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42.【エピローグ】◇西園寺ゆりあ



 わたしはほんの少しずつクラスに溶け込んだ。


 まなみんの存在も良かった。

 彼女と普通に話しているわたしを見て、周りも徐々に話しかけ始めたところもある。


 何も言わない、ろくにしゃべらない状態では人は見た目しか情報がない。

 キャラクター付けしてしまえばそんな人として接することができる。集団生活を送る際そのほうがみんな圧倒的に楽だから。よくわからない人に対して話しかけない、無視をするよりは、場の空気が保たれる。


 まなみんは面白い人として。総士君はモテる人として。キャラクター付けされた。

 ほかにも、いじられるのがキャラクターの人や、恐いというキャラクターの人、真面目な人、豪胆な人、表面的にはそんなふうに適当に分類されて扱われる。

 みんな内実や細かいところはわからない。性格は本人と周りの思い込みで形成されている。周りに言われて思ってもなかった自分のキャラを演じ始めて、そのまま人格が変わってしまう人だって、きっといるだろう。


 たくさんの人がキャラ付けされたわたしに敬語で話す中、河合さんがわたしをかなりフラットに見ていたことにも気付かなかった。彼女自身が普段から敬語だったからだ。彼女はとてもマイペースな人だった。余裕がないと、そんなことにも気づけない。わたしは最近たまに、彼女とお昼を食べている。


 総士君に関しては、彼と話すと恋が実るという評判が広まり、相変わらず女の子に囲まれていることが多い。最近だと恋愛相談をされていることも多いけれど、もちろんろくな返答をしていない。正確にはできていない。あの人にできるはずがない。


 この間は女子生徒が彼の席にいって拝みながらむにゃむにゃお願いごとをしているのを見た。さすがにどうかと思う。


 それでも彼は律儀に「がんばってね」と言う。

 そうすると言われた女子生徒は神のお告げがあったように笑顔で帰って行く。成就率は高い。


 わたしは彼の言うその、一抹の申し訳なさを感じさせる「がんばってね」がとても好きだ。すごくモテない感じがする。告白してないのに振られた人みたいで震えるほど萌える。


 彼は男子生徒の友達がいないと思っているようだったけれど、あれだけ女子にチヤホヤされている彼を敵視する人間はクラスの男子にもいなかった。裏ではいるのかもしれないが、少なくともわたしの見た限りみあたらない。


 同じ疑問を持った女子生徒が男子に聞いているのを目撃したこともあったけれど、皆ぽやんとしていた。


「佐倉、いいやつだからなー」


「俺、この間委員会の仕事代わってもらったし……」


「俺、壊れたシャーペン直してもらった」


「いいやつだからなー」


 我がクラスの男子生徒が腑抜けているのか、運がいいのか、なんだかんだ恋愛対象になりにくいからなのか、妙な人徳を持ってモテキャラを受け入れられている。彼は卑屈で自意識過剰だから、色んなモノを持っていても他人に上から目線になったりしない。それも大きいかもしれない。





 普通の図書室に本を返却に行った帰り、総士君が増田先生から仕事を頼まれているのが見えた。

 内容は聞き取れなかったけれど「俺にできますかね?」と言った総士君に先生が「おまえは本当に自信がないよなー」と言って背中をバンバン叩いたのが見えた。


 総士君がどこかへ行ってなんの仕事だったのだろうと先生の近くに行くと増田先生は彼の背中を見送りながらあご髭を撫でて苦笑いしてわたしを見た。


「おまえらくらいの世代はとにかく自意識が強いからなあ……根拠なく自信過剰になるやつが多いんだが、たまにああやって、根拠なく自信のないやつもいるんだよなあ」


 先生はガハハと笑った。


「あいつはそのうちにな、いい男になるぞ。根がしっかりした奴だから」


 先生がわたしを見てそんなことを言うものだから、思わず聞いた。わたしと彼のこと、知ってるのかな。


「先生知ってるの?」


 先生は「なにがだ?」と言って笑う。つくづく掴めない大人だ。


 総士君の自信のなさは、思春期特有の自意識の強さから。


 もしそれが正しいのなら、成長と共に彼のその部分は失われるのかもしれない。

 確かに総士君はわたしと話す時にだんだん緊張しなくなってきている。


 けれど、相変わらず少しズレた優しさと穏やかさは健在で、彼の個性としてずっと変わらない部分なのだろうと思う。


 わたしは彼の、ありのままを好きでいたい。






 その日、放課後の廊下は静かだった。


 テスト前で部活がないからか、早めに帰ってる人が多いのだろう。


「まなみん、今度中学の友達と会うんだけど、一緒にこない?」


「え、アタシ、いいんか?」


「うん。ぽちょがね、会ってみたいって。たぶん仲良くなれるよ」


 まなみんが照れた顔で嬉しそうに笑い、わたしの手を握って、ブンブン振ってくる。


「さいちゅんもう帰る?」


「えへへ……総士君と約束してる」


「え、教室で待ってるのか?」


「ううん、最近総士君ちがう意味で人気だから。別の場所にした」


「佐倉縁結び地蔵尊な……アタシもあやかりてえわ……」


「まなみんには強力なご利益をお願いしとくよ」


「ははは、頼んだ」


「じゃあ行くね。またね」


「じゃあな!」


 手を振って彼女と別れた。


 教室の扉を開ける。もう誰もいなかった。


 急いで自分の机に行って、ポケットからスマホを出してメールを確認する。鞄を持って教室を出た。そこから少し離れた第二図書室に向かう。途中から小走りになってしまう。


 ぱたぱた、小さな足音が廊下に響く。


 たどり着いた扉の前で意味もなくきょろきょろと辺りを見回して、ドアノブをひねった。

 キィ、と小さく軋む音がしてカビた紙の匂いがほんのり鼻をつく。

 この匂いをかぐと、ドキドキするようになってしまった。完全にパブロフの犬だ。


 本棚の向こうには陽が射している時間だけれど、入り口付近のこの場所は薄暗い。

 けれど冷たい空気の流れを感じるので、窓を開けているのかもしれない。


 約束の相手がそこにいるのはもうわかっていたけれど、わたしは悪戯めいた思いつきでその場で小さな声をだす。


「ネクラ君、いる?」


 わたしの、顔の見えない友達。名前を知らない恋人。二度と会えないと思っていた相手。


 だけど、すぐそばにいた人。


 大好きになった人。その全部。



 返事の声を待ちながら、わたしはとくとくと鼓動する胸を押さえてその場にしゃがみこんだ。







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