊張した。やっぱあの人苦手。

 でも言えた! わたしは足取り軽く校舎を出た。


 ネクラ君に会いたかったな。

 結局今日も会えなかった。


 会えてないといってもまだ二日くらいだったけれど、せっかく友達になったのに、やはりこの状況は不自由すぎる。なんとかしなければ。


 なにか、もっと会うための方法を考えなければ。





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