バレンタイン◆佐倉総士
「総士君、これ」
バレンタインの日の放課後。
西園寺さんはわざわざ第二図書室を指定して、そこで手作りのクッキーをくれた。
「ありがとう」
「バレンタインだよ」
「うん」
「総士君、たくさんもらった?」
「たくさんかどうかはわからないけど……何個以上だとたくさんなの?」
俺の問いに彼女は目をすがめて低い声で「一個以上」と言い放った。その一個とは、自分のあげた分のことだろう。
こんな低い声出せたのかという不穏な音程だったので、その話は流した。おそらく膨らませてもいいことはなにもない。幸いにもそれ以上の追及はなかった。もう自分が用意したものへ注意が移っている。
「大丈夫かな……あ、壊れてなかった。よかったー」
そう言って西園寺さんが取り出したクッキーは、アルファベットの形をしていて、チョコレートでコーティングされていた。しかし、順番はわからない。
「あ、これは……」
「うん! 今度は読めるよね」
「こんなにバラバラなのに、読めるかな」
「読めるはずだよ! 信じてる! さあ、組み上げて、読んで!」
西園寺さんがいくらか心配そうにじっと見てくる。「信じてる」の台詞とあいまってこの任務に重大な責任を感じる。
慎重に、間違わないように組み合わせる。
既視感があった。
最初のほうは簡単。
これは……『SOUSHIKUN」……総士君。
そしてDAI……だい……。
「えっと、総士君…………大豆」
「なんで最後まで組み立てないで読んだの!」
「いたい!」
西園寺さんがカッとなって俺の顔面に掌底を繰り出してきた。
「い、いやでもこれ……」
「どう考えても違うでしょ! そこは……! あれ?」
西園寺さんが組み立てたそれはやっぱり『DAIZU』だった。彼女が真っ青になる。
「前、総士君が『大豆』って読んだ時のこと思い出してたら、本当に大豆で作ってた……ごめんなさい」
「い、いや……本来の文字列もわかったから」
「本当に?」
「うん」
まさか「総士君台所」でも「総士君ネバーダイ」でもなかろうし非常に簡単な問題だった。共通の記憶を元にしてるので双方なんとなく伝わるだろうと思って納得した。
しかし西園寺さんはそこで納得しなかった。
「じゃあ言ってみて」
「え、言うの?」
わかってるのに、わざわざ?
「うん」
西園寺さんが少しだけ心配そうに、それすらも可愛い顔で俺の顔を覗き込む。どうやら共通見解と思っているのは俺だけだったらしい。少なくとも多大な不安を抱かれている。
「う、うん。これは、総士君だい……」
西園寺さんがじっと見つめてくる。
読み上げるだけなのに、なぜか緊張する。
「そ、ソーシャ君……」
「うん、それ誰?」
「いや……そーし君……!」
「うんうん! すごい! さすがだよ」
自分の名前を言っただけで褒められた。
「総士君……」
「うん」
「だい…………っ」
「うん!」
「だいっ…………………………………………ず!」
「ばかー!!」
総士君大豆チョコクッキーは美味しかった。




