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6.【第二図書室】友達◇ヒリア




 新学期になってから、わたしは久しぶりに第二図書室に来た。

 もしかして二年生になったらこの場所を使わなくても良いのではという淡い期待はあっけなく砕け散った。結局一年の時と何も変わらなかった。友達欲しい。


 本棚の奥に行ってネクラ君がいないか確認したけれど、誰もいなかった。

 そのまま奥のスペースにしゃがみこみ、カビたような紙の匂いを嗅いではぁと溜め息を吐いた。


 学級委員にまでされた。人望ないのに。

 もしかしてこれはいじめなんじゃないかと、ちょっと悩んだ。しかし、みんなが嫌がっているならまだしも、相方が佐倉君の学級委員をやりたい子は他にもいたようなので、いじめではないと考えを打ち消す。


 本の背表紙を無意味に指でトイトイ触っていると、ばん、と扉の音が聞こえた。はぁ、と小さな溜め息が聞こえて男子生徒だとわかる。もしかして、と思ってぱっと顔をあげる。


「ネクラくん!?」


「えっ」


「ネクラくん? わたし! ヒリアだよ!」


 勢い込んで話しかけたけれどもしかして人違いだろうか。不安になっているとすぐに「ひっ」と聞こえて数秒後「久しぶり……」と小さな声がした。


 ネクラ君は久しぶりに会えてもやっぱりこちらに来ようとはせず、入ってすぐ、わたしのいる本棚の反対側でそのまま座り込む気配がした。相変わらず姿を見せようとしない。でも、わたしもそのほうが話しやすい。


「あのさ、モンスターごっこなんだけど……あれ、モンスターごっこでよかった?」


 勇気をだして確認すると長い長い沈黙のあと、そんなつもりはなかったとの回答が得られた。う、うわぁ。わたしって……わたしって……。


「ごめんなさい……ひょうきんな人だと思って……つい」


「いや、そう思ってもらえてよかったよ」


「すいません。楽しかった」


 そう言うと向こうで小さく息を吐く音が聞こえた。


「今日はニンゲンでいいの?」


 ネクラ君がそう言ってくれたので笑いながら「今日はね、人間バージョン」と答える。ふざけて話すのも楽しいけれど、普通に話もしたい。


「わたし、友達いなくて……新しいクラスでもできなそうなんだ」


「えっ、そうなの?」


 意外だといわんばかりのリアクションが返って来た。


「友達いたら、休み時間にこんなとこいないよ」


「それもそうか……い、いや、じつは俺も……友達いなくて」


「ネクラ君も? そうなんだ!」


 めでたいことでは全然ないのに仲間意識で喜んでしまった。


「ひりあちゃん明るいし、すぐできそうだけどな……」


「わたし、人見知りすごくて……」


「俺とは最初から話せたじゃない」


「それは……ネクラ君が話しやすかったから……」


 スタート時点から振り切ってふざけてしまったので、人見知りする間もなかった。あとはお互い顔が見えなかったのもよかったのかもしれない。

 それに、普通に話しても彼の優しい話しかたはわたしも緊張しないでおしゃべりできる。


「ネクラ君、すごくいい人なのにね……」


「い、いや俺は……生ゴミだから……話も下手だし……」


「そんなことないよ!」


 可哀想に友達がいないことですっかり卑屈になっているに違いない。気持ちわかる。


 どうせ顔も見えないし、名前も知られてない。気も合いそうだし、人に言えない話も彼になら言えそう。


「委員会決めでさ、目立つ人と一緒になっちゃって……わたし、嫌がられてる気がするんだ」


「委員会って、なんの……いや、いい。そうなんだ。ひりあちゃん話しやすそうなのに」


「被害妄想かもだけど、ぜんぜん目も合わせてもらえないし、会話もしてもらえない」


「それはひどい奴だな!」


「やっぱりそう思う? 気のせいかなって思ったりもしたんだけど、普通そんな対応しないよね……」


「そんな対応するやつはクズだ! 性格が悪い!」


「あのね、その人……なんでもない」


 佐倉総士は割と有名だ。名前を出そうかと思ったけれど、学年もクラスも伝えていないのによそうと思いとどまる。流れでわたしの素性が知れてしまうようなことは避けたい。名前や顔を知られてもいいことがある気がしない。


