雨の日◇西園寺ゆりあ
「総士君、一緒に帰ろ」
彼の机に行きそう言って、一緒に昇降口を出ようとすると雨が降っていた。
総士君は鞄を探っていたけれど、傘を持ってきていなかったようだ。
「わたしのあるから、ふたりで使おう」
そう言うと彼は困ったような顔でわたしの傘を見た。
「傘、小さくない?」
「普通じゃない?」
「い、いやいやいや、小さいよそんな小さい傘じゃ、あと猫一匹分しかないよ」
「くっつけば大丈夫じゃないかなぁ」
「いや、絶対無理!」
「嫌なの?」
「嫌じゃない!」
「じゃあ行こう」
「いや、待って! 嫌だ!」
「あんな力強く即答で嫌じゃないって言ったでしょ!」
「じゃあ、俺がさす! さすから!」
「え、うん」
傘を渡す。ばちょんと音をさせて、彼が小さな傘を開いた。
「どうぞ」
「え?」
「西園寺さん、どうぞ!」
ものすごく腕を伸ばした体勢で力強く言われた。
もちろん総士君はビチョビチョと雨に打たれている。
なぜか本人は疑問に思っていないようなのでそのまましばらく歩く。
総士君が傘をさしながら手を最大限に伸ばすから、結局びしょ濡れの人に傘をさしてもらっていた。
完全に王族とお付きの人みたいになっている。
「ねえ、すごい濡れてない?」
「濡れてない!」
「い、いやどう見ても、びしょびしょだよ……風邪ひくよ」
「いや、俺! すごく乾きやすい体質だから!」
そんな体質聞いたことない。
「えい」と掛け声をかけて反対にまわって腕を絡めると「グギェーロ」と声がした。
つぶされた哀れなカエルだ。大好きな恋人にくっつかれた時に出す声とは思えない。
「わたしがさす」
「えっ」
「もうわたしがさすから、貸しなさい!」
「そ、それはさすがに……西園寺さんの身長だとキツいんじゃない?」
強引に傘の柄を奪おうとすると、特に力は込めてなかったらしく、あっけなく奪えた。
傘は無事、わたしの手の中にあった。
しかし、総士君はなぜか傘をさしたわたしを、少し離れた場所から見守っている。
状況がわずかに悪化している。
問題はこのあとだ。
すでにビショビショの域をこえて、干されたワカメのような塩梅になっている我が恋人をこの傘の中に入れなければならない。
「総士君!」
「はいっ」
傘を高々と掲げて歩み寄ると、同じ速度でスススと後退される。
「なんで逃げるの!」
「近すぎない?」
「近くないと雨に濡れるでしょ!」
「俺は乾くから大丈夫」
「もう! 一緒に入らないなら、わたしも傘ささない!」
啖呵を切ってパチンと傘を閉じる。
頭上から降り注ぐ雨は、思っていたより激しく、すぐに肩と頭が濡れていく。
「そっ……それはダメだ!」
総士君がカッと目を見開いた。すごい勢いで寄ってきてわたしの手から傘を奪い、バツンと開く。
わたしと総士君は無事ひとつの傘の下に収まることに成功した。
「総士君、やればできるじゃない」
「う、うん。西園寺さん、ちゃんと傘に入って」
わたしの脅しはテキメンに効いたようで、そのあとは無事、ギリギリ二人濡れない状態で帰宅することができた。