 女子ならともかく、ネクラ君は男子だ。


 わたしはモテない容姿ではないけれど、入学してからこのかた変なのにしか好かれてない。反面マトモな人には敬語を使われて避けられている。

 ネクラ君のようなマトモな人には忌避されるかもしれない。

 それにわたしも芸能人の姉がいるせいでそこそこ有名だし、噂になったりしたら迷惑がかかるから、知り合いになったところでどうせ、クラスに会いにいったりもしにくい。


 わざわざ自分から素性を明かすことはない。嘘をつけるとは思わないけれど、せめて、もうちょっと触れないでいよう。


「……ひりあちゃん、聞いてもいい?」


「えっ、なっ、なにを?」


 やはり、素性に関わることかと身構えていると、本棚越しにたっぷり考え込むような間のあと、ネクラ君は言った。


「こんな機会そうないから……勇気出して聞くけど」


「う、うん」


「……も、モテる男って、どんなのだと思う?」


「…………ひぇ?」


「い、いやなんでもない! なんでもない!」


「ネクラ君、モテたいの?」


 友達もいないのに? まず先に友達じゃないの? という台詞は飲み込んだ。優先順位は人の勝手だ。


「い、いや、モテたいとかってわけでもないんだけど……俺普段女子とちゃんと話さないから……参考までに聞いてみたい」


 やっぱりモテたいんじゃないのか。

 いや、高校生男子、モテたいよな。モテたくないはずがないよな。なんだか可愛いな。ネクラ君。


 思わずふすーと笑ってしまうが向こうの反応がないのでひっこめる。いけない。モテる男について、まじめに考えてやらねば。


 モテる男。と考えて同じクラスの佐倉総士がぱっと浮かんだ。しかし、背が高くて顔とスタイルが良くて成績優秀、運動もできる、謎の色気と雰囲気もある。というあれは、とても一般に参考にできる物件ではなさそう。


 しかし、ほかにサンプルを知らなかった。


「うちのクラスのモテる人はねえ……なんか顔が良くて……」


「あっ、見た目じゃなくて、内面の話なんだ。見た目はしょうがないから……」


「あ、そ、そうだよね! ごめん!」


 酷いことを言ってしまったかもしれない。ネクラ君の顔は知らないけれど、自信があったら隠れてなんていないだろう。

 思いやりのない発言だったと反省した。モテると聞いてすぐ外見を連想するのもなにかそういう思考の人みたいだ。

 この失言、寝る前に思い出して「わーばかばか!」ってなるやつだ。恥ずかしい。申し訳ない。いたたまれない。


「えっと、モテる人……モテる人……あー……えっとわたし、中学までずっと女子校で……その……」


「あ、あうあ。あまり難しく考えないで……」


 わたしの好みはあまり一般的じゃない自覚がある。ここは一般的な回答をすべきかも。


「えーっと……優しい人?」


「……や、やっぱり?!」


「わ、わかんないけど……一般的には? そうなのかなって?」


「そ……そうなんだ?」


 なにか、双方に自信なく、あまり実りを感じなかった。広がりもなければ、発見もない。まるで役に立たない発言をした感覚がある。でも、わからないのだから仕方ない。わたしモテる男じゃないし。今度お父さんあたりに聞いてみようかな。


 でも、とりあえず、ネクラ君はいい人だ。励ましてあげなくては。


「ネクラ君、元気だして。ネクラ君ならきっと良さをわかってくれる人いるからさ!」


 現にわたし、佐倉総士とネクラ君なら、迷わずネクラ君を選ぶ。そんなこと言うと変な感じになりそうだから言えないけれど。


「わたし、本当にネクラ君には友達も彼女もすぐできると思うよ!」


「はは……それは無理だけど……でも、ありがとう」


 苦笑しながらの声に温かさを感じた。


「あ、でもほら! わたし達、友達だし! ほらもう友達できたー! ……はははっ………」


「……」


 あ、調子乗りすぎたかな。いくらなんでも顔も見せずに名前も名乗らずに友達はないよね。ないよねー……。


「……」


 変な汗でてきた。「なんてね!」とかつけたほうがいいかな。煩悶していると向こう側でひふーと息の音が聞こえた。


「……いいの?!」


「えっ」


「え、と、友達、いいの? だってほら俺、その、こんなアレで、モテないクソ野郎だし顔も出せないアレなのに……ひりあちゃん友達なってくれるの?!」


「も、もちろんだよ! そんなそんな顔とか名前なんてにんげんの本質にはなんの関係もないよ! わたし、ネクラ君と話してて楽しいし!」


「……」


 またネクラ君が黙った。

 自分がおかしなことばかり言ってる気がしてドキドキする。


 やがて、さらに長い沈黙の後、彼が鼻声で「ありがとう」と言ってわたし達は友達になった。





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